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サンタとオーガと人質

 赤いナイトキャップ。

 傷み一つない艶のある金髪。

 十人中十人が見惚れる整った顔。

 爬虫類を想起させる真紅の瞳。

 挑発的に歪む口元。

 防寒具と思わしき赤い服。

 白い手袋を身につけている両手。

 赤い服に巻きついた黒いベルト。

 黒い長靴。

 そして、身体から放たれる独特な雰囲気。

 『サンタクロース』を名乗る青年の身体から『匂い』は感じ取れなかった。

 何も匂わない。

 その所為で、彼が何を考えているのか分からなかった。


「さて、嬢ちゃん。俺は今から嬢ちゃんの価値を見定める」


 体勢を整えた緑色の『何か』──商人達に背を向けながら、青年──『サンタクロース』は私の瞳を真っ直ぐ見据える。


「俺の力を借り続けたいんだったら、自分のの価値を示しな。嬢ちゃんに『助ける価値がねぇ』と判断した場合、俺は遠慮なく嬢ちゃんを見殺しにする」


「あ、え、……は? 価値? 示す? どうやって?」


「簡単に言っちまえば、俺の想定を超えろって事だ」


 空気の裂ける音が鼓膜を揺るがす。

 緑色の『何か』が槍を放り投げたのだ。

 

「人を知れ、世界を識れ」


 振り返る事なく、青年は右手を少しだけ挙げると、右人差し指と右中指だけで飛んできた槍を受け止める。


「思考を止めるな。常に最善を追い続けろ」


 一瞬だった。

 瞬きした瞬間、青年の姿を見失う。

 気がつくと、青年は舞台の上から姿を消していた。

 

「そうしたら、俺の想定くれぇ余裕で超えられるぜ」


 青年の声が舞台の下──観客席の方から聞こえる。

 いつの間にか、彼は商人達の目と鼻の先に移動していた。


「さっきの青臭え啖呵は、いい感じだ。アレは俺の想定を超えていた。あんな感じに頑張るんだったら、俺は嬢ちゃんを見捨てねぇ」


 丸腰のまま、何の武器も持たないまま、青年は武器を携帯する商人達──緑色の『何か』達と睨み合う。

 商人達からは嫌な匂いが漂っていた。

 危ない。

 このままじゃ、あの青年は商人達にボコボコにされてしまう──!

 

「あぶな……!」


 忠告の言葉を口にしようとしたその時だった。

 サンタクロースを名乗る青年が右腕を振るう。

 その瞬間、緑色の『何か』達が持っていた全ての武器が、粉々に砕け散った。


「おいおい、盛んなよ『オーガ』共。まだ俺が話している最中だろうが」


 私も『オーガ』と呼ばれる化け物になった商人達も気づかされてしまう。

 サンタクロースを名乗る青年が、商人達の武器を破壊した事を。


「ま、やるって言うんだったら、遠慮なくやってやるぜ。ただし気をつけろよ」


 そう言って、青年は無防備に佇む。

 武器どころか魔力さえ扱おうとしない青年を見て、私は『こやつ……只者じゃない』みたいな事を思い始める。


「俺は悪い子に優しくする程、お人好しじゃねぇっ!」


 そして、サンタクロースを名乗る青年の快進撃が始ま──らなかった。

 

「あり? 思ってたより魔力が出な……がぼぉっ!」

 

 緑色の『何か』──サンタクロースがオーガと呼んだ商人達の成れの果て──の拳が、青年の顔面に突き刺さる。

 さっきの攻防で魔力を使い果たしたのだろうか。

 サンタクロースを名乗る青年は、オーガ達にボコボコにされていた。

 

「ちょ、タンマ……! 話し合おうぜ! 話せば分か……ぐはぁ!」


 オーガ達の重い拳が、重い蹴りが、青年の身体に叩き込まれる。

 オーガの打撃の威力は凄まじかった。

 青年に当たらなかった彼等の拳が、蹴りが、劇場の床を砕き、壁を粉砕する。

 多分、あの威力の打撃だったら、岩さえ余裕で砕けるであろう。

 そんな一撃が何度も青年のからだに襲いかかる。

 殴られる度に青年は宙を舞い、蹴られる度に鼻血を垂れ流す。

 緊張感の欠片も感じられない断末魔を上げながら、青年はただひたすらに殴られ蹴られ続けた。


「あびょぉっ!?」


 間抜けな悲鳴と共に青年は私の足下まで転がってくる。

 やはり只者じゃなかったらしく、青年の身体には目立った外傷は見当たらなかった。

 

「ふう……」


 鼻から出た血を拭いながら、青年はゆっくり立ち上がる。

 そして、私の方に顔を向けると、快活な笑みを浮かべ、こう言った。


「悪りぃ、嬢ちゃん。助けてくれ」


「いや、助けて欲しいのはこっちなんだけど」


 先程の強者感はどこに行ったのか、サンタクロースを名乗る青年は情けない事を言い出した。

 

「……こほん、さっきまでの余裕は何処に行ったのですか? なんか『俺に任せとけば万事上手くいくぜ』みたいな面晒していたましたよね?」


「あー、そんな時期もあったな」


「忘れるな、数分前の出来事だ」


「いや、いつもだったら上手くいってたんだよ。ただな集合無意識体(ティアナ)から送られる魔力が、いつもより少ないっていうか何というか。なんつーか、イレギュラーが起きているっぽいんだよ」


 鼻をチーンしながら、青年は明後日の方に視線を向ける。 

 長々と言い訳を口にする彼を見て、『カッコ悪いな〜』と思った。


「つー訳だ。嬢ちゃん、魔力くれ。あいつら瞬殺してやるから」


「分かりました。じゃあ、貸し一つですね」


 青年の右手を差し出す。

 私の『貸し一つ』発言を不服に思ったのだろうか、青年は嫌そうな顔を私に見せつけた。


「待て待て、貸し一つ? お前、俺に貸し作るつもりなの? 命の恩人である俺を? 嬢ちゃん、図太過ぎない?」


「想定を超えろって言ったのは、貴方の方でしょう?」


「いや、そういう意味で言ってねぇ」


 観客席の方からオーガ達の怒声と喧しい足音が聞こえてくる。

 舞台に向かって駆け出し始めるオーガと微笑を浮かべる青年を交互に見つつ、私は思った事をそのまま口にした。


「なら、取引しましょう」


 そう言って、私は青年の瞳を睨みつける。

 彼は引き攣った笑みを浮かべながら、私の瞳を真っ直ぐ見据えていた。


「戦闘に必要な魔力を与えます。その代わり、貴方の力、私に使わせ……」


 迷う事なく、青年は私の右手を握る。


「ああ、いいぜ。俺の力、使わせてやるよ」


 『してやったり』みたいな表情を浮かべながら、サンタクロースを名乗る青年は私の右手を握り直す。

 その瞬間、青年の右手の甲に魔法陣のようなものが刻み込まれた。


「今のズル賢い所は良かったぜ、俺の想定をいい感じに超えていた」


 私の中にあった魔力がごっそり吸い取られる。

 それと同時に、オーガと呼ばれる『何か』になった商人達は舞台の上に辿り着いた。

 

「……僧侶の格好をしているからと言って、性格が()いとは思わないでください」


「でも、いい性格していると思うぜ?」


 私から貰った魔力を噴き出しながら、青年は挑発的な笑みを浮かべ──


「──っ!?」


 再び青年の姿を見失った。

 見失った彼の姿を探し始めると同時に、舞台に上がったばかりのオーガ達は身体から青い血を噴き出す。

 


「おい、咎人(オーガ)共」


 いつの間にか観客席に降りていた青年が口を開く。

 彼の手には青く染まった短剣が握られていた。


「切札は奪われないよう、大事に持っておいた方がいいぜ」


 オーガ達の足下を見る。

 青い血で染まった彼等の足下には十数本の短剣が落っこちていた。

 

「──じゃねぇと、俺みてぇな手癖の悪いヤツに盗まれちまうぞ」


 把握させられる。

 あの一瞬で青年は商人達が隠し持っていた短剣を奪った事を。

 奪っただけでなく、奪った短剣で商人達の身体を切り裂いた事を。


「ぐっ……! お前、何者だ……!?」


「義賊気取りの盗人(あくにん)だ」


 理解させられる。

 あの青年が桁違いに強い事を──!

 

「ま、まだだ……!」


 聞き覚えのある声──商人の声が鼓膜を揺らす。

 商人と思わしきオーガは足下に落ちている短剣を拾うと、私の下に向かって駆け出した。

 何も映っていない商人の瞳を見て、私は彼の狙いを瞬時に理解する。

 ──私を人質にするつもりだ。

 反射的に身構える。

 商人が走り出した途端、青年の身体の匂いが()()()()

 

「…….ま、待って! 殺さないでっ!」

 

 青年の身体から殺意の匂いが漏れ出た。

 その匂いを感じ取った途端、私は理解してしまう。

 ──あの青年は商人を殺すつもりだ、と。


「……っ!」


 商人を睨みつける。

 彼は傷ついた身体を引き摺るように走っていた。

 彼の瞳を睨みつける。

 彼の瞳には憎しみと敵意しか映し出されていなかった。

 冷静じゃない。

 言葉で静止を求めても、聞く耳を持たないだろう。

 かと言って、私の力では商人とサンタを止める事なんてできない。

 付与魔術で……いや、魔術を使ったら、商人を更に刺激してしまうかもしれない。


(なら……!)


 大人しく人質になる事で、商人を説得するための時間を作り出そうと試みる。

 もしかしたら、商人に刺されるかもしれない。

 或いはサンタクロースを名乗る青年に『助ける価値なし』と判断されて、殺されてしまうかもしれない。

 それらの可能性を考慮した途端、死の恐怖が脳裏を掠める。

 死にたくない。

 でも、商人(ゆうじん)を殺したくない。

 この状況を打破するための方法も何一つ思いつかない。

 考える。

 だが、人質になる事以外に最善の策は思いつかなかった。

 覚悟を決める。

 刺されようが、殺されようが、商人の愚行を止めてみせる。

 ──それで彼等に罪を償う時間を与えられるのなら。


「……」


 商人とサンタに自分の意思を伝えるため、両腕の力を抜く。

 私が無抵抗になった瞬間、商人の瞳に私の姿が映し出された。

 商人は私の姿を目視すると、乾いた笑みを浮かべる。

 商人は野太い断末魔を上げると、持っていた短剣で突き刺した。


 ──()()()()()








 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は明日7月17日(月)12時頃に予定しております。

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