生首と証明と足止め
◇
「サ、……サンタ……?」
落とした蝋燭が無造作に伸びた庭園の雑草を焼き始める。
足下で生い茂っていた雑草が火を灯し始める。
火を帯びた雑草が私の下に転がってきた生首を淡く照らし上げた。
サンタだ。
サンタの生首が、私の視線を惹きつける。
彼が死んだ事を悟った途端、心臓が歪な音を出し始める。
息が荒くなる。
嫌だ。
認めたくない。
そんな思いが目の前の現実に擦り潰される。
さっきまで生きていた筈の彼の生首が、私の胸を握り締めた。
息ができなくなる。
喩えようのない感情が私の頭を押しつける。
言葉にならない想いが口から飛び出そうになる。
首を振る余力さえ残っていなかった。
サンタの死を受け入れる事ができなかった。
「さ、…….さんた」
蝋燭の火に炙られ溶け始めた彼の生首を見て、私は──
「ん? 溶けてる?」
火に炙られ溶け始めたサンタの生首を見て、私は首を傾げる。
その瞬間、冷風が庭園の庭木を揺さぶった。
「雪華氷乱っ!」
空から降り落ちる無数の氷の刃が銀髪の少年目掛けて降り落ちる。
銀髪の少年は剣の形をした藍色の炎を振るうと、落ちてきた氷の刃を一つ残らず焼き砕いた。
「──っ!?」
私の鼻が嗅ぎ慣れた匂いを捉える。
匂いの源は銀髪の少年の背後。
匂いの主であるサンタは聞き迫った表情を浮かべると、白い光を発するハンドベルを渾身の力で振るった。
「──奇跡謳いし聖夜の恩寵っ!」
鐘の鳴る音と共に白い閃光が銀髪の青年の身体を飲み込む。
白い閃光と共に放たれた白銀の吹雪は天高く跳び上がると、夜空の上を漂っていた雲を裂き、天を衝いた。
「いきなり神造兵器ブッパとか余裕なさ過ぎだろ」
身体中に藍色の炎を纏った銀髪の青年は、平然とした様子でサンタの背後を取ると、右腕と一体化した藍色の炎剣を振るう。
サンタは敵の斬撃をハンドベルで受け流すと、目にも止まらぬ速さで庭園内を駆け抜けた。
「遅えぞ、サンタとやら」
そう言って、銀髪の少年は右腕に纏わり付いた炎の剣を無造作に振るう。
彼が振るった炎の剣は超高速で動き回っていたサンタの胴を呆気なく斬り裂いた。
「ちっ、また雪像かよ」
否、銀髪の少年が斬ったのは、サンタの姿を模した雪像だった。
銀髪の少年が舌打ちすると同時に、サンタの右脚が銀髪の青年の右側頭部に叩き込まれる。
サンタの蹴りを敢えて受けた銀髪の少年は、眉間に皺を寄せると、口から藍色の炎を噴き出した。
銀髪の少年の口から出た藍色の炎は、瞬く間に宙を駆け抜けると、サンタの身体を飲み込──まなかった。
「悪りぃ、嬢ちゃん。いらねぇ心配かけちまった」
私の右隣に着地したサンタが謝罪の言葉を口にする。
彼の額には脂汗が浮かんでいた。
表情に余裕はない。
そりゃそうだ。
初手騙し討ちと神造兵器。
普通だったら必殺の一撃になり得る攻撃をいとも容易くいなされたのだから。
「だ、大丈夫、お姉ちゃん達!?」
庭園の奥の奥にいたヴァシリオスが声を上げる。
サンタは肺の中にあった空気を全て吐き出した後、私とヴァシリオスに指示を飛ばした。
「坊主、嬢ちゃん。そこから一歩も動くな」
「やる気満々だな、サンタとやら。そんなに聖女を使いたいのか?」
サンタを睨みつけている銀髪の少年は、十二歳になったばかりのヴァシリオスよりも、ちょっとだけ大きかった。
歳は十五歳くらいだろうか。
硬そうな銀髪、黄金色の瞳、そして、思わず見惚れてしまうくらい美しい顔。
もし彼が王都を歩いていたら、すれ違う人皆彼の顔を見てしまうだろう。
そんな事を確信させる程、銀髪の少年は美しく、美少年に相応しい出立ちだった。
「おい、嬢ちゃん。俺よりもアイツの方がカッケェなんて事思ってねぇだろうな」
「サンタ、落ち着いて。今はそんな事を言っている場合じゃない」
私の緊張感を取り払うつもりなのか、或いは嫉妬しているだけなのか、サンタは場の空気に合っていない発言を平然と口にする。
が、いつもと違い、彼の表情に余裕はなかった。
顔は強張っているし、目は銀髪の少年の挙動を追い続けている。
こんな余裕のない彼を見た事がない。
もしかして、あの銀髪の少年は──
「で、サンタとやら。何でお前はオレの前に現れたんだ?」
「お前さんを倒すために決まっているだろ、魔王──いや、絶対悪『証明』」
魔王という単語を聞いた途端、私の心臓は激しく鼓動し始める。
……何となく分かっていた。
銀髪の少年の身体から生じる刺々しくて黒い匂いが、彼の身体から放たれる膨大な魔力が、彼の纏っている藍色の炎が、王都に現れた炎の巨人と瓜二つである事を。
ああ、そうか。
これが、この男が、復活した『魔王』なのか。
「オレを倒す、……ねぇ。寝言は寝ていいな」
「自分に酔ってるヤツに言われたかねぇよ、絶対悪」
サンタの身体から、銀髪の少年──魔王の身体から、凄まじい敵意と殺意、威圧感を感じ取る。
彼等の放つ威圧感により、内臓が押し潰されそうになった。
息ができない。
瞬きする余裕がない。
目前に迫る危機が私の身体を小刻みに揺らす。
彼等の立っている領域が私達のはるか上である事を理解させられた。
知らなければ、一生辿り着けない領域。
殆どの人が一生賭けても辿り着けないであろう領域。
彼等が今いる領域は神の領域と言っても過言ではな──
「……っ!?」
庭園に二つの土煙が上がる。
サンタが蹴った地面が、魔王が蹴った地面が、空目掛けて噴き上がる。
付与魔術で強化した五感をフルに使い、彼等の行方を追う。
サンタの匂いと魔王の匂いを知覚した途端、空から金属の啼き声が聞こえてきた。
空を仰ぐ。
常人では知覚できない速さで、サンタと魔王は空中戦を繰り広げていた。
サンタが振るうハンドベルが雪の刃を吐き出す。
魔王が振るう藍色の剣が夜空を呑む。
雪の刃と炎の刃が交差した途端、爆炎が夜空を照らし、爆風が煉瓦でできた街に降り注ぐ。
爆炎が爆煙に変わった途端、無数の金属音が空を揺るがした。
縦横無尽に宙を駆け抜けながら、サンタと魔王は目にも映らぬ速度で接近戦を繰り広げる。
ハンドベルで炎の剣を受け、サンタの蹴りが炎の剣に弾かれ、サンタが繰り出した雪の刃が魔王の吐き出した炎によって破壊される。
この間、たった一秒。
匂いを知覚できていなかったら、彼等が何処で殺り合っているのかさえ分からなかっただろう。
それ程、彼等のやり取りは神がかっていた。
「「──っ!!」」
白銀に輝く吹雪と藍色の炎の波が迫り合い、混ざり合う。
混ざり合った吹雪と炎の波は天を貫くと、夜空に穴を空けた。
「う、……うそ」
文字通り穴が空いた夜空を見て、ひび割れた夜空を見て、私は目を大きく見開く。
(彼等の力が空を……いや、空間を壊した……!?)
目を疑う光景だった。
空から鳴り響く爆音が私の骨を軋ませる。
立っているだけなのに、闘いを見ているだけなのに、身体が疲弊してしまう。
それ程、彼等の闘いは熾烈で苛烈で激烈だった。
「ちっ……! この状態じゃ五分って所か」
いつの間にか、庭園に降りてきた魔王が血の唾を吐きながら、眉間に皺を寄せる。
音もなく私の隣に着地したサンタは、口元についた血を左手で拭いながら、魔王を睨みつけていた。
「おい、絶対悪」
サンタの赤い衣服は所々焦げていた。
右腕の袖は千切れているし、頭に着けているナイトキャップは黒焦げになっている。
よくよく見ると、頬には切り傷が幾つかついているし、左手の甲は赤く腫れ上がっていた。
……こんなに追い込まれているサンタを見るのは初めてだ。
初めて会った時も魔力不足の所為でオーガ達にボコボコにされていた。
が、今と比べると、まだ余裕があった。
もしかして私が気づいていないだけで、私が足を引っ張っているのだろうか。
こないだみたいに私や街にいるオーガ達を守りながら、闘っているのだろうか。
息を荒上げるサンタの横顔を見る。
彼の目には魔王しか映っていなかった。
彼の目から漂う匂いによって思い知らされる。
彼が私達を守りながら闘っていない事を。
私達に気をかける程、サンタに余裕がない事を。
「……お前、一体何を企んでやがる?」
「あん? そんなのお前を殺すために決まってるだろ?」
「だったら、準備が足りてねぇ」
サンタが眉間に皺を寄せた途端、危険な匂いが私の鼻腔を刺激する。
「今のお前の状態じゃ、俺と殺し合いするにはリスクが高過ぎる。いや、俺に殺られる可能性の方が高かった筈だ」
「何が言いたい?」
「──時間を稼ぐためなんだろ? 俺に喧嘩売ったのは」
匂いの源は豪邸だった。
いや、厳密に言えば豪邸の地下室からだ。
地下室で『何か』が起きている。
「サンタっ……!」
魔王の匂いの所為で、今の今まで気づけなかった。
──豪邸の地下室に入り込んだ『誰か』の匂いを。
「ちっ……! やっぱ、狙いは俺達の足止めか……!」
「気づくのが遅えよ」
そう言って、魔王は勝ち誇った笑みを浮かべる。
その瞬間、青い火柱が豪邸の屋根を突き破った。
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次の更新は8月3日(木)12時頃に予定しております。
 




