憧れの人と恋バナと計画
◇
「なあ、嬢ちゃんは何で聖職者になったんだ?」
サンタと出会って約一ヶ月。
廃村でレベッカや現聖女を看取って半月以上の月日が経過したある日の昼下がり。
河原で獲った魚を食べていると、サンタから質問を投げかけられた。
「別に大した理由じゃないよ」
サンタから貸してもらった調味料──これを使うと、どんな料理も美味しくなる魔法の粉──をぶっかけながら、空を仰ぐ。
今日は快晴だった。
雲は何処にも見当たらず、固形化した極光だけが浮いている。
「先代聖女みたいになりたいと思ったから、聖女見習いになった。それだけの理由だよ」
「先代聖女って、嬢ちゃんの義理の親だっけ?」
「うん、そうだよ」
「何でなりたいって思ったんだ?」
「人を救う義母の姿を見て、美しいって思ったから」
私が僧侶になった理由は、とても単純だ。
聖女として人を救う先代聖女を見て、『ああ、なりたい』と思ったから。
憧れの人みたいになりたい。
憧れの人みたいに誰かの助けになりたい。
そう思ったから、私は僧侶になった。
ただそれだけの理由。
「ふーん。じゃあ、神に仕えたいとか、そういった理由じゃねぇんだな」
「うん。この浮島の神様って、王族だし。私は歴史についてよく知らないけど、浮島の王族の先祖って神様だったらしくて。だから、この浮島では王族が神として崇められているの」
先代聖女は言っていた。
王族の先祖は草木を司る神だった事を。
神代末期、『ラスト・マキア』という出来事の所為で、王族の先祖は神の力を失った事を。
神の力を失った王族の先祖は、持っていた神造兵器の力を使って、王としての威厳を保ち続けた事を。
そして、……
「これは王族や聖女経験者しか知らないんだけど、数百年前、王族が代々受け続けた神造兵器はほとんど奪われちゃったみたい」
「……ふーん、そうなのか」
「『A・クラウス』っていう名の義賊が盗んだらしくて。王族が持っている巨人の名を冠している神造兵器と、聖女の証である神造兵器以外、王族が持っていた神造兵器は今も所在地不明なんだとか」
「そういや、嬢ちゃんはどんな人が好みなんだ?」
「興味ないからって急に脈絡のない質問するのやめてくれる? 高低差激しくてびっくりしちゃうから」
この浮島の歴史に飽きたのか、サンタは全然関係のない疑問を繰り出した。
「いやー、あんまり話が面白くなくてよ。つい色恋の話始めちまった」
「というか、色恋した事ないから聞かれても何も語れない。信仰心がほぼ皆無とはいえ、一応、神に仕える身だったし」
「あん? 嬢ちゃんが仕えている神は先祖が神だっただけの人間だろ? 教えで恋愛禁止されてんのか?」
「うん。聖女及び聖女見習いは王族に嫁がなきゃいけないってルールだったから。仮に王族以外の人と恋愛していたら、私の首は刎ねられていたと思う」
「ふーん。じゃあ、聖女だった嬢ちゃんも婚姻相手決まってたって訳か」
「うん。まあ、無能だからって理由で婚姻破棄されたけどね」
サンタから借りたブラックペッパーとかいう粉を焼き魚にかけつつ、溜め息を吐き出す。
「へえ。だったら、初恋もまだな感じか?」
「というか、今まで忙し過ぎて色恋にかまけている暇がなかった」
聖女時代、聖女見習い時代を思い出す。
八歳の頃から目の前で困っている人達を助けなきゃいけない状況だから、色恋している暇がなかった。
というか、好きな人のタイプなんか考えた事がない。
まあ、考えた所で、私みたいな傷だらけの女じゃ誰かと恋愛関係になる事なんてなかっただろう。
魚を齧る。
ピリッと辛い足が口一杯に広がった。
うん、とてもデリシャス。
やっぱ、サンタが持っている調味料は非常にいい。
「そういうサンタは? どういう恋愛をしてきたの?」
「ワンナイトラブ」
「そうか、身体だけの付き合いしかしてこなかったんだ」
たった一言で、サンタの恋愛事情を理解してしまう。
どうやら結婚どころか碌な恋愛はしてこなかったらしい。
「まあ、俺は生前根無し草だったからな。世界各地を旅してたから、誰かと愛を育むって事はできなかった」
「ふーん、そうなんだ。で、どういう人が好みなの? やっぱ、胸デカい人?」
「太ももが太い人も捨てがたい」
「そうか、中身よりも外見を優先しているんだ」
「嬢ちゃん、冷たい目はやめろ。ワンナイトラブ以外は冗談だ」
「個人的に一番そこが引っかかっているんだけど」
眉間に皺を寄せながら、魚を齧る。
齧りながら、こう思った。
『何で彼は生前世界各地を旅していたんだろう』、と。
彼に尋ねようとする。
が、それよりも先にサンタは疑問を繰り出した。
「で、嬢ちゃんは今までどんなヤツにトキメキを感じた?」
「何でこの話題ばっか掘り下げているの? もしかして、私の事が好きなの?」
「手っ取り早く仲良くなるには、エロと恋の話に決まっているからだろ」
「男の人のノリで仲良くなるのは止めて欲しい。私、これでも一応、女だから」
「でも、色恋の話は嫌いじゃねぇだろ?」
…………否定できなかった。
はい、人の色恋とか聞くの大好きです。
「言っておくが、俺には『聖女だから』バリアは通用しねぇぜ。今まで『私聖女だから〜』で自分の恋愛話をするの避けていたんだろうけど、俺はその言い訳を許さない。俺も語るから、嬢ちゃんも語れ」
「うぐっ!」
見透かされていた。
何で聖女だから戦法を知って……ああ、そういや、彼にもそこそこの頻度で使ってたわこの戦法。
「で、どういうヤツにトキメキ感じるんだ? ちなみに俺は髪長えヤツがチラッと見せるうなじにトキメキを感じる」
「さっきから外見の事しか言ってない」
「うっせえ。トキメキ感じるから仕方ねぇだろ。ほら、俺は語ったから次は嬢ちゃんの番だぜ」
魚を食べ終わったサンタは欠伸を浮かべる。
「……どういうのにトキメキを感じる、……か。今まで考えた事なかった」
「パッと思いついたのでいいぜ。考えるのは大事だが、考え過ぎんのは身体に毒だ」
考える。
そういや、こんな事を考えるのは初めてなような気がする。
というか、今まで自分の気持ちを考えた事がなかった。
いい機会なので考える。
考えて、考えて、考えた結果、ようやくそれらしい答えを思いつく事ができた。
「手が、大きい……人?」
「嬢ちゃんも俺と大差ねぇじゃねぇか」
さっきまで胸とか太ももとかワンナイトラブとか言っていた自分を棚に置きつつ、サンタは白い目で私の事を見る。
反論できなかったので、私は黙々と魚に齧り付いた。
◇side:魔王
『で、どうですか? 久しぶりに見たエレナは』
崖の上から河原で飯を食べるサンタ達を見下ろしつつ、銀髪の少年──『魔王』は拾った果実に齧りつく。
「あのサンタってヤツに入れ知恵されたのか、こないだよりも視野が広くなっている。多分、これ以上近づいたら、サンタってヤツよりも先に聖女にオレの存在が気づかれてしまう」
『では、予定通りに動く、と』
「ああ。ここで強引に動いても、あのサンタってヤツに邪魔されてしまう。予定通り、『街』でヤツらを出迎えるよ」
『予定通り、聖女を回収できるといいですね』
口の中に入った果実の種を吐き出しつつ、魔王は自分の周りを漂う水晶を睨みつける。
水晶の向こう側にいる『彼女』は、水晶越しに星屑の聖女──エレナを見つめる。
魔王は水晶の向こう側にいる『彼女』に憎悪を向けると、不機嫌そうに顔を歪ませた。
「そっちの計画はどんな感じなんだよ。順調に進んでんのか?」
『ええ。第二王子の居場所を特定する事ができました』
「あ、そ。じゃあ、とっとと回収しろよ。望み通り、罰を与えてやるからさ」
そう言って、魔王は指を鳴らすと、自分の周囲を漂っていた水晶を壊す。
そして、苛立った様子で歯軋りすると、空を睨みつけた。
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次の更新は7月28日(金)12時頃に予定しております。
 




