この行き場のない怒りに終焉を(1)
◇
「ちっ……! 助けるのが遅いでしてよ!」
十字架にかけられていた貴族達を助ける。
拘束を解いた途端、現聖女は私に悪態をついた。
「何で私をさっさと助けなかったんですの!? 貴女がさっさと助けない所為で、鼻を齧られたじゃありませんか!!」
血走った目で私を睨みながら、現聖女は悪意をばら撒く。
「そもそも、今まで何処にいたのですか!? この薄情者!! 貴女が魔王を再封印してからというもの、貴女の所為でこの国は大変な事になっていたのですよ!!!」
「魔王を再封印……?」
「とぼけないでくださいまし! 貴女が復活した魔王を封印した所為で、土地は痩せ細るわ、天候は荒れ狂うわ、訳のわからない緑の化け物が暴れ回るわで大変だったのですわ!」
一体、どういうことだろう。
現聖女に同調する形で私を詰る他の貴族達を見ながら、私は心の中で首を傾げる。
私は魔王を封印していない。
というか、封印に必要な聖女の証を現聖女に手渡していた筈だ。
だから、仮に彼女の言っている事が本当だったとしても、聖女の証を持っていない私が魔王を封印できる訳がない。
そもそも、私は魔王と思わしきものを見た後、意識を失って──
「なに黙っているのですの!」
左頬に鋭い痛みが走る。
衝撃で体勢が崩れ、地面の上に倒れ込んだ。
倒れた私を見て、現聖女は満足げに口元を歪める。
「私が質問しているのだから、ハキハキ答えなさい! この醜女が! 先代聖女の推薦で聖女になっただけの愚物が私を無視してんじゃねぇですの!」
髪を掴まれ、強引に顔を上げさせられる。
「おい、姉ちゃん」
髪を掴んだ現聖女の腕をサンタが掴む。
「勘違いすんなよ。俺がお前らを助けたのは、嬢ちゃんがそう望んだからだ。お前らに価値があったから助けたんじゃねぇ。そこを理解しろ」
「ちっ……!」
現聖女はサンタの腕を振り払うと、怒りの形相を浮かべながら、私を睨みつける。
そして、何かいい案を思いついたような表情を浮かべると、サンタに提案を投げかけた。
「ねえ、そこの貴方。この女の代わりに、ワタクシのボディーガードになりませ……」
「だから、勘違いするなって言っただろ。大金積まれようが、何しようが、俺はお前を助けねぇ。助かる努力さえしないヤツを助ける程、俺はお人好しじゃねぇんだ」
現聖女の提案を一蹴したサンタは、私の方に一歩詰め寄る。
それを見た現聖女と貴族達は不愉快そうに顔を歪めと、親の仇でも見るような目で私を睨みつけた。
「聖女様、そいつらの拘束を解いてしまったのか……!?」
声がしたので、振り返る。
いつの間にか撤退したオーガ達が戻ってきていた。
彼らは私の傍に立つ現聖女たちの姿を見ると、親の仇を見るかのような視線を向ける。
彼等の殺気を察知したのか、現聖女は私の陰に隠れると、憎悪に満ちた瞳で彼らを睨みつけた。
「そこの男を使って、さっさとあの化け物達を殺してくださいまし!」
私に命令する現聖女を見て、私は忘れていた過去の出来事を思い出す。
ああ、そうだった。
私、彼女の高圧的かつ無駄に偉そうな所を嫌っていたんだった。
私という人間は『嫌な事をすぐ忘れてしまう』悪癖を持っている。
嫌な事をずっと覚えるという無駄かつ非生産的な時間を作らないため、必要な情報以外、頭の中から意識的に消してしまうのだ。
もし彼女が助けを必要とするくらい弱い人間だったら、好き嫌い関係なく、覚えていただろう。
でも、現聖女は私の助けを必要としていない側の人間だ。
才能と実力を持っている彼女は、私の力がなくても、抱えている問題を乗り越えられるだろう。
だから、忘れていたんだと思う。
優秀かつ個人的に嫌悪していた彼女の名前を。
「そうだ! あんた、聖女なんだろ!? さっさとあの緑の化物をどうにかしてくれよ!」
「あいつら、悪魔に魂を売ってしまったらしい! 早くなんとかしないと国が滅ぶぞ!」
私の背後で喚く貴族達に、サンタは舌打ちをする。
そんな貴族の言い分に反論があるのか、オーガ達も声を荒げた。
「お前らが原因だろう! 魔王が現れて大変だった俺達に重税を課したのは、お前達じゃないか!」
「そうだ! 反対したら騎士達に命じて、俺達を捕らえて、地下牢に閉じ込めやがって! お前らが俺達を拷問したの忘れてねぇからなっ!」
「ふざけるな! 貴様ら王族貴族が民を虐げるから、こんな事になったんじゃないか!」
「俺達が『黒い龍』から力を貰ったのも、この姿になったのも、全部あんたらの暴力に対抗するためだ!」
ヒートアップしていくオーガ達。
それに対抗するかのように、現聖女率いる貴族達が反論の言葉を口にする。
「何が悪い!? 貴様らが生活できているのも、我々がお前らを支配してやっているからだ!」
「そうだ! お前らが住んでいる土地は王族貴族のもの! お前らが税を払うのは当然の事だ!」
「そうよ! 魔王が現れたからって理由で税の支払いから逃れようとしやがって……! あんたらが税を支払わない所為で、あたし達ひもじい思いしたんだからね!」
「そうだ! そうだ! いつも通り税を払わないお前らが悪い! 税を倍にしたのも、騎士団をお前らに嗾けたのも、魔王の所為で不安定になった国を安定させるためだ!」
「……重税を課したのは否定しない、ってか。話し合い以前の問題だな。王族貴族、オーガ達──庶民を見下してやがる」
苛立った様子でサンタは私にしか聞こえない声量で独り言を口にする。
「土地が枯れてんだぞ!? 税を払えって言われても無理だ! 作物が獲れねぇよ!」
「お前らはできない理由を探しているだけだ! できるようにするのがお前ら庶民の仕事だろ!」
「落ち着いて」
私は静止するよう彼等に呼びかける。
「落ち着いて、ちゃんと話を聞く。だから、暴力に訴えるのだけは止めて欲しい」
このままだと殴り合いの喧嘩が始まってしまう。
そうなった場合、私には止める術がない。
きっと私が頼めば、サンタは力を貸してくれるだろう。
だが、それは彼に厄介事を押しつけているだけだ。
これ以上、彼に負担を押し付ける訳にはいかない。
そう思った私は話し合いの場を設けようとする。
「話し合おう。暴力じゃ根本的な問題は解決しな……」
「話し合う!? 私の鼻を齧った化物と話し合えと!?」
私の言葉を遮り、現聖女はヒステリックに叫ぶ。
現聖女は血走った目で私を睨みつけると、憎しみを込めて叫んだ。
「あの化け物の仲間が私の鼻を齧った所為で、私のパーフェクトな美貌が台無しになってしまったのですのよ!! なのに、話し合い!? あり得ないですわ! あれは一刻も早く排除しないといけない害獣なのですわ!!」
『世の中には、やるべき事をやらない人もいます……例えば、次の聖女であるアリレルさん、……とか』
第三王子──アルフォンスの言葉を思い出す。
彼の言う通り、現聖女──アリレルは聖女に相応しくなかった。
能力は私よりもあるかもしれない。
けど、私の親代わりである先代聖女が持っていた献身性を持っていない。
誰かのために動く事よりも自分の利益を優先している。
別に私という人間は聖人君子じゃない。
けど、目の前にいる現聖女──アリレルは自己中心的な人物だ。
自分の利益のために悪意を持って他人を傷つけている。
……ああ、私の考えが浅はかだった。
先代聖女というストッパーに甘え切っていた。
自分の頭で考えるべきだった。
彼女に聖女の証を手渡すべきじゃなかった。
彼女の内面はとてもじゃないが聖女に向いていなさ過ぎる。
「何をしていますの!? さっさとそこの赤い服を着た男に……げほごほ!」
喉が乾燥しているのか、現聖女は激しく咳き込み始める。
そして、苦しそうに胸を押さえると、その場に崩れ落ちた。
「水! 水を持ってきてくださいまし!」
「嬢ちゃんを顎で使おうとするんじゃねぇ。自分で取ってこい」
ちょっと離れた所にある井戸を指差しながら、サンタは冷たく突き放す。
現聖女はそれを見て、悔しそうに顔を歪ませると、井戸に向かって歩き出した。
「……先ずオーガ達から話を聞く。サンタ、嫌だろうけど、貴族達の側にいて欲しい」
「へいへい」
横目で現聖女の様子を伺う。
井戸の前に辿り着いた彼女は、井戸の側にある水汲み用の桶に気づく事なく、井戸の中を覗き込んでいた。
「くぅ……! 手を伸ばしても、水に届かないですわ!」
現聖女の様子を見て、私は戸惑ってしまう。
彼女は一体何をしているのだろうか。
彼女の行動が理解できなくて、困惑してしまう。
「……もしかして、あの姉ちゃん、井戸の水の汲み方が分かってねぇのか?」
サンタの独り言によって、思い出す。
確か貴族達が住むエリアに井戸がなかった事を。
貴族達が北の果てから綺麗な水を仕入れていた事を。
貴族達は生活に必要な水を樽に入れて保管している事を。
「多分、そうだと思う……貴族達は井戸の水じゃなくて、商人から買った水しか飲まないようにしていたし……」
そんな彼女を見かねたのか、女児と思わしき小さいオーガが、現聖女の下に駆け寄った。
もしかして、あの小さなオーガは現聖女に桶の存在を教えに向かっているのだろうか。
小さいオーガの身体から敵意の匂いも悪意の匂いも感じ取れなかった。
サンタの方を見る。
サンタも同じ事を思ったのか、小さいオーガの行動を問題視していなかった。
(害を与えるつもりはなさそうだがら、放っておいても問題ねぇだろう)
そう思った私とサンタは現状をどうにかするために動き出──
「えい」
可愛らしい声と共に、小さなオーガは井戸の縁に身を乗り出していた現聖女の背中を押す。
すると、バランスを崩した彼女の体は、重力に従って井戸の中に落っこちてしまった。
「きゃぁああああああああ!?」
井戸の中から現聖女の悲鳴が聞こえてくる。
肉の拉げる音と骨の砕ける音が井戸の底から響いた瞬間、現聖女の悲鳴は聞こえなくなってしまった。
「きゃはははは!」
小さなオーガは愉しそうに嗤う。
小さな彼女の身体からは殺意の臭いも敵意の臭いも感じ取れなかった。
彼女の身体から漂うのは、『正義感』と『みんなの笑顔が見たい』という匂いだけ。
……私とサンタは理解させられた。
あのオーガが悪意なく現聖女を殺した事を。
「「「「ぎゃははははは!!!」」」」
現聖女の死を確信した途端、オーガ達は大声で嗤い始める。
『ざまあみろ!』、『天罰が下った!』、『ジェリカさんもあの世で喜んでる』、『正義は勝つ!』という言葉が絶え間なく、私の鼓膜を揺らす。
現聖女の死を知った途端、私の周りにいた貴族達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「……なあ、嬢ちゃん」
きっとサンタはこの事態を想定できていなかったのだろう。
眉間に皺を寄せながら、愉しそうに嗤うオーガ達を睨みながら、彼は問いかける。
「…………嬢ちゃんは、一体誰を助けようとしているんだ?」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は7月27日(木)12時頃に予定しております。
 




