恵まれぬ者に金塊を(転)
◆side:クラウス/サンタ
浮島にいた神王達を討伐し終えて、約一ヶ月後。
一回目の建国記念祭が催される直前、俺はエミリーに別れを告げた。
「本当に行っちゃうの?」
「俺は小悪党だからな。性根から腐ってやがる。これ以上、聖人のフリをしていたら、ボロが出てしまう」
「そんな心配する必要ないでしょ。貴方は……」
「エミリー、別れる前に一つだけ言っておく。神造兵器は捨てろ。アレは人の身じゃ過ぎたモノだ。いずれ格差を生む」
「安心して頂戴。それに関しては時間が解決してくれる」
エミリーは言った。
今、神造兵器を使える者──俺やエミリーのような神の血を引いた人間の数は少ない。
けれど、神の血を引く者と神の血を引いていない者が子どもを作れば。
その子ども達が浮島中に神の血を撒いてくれたら。
「神の血は薄れるけど、神性を持つ者──神造兵器を使える者は増える筈よ。そうすれば、貴方が指摘する格差はなくなる筈」
「それはそれで違う問題が起きそうな気が……」
「大丈夫よ。コレ以外の神造兵器は貴方が持って行くから」
そう言って、エミリーは俺に見せる。
エレナ達が『聖女の証』と呼んでいた神造兵器を。
「危機に備えて、この神造兵器だけは国が保管し、管理する。そして、危機が訪れた際は神造兵器を使うに相応しい人物を選出。この神造兵器で危機を退けて貰うわ」
この浮島にいる人達が全員神造兵器を扱える状態にした上で、現存する神造兵器を俺に管理させる。
それがエミリーの案だった。
「……その案、どっかで破綻するぞ」
「そうかもしれないわね。だから、時間をかけて何とかするわ」
「その時間も何時まであるのやら。この浮島って、神王が言ってたけど、この浮島の大地って寿命があるんだろ? この浮島の大地は、いつか崩壊する。それもちゃんと考えているのか」
「移住先も探しておくわ」
「はっ。やる事、盛り沢山だな」
「ええ。私の代で何処まで出来るのか分からないけど、出来る限りやってみるわ」
それから夜が明けるまで、俺はエミリーと話した。
と言っても、楽しい話でも甘酸っぱい話でもない。
今後の浮島の話だった。
法律はどうするのか、経済はどうするのか。
足りない頭を振り絞って、今後直面するであろう問題について考えた。
でも、幾ら考えても答えは出なかった。
「……本当に行っちゃうの」
話して、話して、話し続けて。
いつの間にか夜が明けてしまう。
宣言通り、俺は浮島から出て行こうとする。
が、再度投げかけられたエミリーの疑問が俺の足を引き止めた。
「ああ。本気で聖人になろうって思ったからな。善は急げってヤツだ」
「浮島で聖人になるのは、だめなの?」
「お前と俺、一応血は繋がっているだろ? もしお前が死んだり、お前の血筋が途絶えたりしたら、俺に流れる血が俺を王族にしちまう。そうしたら、聖人ではなく統治者になっちまう」
「…………私と貴方の血が繋がっている。それが嘘って言ったら、どうする?」
別れ際、エミリーが発した一言。
俺の父が東の国神王ではないという情報。
俺とエミリーは血さえ繋がっていない、赤の他人である事実。
それが俺に衝撃を一切与えなかった。
「それが嘘だろうが本当だろうが、関係ねぇ。俺は浮島から去る。誰も俺の事を知らない場所で、聖人になる。俺が聖人だって事を認めさせる。それが俺の結論だ」
聖人になる。
聖人になり、エミリーみたいな人達を救えるような人間になる。
立場や境遇の所為で、自分の命を押し殺している人達を一人残らず救い上げる。
そうする事で、俺の中にある自己嫌悪を……いや、小悪党である自分を否定する。
もう間違った道は歩みたくない。
正しい道を歩みたい。
その一心で俺はエミリーに別れを告げる。
「もう俺の力がなくても、問題ないだろ。今のお前には力を貸してくれる人が沢山いるからな」
「……もう会えないのかしら」
「気が向いたら顔見せに戻ってくるよ」
「それ、絶対戻ってこないヤツじゃない」
それが俺とエミリーの別れだった。
ドラマチックでもなければ、感動的でもなければ、情事に耽った訳でもない。
命の恩人であり、戦友。
俺とエミリーの関係にとって、この別れが適切だった。
──それがエレナに吐いた最後の嘘。
俺はエミリーに片想いどころか、一度たりとも惚れたり、恋焦がれたりしていなかったのだ。
◇side:サンタ
「この世界は文明が進んでいたみたいだな」
一層のとある世界。
真ん中に黄色い線が敷かれたアスファルトの道の上を歩き続ける。
真っ直ぐな一本道の果てに何があるのか、遠過ぎてここから見えなかった。
俺達が歩く一本道の両脇にある土地は、雑草が生い茂っていた。
多分、ここは昔、田圃か畑だったのだろう。
左脇にある用水路と転落防止用の白いガードレールと思わしきものが、俺の推測に根拠を与える。
右脇にある等間隔に立ち並ぶ電柱が俺達を暇そうに見下ろすのを疎ましく思いながら、視線を空に向ける。
まだ朝陽が昇って間もないというのに、空は真っ青だった。
立派な入道雲が欠伸を噛み殺している。
青空を自由気ままに漂っている入道雲に軽く嫉妬してしまう。
「さて。敵は何処にいるのやら」
俺がエレナに吐いた嘘は、二つ。
一つは、俺がエミリーに片想いしていない事。
もう一つは、俺とエミリーが異母兄妹である事。
初代聖女──エミリーと別れた後、俺は珍しい神造兵器を入手した。
その神造兵器は破壊力はないが、血縁検査ができる優れものだった。
エミリーから手渡された彼女のお守り──中にエミリーの髪の毛が入っている──と俺の髪の毛を用いて、血縁があるかどうか検索。
その結果、俺とエミリーとの間に血縁関係は一切なかった。
(俺は神造兵器が使える。だから、俺が人間と神の間に生まれた子って事だけは事実だろう。でも、俺の母やエミリーが言っていた父の情報は嘘だった)
人っ子一人いない道路の上を歩きながら、俺はぼんやり考える。
すると、前方から『よくない』気配を感じ取った。
(まあ、あいつらが嘘を吐いていた理由は何となく分かる。多分、俺の母は見栄だ。神に近しい存在と交わった話を、母は誇張したんだろう。で、エミリーは俺との関係を周囲に簡単に説明するため、俺が異母兄妹であるっていう嘘を吐いた……と)
溜め息を吐き出しながら、首を横に振る。
こんな事を今更考えても無駄だと心の中で呟く。
もう何もかも終わった話だ。
俺がエミリーの異母兄弟だったにしろ、そうじゃないにしろ、もう過ぎた話だ。
母とエミリーが嘘を吐いた理由は、既に墓の下で腐っている。
もう俺が真実を知る事は永遠にない。
(……何で今更こんな事を考えてんだろうな)
誰もいない空間を一人で歩きながら、俺は眉間に皺を寄せる。
もし。
もし隣にエレナがいたら。
隣にエレナがいてくれたら、こんな事を考えずに済んだだろうか。
美味しそうにクッキーを頬張るエレナの顔を思い出して、つい溜め息を吐き出してしまう。
(ったく、百歳以上年下の娘に何を想っているんだが)
頭の中に過ったモノを振り払い、再び前に向かって歩き始める。
その所為で、俺は思い出した。
初代聖女──エミリーと別れた後の出来事を。
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次の更新は1月8日(水)20時頃に予定しております。




