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続く危機と嘘つきと異世界

 第三王子アルフォンス・エリュシオン──『必要悪』は息絶えた。

 けれど、まだ危機は立ち去っていない。


「……っ!」


 目蓋を開ける。

 気がつくと、私は宙に浮く土塊の上に立っていた。

 即座に周囲を見渡す。

 何処を見渡しても、視界を埋め尽くす暴力的な青空。

 上を見渡しても、横を見渡しても、そして、下を見渡しても、青空が目に入る。

 空を仰ぐ。

 崩壊し始めた浮島が目に入る。

 私達が生まれ育った浮島(だいち)は音を立てながら、ひび割れると、浮島の一部だった土塊を切り離してしまう。

 切り離された浮島の一部は落下し始めると、その身を崩しながら、小さく小さくなっていき、青空に吸い込まれるように溶けて消える。

 それを見て、私は感覚的に理解した。

 浮島の命が尽きてしまった事を。


「ちぃ……! あいつ、厄介なモノを遺していきやがった……!」


 私の隣。

 私と同じように、土塊の上に乗ったサンタが舌打ちする。

 すぐさま彼が見ている方に視線を向けた。

 私達から百数メート離れた所で浮いている土塊の上。 

 そこには、首が取れたアルフォンスの死体が鎮座していた。

 彼の死骸の奥から青い光が溢れる。

 彼の中に眠っていた『青い石』が暴走し始めた。

 それを五感を刺激する匂いで感知する。

 その瞬間、アルフォンスの死体が爆発し、彼の死体の中から黒い水でできた触手の化物が飛び出した。


「な、なに、あれ……!?」


 全長十メートル程。

 絡まった糸のように黒い触手のようなものが何十本も束ねられており、皮膚はパンのような弾力を持ち合わせている。

 知性がないのか、黒い触手のような化物から漏れ出る声は、石で煉瓦を引っ掻くような音に酷似していた。


第三王子(ぼっちゃん)……必要悪が溜め込んだ魔力が暴走してやがる……! 必要悪の中にある『青い石』──エネルギーの塊に加工された人達が、悪さしてんのか……!?」


 鼻を鳴らす。

 黒い触手のような化物から出ている匂いは、困惑と混乱、苦しみ、嘆き、そして、懇願だった。

 悪意の匂いも敵意の匂いも、彼等が抱いていた行き場のない怒りも感じ取れない。

 五感を刺激する匂いのお陰で理解する。

 『青い石』──国王達にエネルギーの塊として加工された人達が、助けを求めている事を。


「あ、アレはエネルギーに加工された人達の意思じゃない……! 多分、第三王子(アルフォンス)という統制者を失った結果、力を制御できなくなったんだと思う……!」


 彼等──第三王子アルフォンス、そして、『青い石』の材料になった人達──と話した私だけが理解できる。

 アレは彼等がかき集めた自滅願望の塊である事を。

 アルフォンスという理性を失い、彼等が怒りという原動力を手放しかけたが故に生じた現象。

 彼等の中に刻み込まれた自滅願望が、浮島(くに)の大地に残っていた魔力を吸い取ってしまった所為で、怒ってしまった事象。

 必要悪──人類を自滅させるための装置だったものに残っていた悪感情。

 彼等が掻き集めた自滅願望が形骸化した結果、彼等の身体に遺ってしまった抽象的な悪感情。

 それが浮島から吸い取った魔力に染み込んでしまった所為で、生命を理由なき傷つける悪──純粋な悪に変質してしまったのだ。

 理性と原動力(いかり)を喪失し、膨大な魔力が悪感情を吸い取ってしまった所為で、生まれ落ちた化物。

 それが、あの黒い触手のような化け物の正体である事を私は的確に理解する。


「事実は何だっていい! 此処で何とかしねぇと、アレ、人を殺し始めるぞっ!」


 サンタの言葉を肯定するかの如く、触手の化物は土塊の上から落ちる。

 そして、真下──青く染まった空の彼方目掛けて落下し始めた。


「……っ! あいつ、他の世界に行くつもりだ……!」


 そう言って、サンタは何処からともなく槍を取り出す。


「逃すかよっ!」


 槍を放り投げようとするサンタ。

 けれど、サンタにも私にも、それを許すだけの魔力が残されていなかった。


「ぐっ……!」


 サンタの手から槍が滑り落ちる。

 苦しそうな声を上げながら、サンタは地面に両膝をつける。

 彼が苦しそうに膝を着け、息切れを起こした時だった。

 サンタの身体が透け始めたのは。

 比喩でも何でもない。

 文字通り、サンタの身体が避け始めた。


「サン、……タ?」

 馬鹿でも分かる。

 サンタが限界を迎えてしまった事くらい。


「サンタっ……!」


「……くそっ」

 

 悔しそうに呟きながら、サンタは隣にいる私と落下し続ける化物を交互に見る。

 そして、奥歯を噛み砕く勢いで歯を食い縛ると、黒い触手みたいな化物に向けていた敵意を投げ捨ててしまった。


「……エレナ、アレは追いかけなくていい。第一王子達の下に向かうぞ」

 

 残った力を振り絞り、立ち上がるサンタ。

 彼は私を抱き抱えようと両手を伸ばす。

 私はそれを全力で拒絶した。


「アレを逃したら、どうなるの?」


 どんどん落下し続ける黒い触手のような化物を見ながら、サンタに問いかける。

 サンタは身体から放っていた匂いを消すと、淡々とした様子で言葉を紡ぎ始めた。


「どうもしねぇ。多分、アレが別の世界に逃げ込んでも、その世界に住む住人に殺されてしまうだろう。アレは必要悪の残骸だ。そこそこ発達した文明でも、十分対処できる存在。もう脅威になり得ねぇ」


 鼻を鳴らす。

 案の定、サンタの身体から匂いは感じ取れなかった。

 それを見て、私は呟く。

 

 ──嘘吐き、と。


「アレを今逃してしまったら、大変な事になる。さっさと何とかしないと、犠牲者がバカみたいに出る。けど、残った魔力じゃ、アレを倒す事ができたとしても、私を第一王子達の下に送り届ける事ができない。だから、サンタは諦めた。そうでしょ?」


「ハズレだ、一ミリも掠っていね……って、おいエレナっ!」


 足場である土塊の上から飛び降りる、

 重力が身体に絡みつき、私の身体から下──足下に広がる青空の彼方に吸い込まれ始める。

 それを見て、サンタはすぐさま土塊の上から飛び降りると、落下し始めた私の身体に手を伸ばした。


「バカっ! なに飛び降りてやがる! 死ぬぞっ!」


「私に力を貸して欲しい。──そういう取引(やくそく)だったでしょ?」


 残った力を振り絞り、サンタは落下し続ける私の下に辿り着く。

 すぐさま私の身体を両手で抱き抱えると、遥か足下にいる黒い触手のような化物に視線を移した。


「私はサンタに魔力を分け与える。その代わり、サンタの力を私に使わせる。それでオッケー貰った筈でしょ?」


「………もう二度と第一王子や先代聖女達と会えなくなるかもしれないぞ」


「でも、アレを倒せるんでしょ?」


 鼻を鳴らしながら、落下し続ける黒い触手のような化物を見つめる。

 化物の奥深くから老若男女の声の匂いが漂っていた。

 『自分達を止めて欲しい』、『今の自分達じゃ、コレを制御できない』、『これ以上、(つみ)を奪い(かさね)たくない』、彼等の叫びが匂いとなって、私の五感を揺さぶる。

 『青い石』に加工された人達の懇願を聞いて、聖女(りせい)が、悪女(ほんのう)が、私の脳を刺激する。

 この困難(ちょうせん)に立ち向かえ、と。


「残った魔力を全部使って、あの化物の中にいる人達を助ける。サンタ、力を貸して」


「…………だめだ」


「どうして」


「それをしたら、お前を助けられなくなる」


「大丈夫だよ、サンタ」


 私を抱き抱えているサンタに笑みを見せつける。

 彼の瞳に映っている私の姿は、幸せそうな表情を浮かべていた。


「もう(じぶん)と向き合えるから」


 サンタと視線を交わす。

 彼は考えて、考えて、考えた結果、ハンドベルだった細剣を取り出す。

 そして、口を開く事なく、悔しそうに表情を歪ませながら、取り出した短剣の柄を私に握らせた。


「……………今からお前を思いっきり投げる。その細剣(レイピア)でヤツの(コア)──『青い石』を砕いてくれ。エレナなら、その神造兵器(レイピア)の真価を引き出せる筈だ」


 もう私とサンタの間に言葉は要らなかった。

 抱き抱えていた私の身体を思いっきり放り投げるサンタ。

 矢の如く飛翔する私の身体。

 私の身体を覆う衣服──サンタがくれたものが襲いかかる空気の波から私の身体を守る。


「──神威(アスター)


 徐々に差し迫る黒い触手のような化物。

 残った魔力を全部細剣に注ぎ込む。

 迫り来る私を見て、私に攻撃を仕掛けようとする化物。 

 けれど、『青い石』──国王の所為でエネルギーの塊に加工されてしまった人々が、化物の動きを食い止めた。

 青い光に包まれ、硬直する化物の身体。

 私はそれを見ながら、細剣の鋒を化物に向け、言葉を紡ぐ。

 今までサンタが口にした細剣(ハンドベル)()を。


「──奇跡謳いし聖夜の恩寵(カンパーナ・キャロル)


 白い閃光。

 冷たい空気が肌を突き、視界が真っ白になる。

 残っていた僅かばかりの魔力が細剣に流れ込み、意識が徐々に薄れる。

 でも、手応えはあった。

 化物を倒せた事を感覚的に把握した途端、高揚感と共に『生きている実感』を得る。

 でも、それを感じ続けられる程の余力が今の私の中になかった、

 意識が保てなくなり、身体から力が抜け落ちる、

 プツンと意識が切れる直前、感謝の言葉が私の鼻腔を擽って──



 重い目蓋を開ける。

 先ず私が目にしたのは、夜空だった。

 と言っても、いつも見ている夜空とは違う。

 雲一つないのに、星は一つや二つしか見えない。

 疑問に思いながら、身体を起き上がらせる。

 短い雑草に覆われた小高い丘。

 月明かりに照らされた丘の上にいる私は目撃する、

 丘の下に見える光り輝く街を。

 丘の下に広がる街は、自然のものじゃない無数の灯によって瞬いていた。

 見た事も聞いた事もない建物が沢山建っており、建物の中からは光が漏れ出ている。 

 建物と建物の間には馬車に似て非なる鉄の塊が走っており、黒い石のようなもので覆われた道には街灯と思わしきものが沢山立っていた。


「……ここは、どこ……?」


 私が生まれ育った浮島(くに)よりも高度な文明力を持った街。

 それを見て、私はすぐさま理解する。

 此処が異世界である事を。


「此処は、二層だ」


 背後からサンタの声が聞こえてくる。

 ゆっくり振り返る。

 サンタの姿が目に入った。

 でも、いつも見慣れているモノとは違う。

 彼の手足は透けているし、身体の端々から光の粒子が漏れ出ている。

 身体の輪郭が徐々にボヤけ、少しずつサンタの存在を感じられなくなる。


『大雑把に言っちまうと、今の俺は人の形をした魔力の塊だ。魔力でできた肉体からだに俺の魂が詰め込まれているって表現でピンと来るか?』


 昔、サンタが言っていた言葉を思い出す。

 サンタの身体は魔力のみで構築されている、と。

 その言葉を思い出して、そして、今のサンタの姿を見て、私は即座に理解した。


 ──サンタとの別れが近い事を。


 

 

 

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 最終話の更新は本日22時頃に予定しております。

 残り一話で本編は完結しますが、最後まで付き合ってくれると嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。

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