私とサンタと必要悪
◇
地平線の彼方まで広がる湖。
爛々と瞬く星々が湖面を照らす幻想的な空間で、私──エレナはサンタと共に敵を睨みつける。
敵は全長五メートル程の黒くて大きな蛇。
かつて第三王子アルフォンス・エリュシオンと呼ばれていた人間の成れの果て。
『必要悪』と呼ばれる自滅装置と化した敵が私達の前に立ちはだかる。
「があああああ!!」
敵の身体から射出された無数の黒い水の塊。
四方八方三百六十五度。
数えるのも阿呆らしくなる数の黒い水の塊が、矢の如く放たれる。
その攻撃が放たれるや否や、サンタは音もなく姿を消し、私は棒立ちの状態を保ち続ける。
四方八方飛び交う無数の攻撃。
案の定、敵の攻撃は私に当たらなかった。
この期に及んで、私を生かすつもりなんだろう。
ならば、勝負は一瞬。
ほんの僅かな時間で決着がつく。
それを感覚的に悟りながら、私は待ち続ける。
いつ終わりが始まってもいいように、鼻を鳴らす。
私の鼻は匂いを嗅ぎ取る事に特化している。
この鼻さえあれば、敵と味方の動きを感知し、数秒先の未来を感知する事だってできる。
魔法も使えなければ、武術さえ会得していない私にとって、この鼻が唯一の武器。
強化魔術や治癒魔術も使えるが、それは今回の闘いで通用する代物じゃない。
私にできる事は少ない。
けど、旅を始めた頃とは違い、今の私にはできる事が沢山ある。
サンタの力になる事も、時間を稼ぐ事もできる。
私にはチャンスを作れるだけの力がある。
故に、私は待ち続ける。
敢えて動かない事を選択する。
「──奇跡謳いし聖夜の恩寵っ!」
上空。
ハンドベルを振ったサンタが光り輝く吹雪を射出する。
敵は黒い水の膜で自らの身体を包むと、サンタの攻撃を防いだ。
その瞬間、私は自らの匂いを消し、その場に立ち続ける。
自らの匂いを消す事で、敵の五感から逃れる。
私は確信していた。
敵は私の姿を見失う、と。
私は確信していた。
サンタは私の姿を見失わない、と。
勿論、確信には根拠がある。
それは私という命と向き合っているかどうか。
敵は最期まで向き合わなかった。
けど、サンタは最初から向き合ってくれた。
故に、サンタは私を使う事ができる。
私という存在をサンタに使わせる事ができる。
それが敵と味方の差。
私という命を正面から向き合ったものだけが、私が与えた選択を──私という置物を使う事ができる。
「──っ!?」
案の定、敵は私の姿を見失った。
黒い水の膜を身体から取り除き、私の姿を目だけで探し始める。
ここには遮蔽物がない。
幾ら気配を消していたとしても、姿が透明になる訳ではない。
故に、私の姿は一秒足らずで敵に見つかってしまう。
だが、私を傷つけたくない一心で、敵は攻撃を止め、貴重な時間を一秒近く無駄にしてしまった。
──狙い通りだ。
私が稼いだ一秒。
それが私達の命運を大きく変える。
「──奇跡謳いし聖夜の恩寵っ!」
瞬時に敵の背後に回り込んだサンタ。
敵の背後を取るや否や、ハンドベルを振り回す。
近距離から放たれた光り輝く吹雪は敵の身体を襲──わなかった。
「遅いですよ、ミスター・サンタクロース」
圧縮された水の柱がサンタの心臓を射抜く。
敵は振り返る事なく、尻尾の先から黒い水を射出すると、サンタの身体に致命傷を負わせた。
「が、あっ……!」
口から血を吐き出しながら、湖面に倒れ込むサンタ。
そんな彼に追い討ちをかけるかのように、敵は腕を振る。
空から降り注ぐ幾多の黒い水の槍が、サンタの身体に無数の風穴を空ける。
敵の攻撃がサンタの身体から人の形を奪い取り、彼の身体を肉片に変える。
「……っ!」
肉片になったサンタを見て、勝利の余韻に浸る敵。
その間に『私』は敵の下に向かうと、懐にあった聖女の証で敵に攻撃──
「ミス・エレナ。僕が貴女を見逃す訳ないじゃないですか」
──できなかった。
いつの間にか人の姿──第三王子アルフォンス・エリュシオンの姿に戻っていた敵が、『私』を抱き締める。
敵に抱き締められた『私』は聖女の証を落とす。
身体が硬直し、指一本動かす事ができなくなる。
「やっとサンタから取り戻す事ができた。もう二度と貴女を手放しません。これから僕が貴女を守──っ!?」
敵が『私』の頭に顔を埋める。
その瞬間、『私』にかかっていた幻覚は解け、『私』は氷像に変わった。
驚く敵。
だが、驚く暇を与える事なく、氷像の放つ冷気が敵の身体を覆い、氷の中に封じ込める。
『幻覚極めているヤツらは、無闇矢鱈に幻覚を使おうとしねぇ』
旅の道中、サンタが言っていた言葉が脳裏を過ぎる。
いつ言ったのかは覚えていない。
けれど、昼ごはんを食べながら、彼の話を聞いていた事だけは覚えている。
『幻覚極めているヤツらはな、幻覚が使い物にならねぇ事を熟知している。だから、ヤツらは余程の事がない限り、幻覚は使わねぇんだよ。一流の幻覚使いは、幻覚を極めている事実を最後の最後まで隠し続けている』
かつてサンタが言っていた言葉を噛み締めながら、私は一歩も動く事なく、立ち続ける。
『一瞬の隙を突くためだよ。同格格上相手でも、幻覚は一瞬だけ通じる。ほんの一瞬だけ、格上相手でも幻覚で騙す事ができるんだ。だから、一流の幻覚使いは幻覚を極めている事実を隠し続けている。ほんの一瞬の時間を奪うため、真の幻覚使いは命を賭けているんだ』
『ええ……、幻覚を極めるのって、かなりの時間かかるんでしょ? それなのに、ほんの一瞬だけ相手に幻覚をかけるために、一流の幻覚使いは幻覚を極めるの? 時間の無駄というか、その極めている時間を他の事に費やした方が……』
『ああ、嬢ちゃんの言う通りだ。幻覚を極める時間があるんだったら、他の事に時間を費やした方が効率的だ。だが、一流の幻覚使いは違う。あいつらはな、敢えて幻覚を極めているんだよ』
あの時、サンタが幻覚について熱く語っていた理由を今更ながら理解する。
きっと彼は私に伝えたかったのであろう。
自らが幻覚の使い手である事を。
「──我が真意は聖夜に紛れる」
戦闘開始から一歩も動く事なく、私はサンタの匂いを追い続ける。
そのお陰で、敵よりも先に理解する事ができた。
サンタが『幻覚』を使っている事を。
幻覚を使う事で自らの死を擬態した事を。
幻覚を使う事で敵に氷像を抱き締めさせた事も。
敵に抱き締めさせた氷像が『私』の姿をしていた事も。
匂いのお陰で全部理解してしまう。
だから、私は一歩も動く事なく、待ち続けた。
サンタが動きやすいように、一歩も動く事なく、自らの匂いを消し、敵の視界から一瞬だけ逃れた。
敵が私に執着している事実を余す事なく利用し、サンタにとって都合のいい展開を作り上げる。
その結果、敵は終焉に導かれる。
「我が虚言は万象を欺き、知ある者を聖夜の底に誘う」
ただ格上を一瞬だけ欺くため、生涯を幻覚のために費やし。
ただ格上である敵を一瞬だけ欺くために幻覚の存在を隠し続け。
ずっと私達を欺き続けたサンタの嘘が、毒のように敵の命に絡みつく。
「──神威」
ずっと私という命と向き合い続けたサンタが、敵の真横に現れる。
音もなく現れたサンタ。
氷漬けになった身体を力尽くで動かそうとする敵。
サンタが手に持っているハンドベルが姿を変え、ハンドベルだったモノは瞬く間に白銀の細剣に変える。
『これが本当の姿だ』、そう言わんばかりにハンドベルだったモノは真っ白で綺麗な刀身を露わにする。
サンタは息を短く吸い込むと、細剣の柄を両手で力一杯握り締める。
そして、身体全体を使って細剣を振った。
「──奇跡謳いし聖夜の恩寵っ!」
自らの実力も、武器の形状も、何もかも誤認させ、サンタは必殺を手繰り寄せ、斬撃を放つ。
ハンドベルの形状だった頃とは、比べ物にならない切れ味、そして、破壊力。
ただ振っただけ。
ただ目にも止まらぬ速さで振っただけ。
ただそれだけで、光輝く雪の刃が敵の首を斬り飛ばし、敵に不可逆の死を与える。
「……!?」
敵が氷漬けになってから、サンタが必殺を繰り出すまで凡そ三秒足らずの出来事。
私が稼いだ一秒、サンタの幻覚の所為で生じた一秒、そして、敵の慢心によって生まれてしまった一秒。
その三秒が敵に致命的な一撃を与える。
「……」
敵の首が湖面に落ち、『彼』の息の根が止まる。
刀身から放たれる真っ白な光が、私達の身体を淡く包み込んだ。
◇
目蓋を開ける。
庭園の隅に置かれている白い椅子。
その上に座りながら、私は白い机の上に置かれている果物とティーカップを見つめる。
果物は全て私が好きなものだった。
ティーカップに入っている紅茶は、私が好きな臭いを発していた。
「……貴方が私を呼んだんですか?」
「ええ、そうです」
椅子に座った私の視線の先。
優雅にお茶を啜りながら、金髪の青年──第三王子アルフォンス・エリュシオンは声を発する。
そして、私の姿を一瞥する事なく、『彼』は自らの要求を口にした。
「ミス・エレナ。お願いです。僕を選んでください」
見慣れた姿に戻った『彼』を見ながら、私は天を仰ぐ。
そして、溜息を思いっきり吐き出すと、『彼』に身体の正面を向け、本音をぶっちゃけた。
「ごめん、生理的に無理」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
明日12月25日(水)は12時頃、18時頃、20時頃、22時頃に更新いたします。
明日22時頃に更新する予定のお話で、本作は完結する予定です。
最後までお付き合いよろしくお願い致します。




