終わりと発情とラストバトル
◇
かつて王都の城があった場所。
ついさっきまで私達が立っていた場所が藍色の爆炎で覆い尽くされる。
遠くからでも匂いのお陰で理解できた。
魔王が自爆したという事実を。
「な、……んで」
時計塔の残骸の上。
サンタの腕から解放された私は、地面に足をつけながら、藍色の爆炎を見つめる。
魔王が命を賭して放った攻撃は、かつて城があった土地周辺を藍色の爆炎で埋め尽くされていた。
激しい爆音が鼓膜と身体を揺さぶる。
魔王が自爆した。
その事実を呑み込む事ができず、私は放心状態に陥って──
「しゃんとしろ、嬢ちゃん! じゃなきゃ、魔王の死が無駄になっちまう!」
サンタの怒声が私を現実に引き戻す。
途端、私達から数十メートル離れた先にある地面が黒い水を産んだ。
すぐさま視線をそこに向ける。
そこにいたのは、全長五メートル程まで縮んだ黒くて大きな蛇──第三王子の成れの果てだった。
「はぁ……! はぁ……! くっ……! まさか、魔王が自爆するとは……!」
強引な時間遡行、そして、魔王の自爆。
それにより、敵の巨体は見る影もないくらいに縮んでいた。
敵が弱体化している事を肌で感じ取る。
そんな状態でも私達よりも強いのか、『彼』の身体から漂う匂いは威圧的かつ苛烈なものだった。
「……もういいでしょ」
息を切らす敵──第三王子に声を掛ける。
『彼』は私の言葉を聞くつもりがないのか、血走った目でサンタを睨みつけるだけで、私の声に応えなかった。
「生存者である第一王子達は浮島の外に逃げた。国王も生きてた王族貴族も、そして、民である異形達も貴方が殺してしまった。貴方が浮島の核にしようとした魔王は自爆した。もう貴方が戦う理由はない。この浮島の終焉は確定している」
「はっ、……はっ、……まだだ……! まだ、この浮島の大地から力を搾り取れば、……! いや、この状態でもサンタを殺し、ミス・エレナを取り戻……」
「もういいでしょ!」
つい感情的になってしまう。
なんで自分が叫んだのか、自分でさえもわからなかった。
「もう終わったの! 何もかも! もうこの浮島が元に戻る事も、新しく生まれ変わる事もない! この浮島の大地は枯れる直前だから、もう命が生まれる事はないし、そもそも浮島を建て直すために必要な人がいないっ!」
瓦礫しかない元王都だった場所。
かつて沢山の人が行き交い、数多のドラマを紡いでいた場所は荒れ果てた荒野と化してしまった。
もうこの場所に二度と人造のものは現れないし、緑が生い茂る事もない。
そして、生き残った人々──第一王子や先代聖女達は去り、唯一残っていた国王達や異形達も第三王子の成れの果てが殺し尽くしてしまった。
もう残されたのは、私達だけ。
この浮島が存続する可能性も再興する可能性も完全に潰えてしまった。
「もう何もかも終わっているの! だから、もう、……」
「──終わっていませんよ」
ようやく。
ようやく第三王子の成れの果てが私を見る。
けれど、『彼』は私という命と向き合う事なく、聖女という名の偶像に固執し続けていた。
「まだ僕と貴女がいる。僕と貴女さえいれば、新しい事を始められる」
「だから、……」
「だって、僕と貴女は男と女ですよ?」
一瞬、ほんの一瞬だけ、『彼』の言っている事が分からず、私は言葉を失ってしまう。
そんな私に構う事なく、『彼』は罪を重ねる。
「僕が貴女を孕ませる。そうすれば、命が産まれる。そうだ。そこにいるサンタを浮島の核にしましょう。そうすれば、数年は保つでしょう。その間に僕と貴女で子どもを沢山作り、その子どもを『青い石』──魔力の塊に加工すれば、浮島の核を延命できる。僕と貴女の子を資源として利用すれば、この浮島の再興を、……僕の目的を果たす事ができる」
第三王子の成れの果ての瞳に私の姿が映し出される。
サンタの秘薬の効果で幼くなってしまった私の姿が。
癖のない金の髪。
傷一つついていない白い肌。
パッチリした目、薄い唇。
幼さが色濃く残った顔立ち。
平坦と言っても差し支えない慎ましい胸。
背丈は低く、年齢は恐らく十歳成り立て程度。
誰の目にも愛らしいと思える童女──今の私の姿が『彼』の目に映し出される。
……発情しているのだろう。
『彼』の身体から盛った猫のような匂いが漂ってきた。
「大丈夫です。仮に今の貴女の身体が第二次性徴を迎えていなくても、僕の力で貴女を妊娠可能な状態まで加工します。ついでに性行為や妊娠時に痛みがないよう、快楽を感じやすい身体に加工しましょう。ああ、そうだ。出産する期間を短縮……いや、一度に出産する子どもの数が多くなるよう調整した方が……」
「──奇跡謳いし聖夜の恩寵」
サンタの身体から怒りと嫌悪の匂いが漏れ出る。
その匂いを感知した途端、サンタはハンドベルを振り、光り輝く吹雪を敵に浴びせる。
「ぐがああああああ!!」
光り輝く吹雪は敵の身体を呑み込む。
ハンドベルから放たれない吹雪は全長五メートル程まで縮んだ敵の身体に重度の凍傷を負わせると、遥か後方に吹き飛ばした。
「な、何をするサンタぁ!」
遥か後方にあった瓦礫の山に激突した黒くて大きな蛇──敵は身体に纏わり付いていた氷を強引に振り払うと、怒気を含んだ叫びを発する。
敵の身体には夥しい凍傷が刻み込まれており、敵の呼吸音は危ういものになっていた。
「悪い、エレナ。考えるよりも先に手が出ちまった」
サンタは嫌悪感を隠す事なく、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
その姿を見た途端、甘いものを食べた後のような心地いい温かさが私の身体を包み込んだ。
「はあ、……はあ、……! くっ……! サンタ……! お前が、お前さえいなければ、とっくの昔にミス・エレナは僕のモノに……!」
「俺を此処に呼んだのは必要悪だろうが」
「そうだけど、……そうだけど……!」
「そもそも、エレナはモノじゃねぇ。お前と同じ命だ」
「黙れっ! 僕から聖女を奪いやがって……! お前だけは、お前だけは、絶対、絶対、絶対に許さないからな……! この盗人風情がぁぁああああ!!」
苦しそうに身体を捩らせながら、血走った目で再びサンタを睨みつける敵。
そんな敵の姿を直視する事ができず、私は思わず目を瞑ってしまう。
何処まで『彼』の本心なのか分からない。
もしかしたら、正気を失っているだけで、アレは本心じゃないかもしれない。
でも、身体の奥底から湧き上がる呆れと嫌悪が、外側に溢れてしまう。
だから、つい本音を悶え苦しむ『彼』に浴びせてしまった。
「……気持ち悪い」
第三王子の成れの果て──敵の鼻腔に私の本音が届く。
けれど、敵は私の発言を真に受ける事なく、サンタに尋常じゃない殺意を浴びせ始めた。
「サンタ……! 貴方が洗脳した所為で、ミス・エレナが、僕に暴言を……! 貴方が彼女を変えたから……!」
「ちゃんと向き合えよ。いつまで命から逃げてんだ」
サンタの言葉が敵の身体に突き刺さる。
けれど、わたしたちの言葉は敵の骨の髄まで響かなかった。
責任転嫁、自己の正当化、問題の先送り、劣等感、現実逃避。
それら全てが『彼』の判断を誤らせる。
皮肉にも、今の『彼』の姿は、『彼』が裁くと言っていた国王達──『彼』が憎んでいた者達と瓜二つだった。
「くぅ……!」
『ぱぁん』と弾ける音と共に敵の身体が破裂する。
黒い水と化した敵の身体が瓦礫の山を伝い、地面に染み渡る。
その瞬間、浮島の崩壊が始まった。
「何が起きて……!」
「第三王子が浮島の大地に残っているエネルギーを吸い始めた……!」
地面が割れる。
大地が形を保てなくなり、私達の足場が崩れ始める。
サンタは急いで私を抱き抱えると、まだ崩れていない場所に跳び乗った。
「このままじゃ、あと数分で浮島の核は干からび、浮島は完全に崩壊する……! どうする、エレナ……!? 逃げるなら、今がチャンスだぞ!」
「逃げたら、どうなるの?」
大地が崩壊していく。
地面に生じた無数の亀裂が浮島を破壊する。
亀裂の間から青く染まった空が垣間見える。
砕けた大地の破片は更に砕け、跡形もなく砕け散ってしまうと、痕跡一つ残す事なく消え去ってしまう。
あと数分足らずで浮島の大地は完全に砕け散ってしまう。
それを感覚的に把握した途端、喪失感のようなものが私の身体を吹き抜けた。
「……浮島の核から力を吸い取った第三王子は、ある程度の力を取り戻す。力を取り戻した第三王子は俺を殺し、その後、他の世界に逃げた第一王子達を追いかけ始めるだろう」
「そのあとは? 第三王子達を殺しただけで、今の『彼』は満足するの……?」
「……あれは『必要悪』だ。この浮島の自滅願望によって生み出された存在。人間を殺し尽くすためだけに生まれた自滅装置。俺や第一王子達を殺した後、色々理屈を捏ねて、他の世界の人々を殺し始めるだろう。…‥お前に歪んだ愛情をぶつけながらな」
「なら、さっさと『彼』を倒そう」
「いいのか?」
「もう『彼』は言葉じゃ止められない」
サンタは私を抱き抱えたまま、敵がいる場所に向かって駆け出す。
勿論、向かう場所は敵の下。
浮島の核がある浮島の地下奥深く。
サンタは青い空が垣間見える亀裂の中に飛び込み、崩壊していく大地の破片を跳び乗りつつ、敵がいる場所──浮島の核の下に向かう。
案の定、敵は浮島の地下深くにいた。
「……第三王子」
黒い水と化した敵の姿を目視する。
『彼』は壊れかけている浮島の核に張りついていた。
ちゅうちゅうと蝶のように吸いながら、敵は浮島の核に含まれた魔力を吸い取る。
その姿はとても情けなく、私が知っている第三王子の面影は何処にも見当たらなかった。
「……いくよ、サンタ」
もう言葉は十二分に交わした。
努力もした。
でも、私の声は敵の下に届かなかったし、敵は私という命と最期まで向き合おうとしなかった。
「遠慮する事はねぇ。そういう取引だっただろ」
私の意図を瞬時に悟ったサンタは、躊躇いを抱く事なく、心器を行使する。
「──心器」
サンタの呟きが地面に穴を開ける。
気がつくと、私達の身体が、浮島の核に吸い付く敵の身体が穴の中に引き摺り込む。
ほんの一瞬だけ、私の視界が真っ黒に染まり、星空を映し出す湖面が姿を見せる。
地平線の彼方まで広がる湖。
頭上で激しく瞬く星々が、私達を優しく照らし上げる。
「──『恵まれぬものに・金塊を』」
サンタの心器が私達を決戦の舞台に引き寄せる。
頭が良くない私でも理解できた。
これが最後の攻防になる事を。
「もっと力を抜けよ、嬢ちゃん。嬢ちゃんの大好きな挑戦だ。楽しんでいこうぜ」
私の緊張を感じ取ったサンタが私の肩を叩く。
それが気に食わなかったのか、第三王子の成れの果ては唸り声を上げた。
「うん、分かった」
捨て去った筈の聖女としての自分が、身体に覆い被さる。
元々持っていた悪女としての自分が、内側から欲望を刺激する。
今まで培ってきた聖女。
今まで押さえてた悪女。
相反する理性と本性が私の背中を蹴飛ばす。
……ああ、そうだ。
『目の前の脅威を見過ごす事なんてできない』って理性が訴えている。
『目の前の愉しみを見逃す事なんてできない』って本性が訴えている。
今まで貫いてきた聖女も今まで押さえ込んできた悪女も、目の前の命から逃げるなと訴え続けている。
「いくよ、第三王子アルフォンス・エリュシオン」
ならば。
いつも通り、全霊を尽くそう。
いつも通り、最善を尽くそう。
いつも通り、サンタと共に危機を乗り越える。
覚悟を決めた私は、己の衝動に逆らう事なく、目の前の敵の命を真っ直ぐ見据える。
敵の命に身体の正面を見せつけながら、宣戦布告を突きつける。
「──骨の髄までしゃぶってあげる」
それが終わりの始まり。
私が発した言葉が引き金となり、最後の闘いが始まった。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、誤字を報告してくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は告知通り、本日20時頃に投稿いたします。
残り五話、最後までちゃんと更新していきますので、お付き合いよろしくお願いいたします。




