命乞いと握手と自爆
◆side:魔王
「予定が少し狂ってしまったが、これ以上魔王を生かす理由はねぇ。魔王、……いや、原初神ガイアの兵器。ここがお前の終着点だ」
サンタのクソ野郎がハンドベルに魔力を込める。
絶体絶命。
もうアレを避け切る余力がねぇ。
蹲りながら、オレは舌打ちする。
「……テメェ、聖人なんだろ。盗んで、人を騙して、利用して、……こんな事していいのか?」
死にたくねぇ。
そう思って、捻り出した言葉は聞くに耐えない代物だった。
こんな言葉しか出てこない自分自身に嫌悪感を抱く。
「先代聖女から何を聞いたのか知らねぇが、俺は聖人でも善人じゃねぇ。ただの盗人だ」
そう言って、サンタはハンドベルを振り上げる。
自らの死期を悟った。
目を閉じ、『クソ』という言葉を滲み漏らす。
最期の時を待ち続ける。
だが、最期の時を待ち続ける程、オレは我慢強くなかった。
「頼む、……殺さないでくれ……」
サンタがトドメを繰り出すよりも先に、オレは命乞いをしてしまう。
「頼む……このまま死にたくない……せめて、聖女と話をさせてくれ……!」
情けない言葉を捻り出す。
そんなオレにサンタは『どうして』と尋ねた。
「……オレと聖女は、同じだと思ってたんだよ」
同じ道具だと思ってた。
親から与えられた役目を果たすためだけに加工された操り人形。
与えられた役目を果たす以外の機能も感情も排除された、親にとって都合の良い道具。
オレが創造主に使い潰されたように、聖女も先代聖女に聖女として使い潰される……いや、使い潰されていると思った。
思っていた。
だから、オレは聖女を助けようとした。
聖女かのじょにオレと同じ末路を辿って欲しくない。
オレは救われなかったけど、せめて聖女かのじょだけは救われて欲しい。
道具じゃない生き方をして欲しい。
そう思って、オレは聖女を助けようとした。
けど、そうじゃなかった。
オレと聖女は同じじゃなかった。
「オレと聖女の違いを知りたい……このまま分からないまま、死にたくない……」
サンタなんかに本音を正直に吐露する。
ヤツは不愉快そうに顔を歪めると、持っていたハンドベルを振り下ろ──さなかった。
「……やめだ」
そう言って、サンタのクソ野郎は俺に背を向ける。
「核に負荷をかけ過ぎたな。わざわざ俺がトドメを刺さなくても、お前は死ぬ。安静にしていたとしても、一年は保たねぇだろ。壊れかけているお前の核じゃ、この浮島の核の代わりになり得ない。俺の目的は既に果たされたようなもんだ」
聞いてもいねぇ事をペラペラ話しながら、サンタは俺の前から立ち去ろうとする。
それを見て、オレは耐え難い屈辱を味わうと同時に、心の底から安堵してしまった。
「……本当にオレを見逃すつもりなのか?」
「これで貸し一つだ。貸しを返せって言わねぇが、恩を仇で返すような事はやるんじゃねぇぞ」
そう言って、サンタは振り返る事なく、オレの前から立ち去る。
命乞いをした挙句、サンタなんかに生かされてしまったオレはというと、立ち去るヤツの背中をじっと見る事しかできなかった。
◇side:魔王
「サンタ、これで貸し借りは無しだ」
オレの炎で吹き飛ばした黒い蛇みてぇな化物を地面にできた亀裂の中に落とす。
オレは呆然と立ち尽くすサンタの前に舞い降りると、口の中に溜まった血を地面目掛けて吐き捨てた。
「……どうして此処に来た。お前は既に俺達を助けた。もう俺とお前に貸し借りはねぇはずだ」
信じられないものを見るような目で、サンタはオレをじっと見つめる。
「……命を助けてもらっただけでなく、聖女と話す時間を作ってくれた。借りが二つあったから、二度助けただけだ」
オレは眉間に皺を寄せると、地面にできた亀裂の向こう側にいる幼い少女──聖女の方に視線を移した。
「……バカが。今のお前は死にかけみてぇなもんだ。今の状態で、あんな規模の攻撃をしちまったら、」
「もう遅えよ」
身体の奥にある核が音を立てる。
その度に痛みが身体の節々に走るし、視界が白と黒に点滅してしまう。
鉄の臭いが口の中に充満するわ、ちょっとでも動いただけで息が切れるわで、最悪の気分だ。
改めて痛感する。
自分に残された時間が残り少ない事を。
(ちっ、…….今さっきの攻撃で核の崩壊が始まってしまった)
終わりが始まる。
時間が経過する度にオレの中にある核がひび割れる。
もう何もしなくてもオレの核は壊れ、オレという道具は活動を停止する。
もう二度と話す事も動く事も考える事もできない、ただのガラクタになってしまう。
「おら、さっさと聖女の下に行け。詳しい事は分からねぇが、あの黒い蛇みてぇなのは、聖女を自分のモノにするため、お前を殺そうとしているんだろ?」
「………お前、死ぬぞ」
「壊れるじゃなくて、死ぬ……ねぇ。お前、オレを人間扱いしてたのか」
「ま、お、う、ううううう!!」
地面に生じた亀裂の奥の奥。
そこから黒い蛇みてぇな化物の声が聞こえてくる。
その声を聞いて、第三王子の顔が頭を過ったが、まともな思考ができる程、オレの器は元気じゃなかった。
「なあ、サンタ」
「断る」
「まだ何も言ってねぇだろうが」
黒い蛇みてぇな化物の魔力が徐々に徐々に徐々に近寄る。
亀裂の奥深くまで落ちたんだろう。
化物がオレ達の下に来るまで、かなり時間があるみたいだった。
「お前の代わりに何かやってやる程、オレは聖人でもお人好しでもねぇ。なんか言う事あるんだったら、直接言いな」
そう言って、サンタは右人差し指を軽く振る。
すると、オレとサンタの間に聖女──エレナが現れた。
「……魔王」
サンタの力によって強引にオレの前に引き摺り出された少女──聖女エレナは悲しそうに顔を歪める。
その顔を見て、オレは『ああ、こいつは道具じゃなくて、人間なんだな』って思ってしまった。
「……なぁ、聖女」
さっき黒い蛇みてぇな化物目掛けて繰り出した攻撃。
それはオレの想定していた以上に核に負荷がかかっていた。
核がひび割れる度、意識が遠退く。
思考がまとまらなくなり、気を抜いてしまうと、自分が何者だったのかさえ忘れてしまう。
もう取り繕う余裕さえ無い。
だからなのか。
オレの口から出た言葉は、非常にシンプルだった。
「オレは、……人間か?」
「……確かめてみる?」
そう言って、聖女はオレに手を差し伸べる。
深く考える事なく、オレは手を動かすと、聖女と握手を交わした。
二度目の握手。
時計塔で一度交わした握手と同じように、聖女の手は温かった。
「……オレの手は、温かいか?」
時計塔で一度握手を交わした時と同じように、聖女エレナは聖女らしからぬ嘘を吐く。
彼女の嘘を聞いて、オレは『そっか』と呟いた。
「……サンタ」
オレの意図を察したサンタは、すぐさま聖女エレナの小さい身体を抱き抱える。
そして、オレに一切言葉を掛ける事なく、聖女エレナを抱き抱えたまま、何処かに向かって跳んでしまう。
あっという間にサンタも聖女の身体もオレから遠退いてしまった。
(……サンタは憎々しいヤツだ。けど、あいつ以上に聖女を守れるヤツはいねぇ!
もし。
もしも聖女エレナと初めて会った時、彼女と言葉を交わしていたら。
王都にいた人達を殺さずに、彼女と握手できていたら。
聖女という命と早い段階で向き合っていたら。
もっと違う末路を辿れたかもしれない。
聖女エレナはサンタじゃなく、オレを隣に置いていたかもしれない。
「……まあ、もう遅いか」
地面にできた大きな亀裂。
その中から黒くて大きな蛇みてぇな化物が出てくる。
それを見た途端、視界が不明瞭になり、意識が飛びそうになった。
化物の怒声が骨の髄まで響き渡る。
何か言っていたが、もうそれを理解できる程、頭は動いちゃくれねぇ。
オレは壊れる。
いや、死ぬ。
兵器としての消費期限を迎え、オレの身体はガラクタになる。
(でも、ただじゃ死なねぇ)
もし。
もし此処で聖女エレナが死んでしまったら。
オレの手に残った温もりが消えてしまう。
使われるだけの兵器に戻ってしまう。
(それだけは避けねぇと)
別に人を傷つけた事や殺した事に罪悪感を抱いている訳じゃない。
赦しを得ようとしている訳じゃない。
最後にカッコつけようと思っている訳でも、最期くらい善い事をしようと思っている訳じゃない。
手に残った温もりを守りたい。
ただそれだけの理由で、オレはオレの命を使い潰す。
「………」
迫り来る化物。
大き過ぎる敵の巨体を仰ぎながら、オレは自らの核に魔力を流し込み、そして、
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
一ヶ月近く更新できなくて、申し訳ありません。
体調が少し良くなった+最終話までの下書きが完成したので、最終話まで連続投稿致します。
次の更新は本日12月24日20時頃と22時頃。
明日12月25日は12時・18時・20時・22時頃に更新し、明日22時に投稿するお話で本編を完結させます。
完結まで残り僅かになりましたが、最後までお付き合いしてくれると嬉しいです。
よろしくお願い致します。




