自爆と群体と一歩
◇
黒くて大きな蛇──この浮島の第三王子だったアルフォンス・エリュシオンが、長くて太い尾を地面に叩きつける。
大樹よりも圧倒的に長くて太い尾は、地面に減り込むと、浮島全体を縦に揺らした。
周囲にあった瓦礫が揺れ動く。
それと同時に、何処からともなく異形とヒドラの大群が私を取り囲むように現れた。
即座に周囲を一瞥する。
現国王だったヒドラと目が合った。
苦しそうに鳴き声を上げる現国王の成れの果てを見て、私は即座に気づく。
サンタと相対していた筈の異形達が、此処に引き寄せられた事実を。
「心器の中に閉じ込めていた異形が消えた」
視線だけを右横に向ける。
煙のように現れたサンタの姿が視界の隅に映り込んだ。
「何があったのかは敢えて聞かねぇ。具体的な事は分からねぇが、予想は大体できてる」
「ごめん、サンタ。煽り過ぎ……」
「とうとう第三王子を振ってしまったか」
「違う」
「まあ、気持ちは分からんでもない。第三王子が恋しているのは、理想の聖女だからな。振りたくなる気持ちは分からんでもない」
「全然違う」
「じゃあ、アレか? 第三王子と恋人関係になったのか?」
「サンタ」
この期に及んで、サンタは恋愛脳を発揮していた。
『いや、今はそれどころじゃないでしょ』と指摘しようとした──その時だった。
「ああああああああ!!」
黒くて大きな蛇──第三王子の成れの果てが長くて太い尾を振りかざす。
殺意の匂いも敵意の匂いも感じ取れなかった。
その所為で、反応が遅れてしまう。
恐らくサンタも私と同じように敵の動きを先読みできなかったんだろう。
動き出した敵を見るや否や、焦ったような表情を浮かべる。
私もサンタも油断していなかった。
敵の動きに反応できるよう、身構えていた。
それで反応できなかったという事は、この攻撃は恐らく──
「違う!『違う!』ちがう!『チガウ!』違う!『ちがう』!違う!『ちがうっ!!』」
敵の攻撃が地に叩きつけられる。
その瞬間、黒くて太くて長い尾が、数百メートル先にいた異形とヒドラの大群が『押し潰された』。
「………っ!?」
民衆だった異形が、王族貴族だった異形が、第三王子の尾によって叩き潰される。
途轍もない威力だったのだろう。
異形の肉も骨も地面を彩る汚いシミと化してしまった。
「ど、どうして異形やヒドラを……アレって、必要悪が生み出したものじゃ……」
「どうやら『ブレた』みたいだな」
意味深な一言を呟いた後、サンタは私の身体を抱き抱える。
そして、後方に大きく跳ぶと、第三王子の成れの果てから大きく距離を取った。
「サンタ。『ブレた』って、どういう意味?」
「あの第三王子……必要悪は浮島にいる人々の無意識を一つにまとめたものだ」
異形達を叩き潰し続ける黒くて大きな蛇──第三王子を眺めながら、サンタはボソッと呟く。
「その一つに固まった無意識が、バラバラになり始めている。だから、第三王子以外の声が聞こえ始めたんだろう」
「どうしてバラバラになり始めたの」
黒くて大きな蛇が尾を振り回す。
その度に地面が縦に揺れる。
異形の首が取れる。
ヒドラの胴体だったものが飛び散る。
数百に及ぶ生命だったものが、ただの黒い水に成り果てる。
直視できない程の惨状だ。
つい眼前の光景から目を逸らしてしまう。
「これは俺の予想で確証は何もないが、……多分、あの必要悪を一つにまとめていたのは自滅願望だけじゃない。嬢ちゃ……エレナに対する執着『も』、必要悪の中にある無意識を一つにまとめていたみてぇだ」
黒くて大きな蛇──必要悪から距離を取りながら、サンタは己の推測を述べる。
敵の周りにいた異形やヒドラ達は、次々に押し潰されると、黒い水と化してしまった。
「正確に言ったら、執着していたのはエレナ個人じゃなくて、聖女という役割か。自滅願望と聖女に対する執着。それらが必要悪の中にある無意識を一つにまとめていたと思う」
サンタの話は小難しくて、よく分からなかった。
首を少しだけ傾げながら、鼻を動かす。
今の敵の身体から出ている匂いを嗅ぎ取る。
すると、多種多様な負の感情が私の鼻腔を微かに過ぎった。
裏切り、幻滅、罪悪感、他責、怒り、嘆き、絶望、自虐。
一つの言葉にまとめるには、膨大過ぎる数多の感情が黒くて大きな蛇の身体を突き動かしていた。
本能で察する。
あの黒くて大きな蛇が、第三王子の成れの果てが、
──必要悪という存在が、『群体』である事を。
「ああああ! 『あああああ!』 ああああ! 『ああああああああ!』 ああああああああ!!」
聞き慣れない絶叫を上げながら、聞くに堪えない悲鳴を上げながら、敵の尾がオーガやヒドラと化した元人間を潰していく。
「僕は僕だっ!」
かつて城があった場所まで後退する。
王族が暮らし、政務を行っていた場所まで辿り着く。
その瞬間、聞き覚えのある声が──『彼』の声が私達の鼓膜を貫いた。
「僕は僕だから、裁かなきゃいけないんだっ!」
老若男女の悲鳴・絶叫・慟哭を押し退け、『彼』──第三王子の声が空間を揺るがす。
けど、聞こえてくる『彼』の声には理性というものを全く感じられなかった。
「ミス・エレナだけが、僕を見てくれた!/僕は必要悪だから、人々を裁かなきゃいけない」
とある廃墟──かつて第一王子に婚約破棄を言い渡された場所に辿り着く。
サンタの腕から解放された私は、地面に足を着けると、聞こえてくる『彼』の声に耳を傾けた。
「ミス・エレナだけが僕を見てくれた!必要悪じゃない僕を!/僕は必要悪。王族貴族に虐げられた人々を、青い石にされた人々の憤りを解消するために生まれた存在」
感情と理性が競り合っているのだろうか。
『彼』の声は二重に聞こえた。
「なのに、なんで……どうして……今は僕を……!なんで僕を見てくれないんだ……!?/この浮島の弱者が僕という悪を生んだ。この浮島にいる人々の漠然とした自滅願望が、僕という悪を助長させた」
「暴走しているのか、それとも理性を取り戻しかけているのか……どちらにせよ、今がチャンスだ」
そう言って、サンタは何処からともなくハンドベルを取り出す。
「ああ、そうか……あいつが隣にいるからか/故に僕は悪くない。悪いのは、この浮島にいる人達の選択だ/あいつが変な事を吹き込んだから、ミス・エレナは変わってしまったんだ/僕は使命を果たさねばならない。そのためには、アレが邪魔だ」
サンタが必殺の一撃を繰り出そうとする。
すると、純粋で苛烈で絶大的な殺意がサンタの身体に突き刺さった。
「サンタ……! あいつが、……! あいつがいる所為で……! あいつが僕のエレナに変な事を吹き込んだ所為で……!/ミスター・サンタクロースを排除する。アレはもう必要ない。当初の目的だった聖女エレナの生存はクリアした。もう彼に利用価値はない」
殺意は私に向けられていない。
にも関わらず、骨の髄まで冷える程の殺意が私の心身を犯す。
生存本能が『アレを敵に回すな』と絶え間なく訴える──!
「サンタを殺す/ミスター・サンタクロースを排除する」
敵の感情と理性が一致する。
それと同時に、敵の身体から溢れていた多種多様な匂いは途絶え、純粋な殺意によって彩られた匂いが空間を支配し始めた。
「そいつさえいなければ、またエレナは僕を見てくれる──!」
聖女に対する執着とサンタへの殺意が、敵の内にある無数の無意識を抑え込む。
表出した第三王子の感情と理性が、バラバラになりかけた人々の無意識を一つにまとめ上げる。
その瞬間、先代聖女と第一王子達の匂いが途絶えた。
感覚的に察する。
第一王子達の脱出が完了した事を。
彼等の脱出の完遂は、今の私達にとって最悪なタイミングだった。
「◾️」
圧縮された悲鳴が第三王子の成れの果てから零れ落ちる。
攻撃するつもりだ。
視線を動かすよりも先に、鼻が動く。
悪辣な匂いを感知。
敵の攻撃を予知する。
攻撃が到来するのは、凡そ一秒後。
サンタは一秒後に訪れる敵の攻撃に気づいていないらしく、警戒以上の行為を行おうとしなかった。
「……!」
『動くな』と生存本能が訴える。
『動いたら死ぬぞ』と漂う匂いが囁く。
死の恐怖が身体にしがみつく。
けれど、目の前の挑戦を乗り越えたいという欲望が、サンタを死なせたくないという願望が、そして、サンタの手の温もりが、私の身体を突き動かした。
「なっ……!」
サンタの前に一歩踏み出す。
甘い匂いを身体から発する。
たった一秒。
サンタの前に躍り出るまで、たった一秒あれば十分だった。
敵の視線が私の身体に突き刺さる。
すると、認知できない速度で繰り出された敵の攻撃が私の眉間に突き刺さった。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
二週間もお休み貰って、申し訳ありません。
体調崩していました。
まだ体調良くなっていないので、もしかしたら来週もお休み貰うかもですが、更新できるように頑張ります。
次の更新は11月21日(木)20時頃です。
よろしくお願いいたします。




