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自我と正当化と「聖女として」

 王都の道を覆っている筈の煉瓦は砕け散ってていた。

 その所為で、地面が露出している。

 でこぼこして歩き難い道を、私は全速力で駆け抜けた。

 何度か転びそうになる。

 案の定と言うべきか。

 黒くて大きな蛇と化した第三王子は、一歩も動く事なく、私の姿を視認し続けていた。


「待ってください! ミス・エレナ! わたしの……オレの……いや、僕の話を聞いてください!」

 

 聞かない。

 『彼』の言葉に耳を傾ける事なく、かつて城があった場所に向かって駆け続ける。

 

「国王が悪いのです! 国王が『青い石』なんかを造ったから……! 弱者を材料に『青い石』を造ろうとしたから……! 弱者を糧に自分達の生活レベルを引き上げようとしたから、必要悪(じぶん)が生まれた!」


 『彼』の言葉に応えない。

 敢えて無視する事で、『彼』の視線を惹きつける。

 『彼』の視線を引き寄せる事で、サンタに時間を与え続ける。


「『青い石』に加工された弱者の叫びが……! 行き場のない怒りが、必要悪(じぶん)という存在を引き寄せた! この浮島(くに)にいる人達の行き場のない怒りが、……無意識のうちに抱いていた自滅願望が、必要悪(じぶん)という存在を肥大化させた!」

 

(そうか。第三王子の攻撃が雑なのは、私を殺さないためなのか)


 今頃になって、第三王子の攻撃が大雑把かつ雑だった理由を思い知る。

 今の第三王子の目的は、私との対話だ。

 自らの正当性を私に認めさせたい。

 その一心で『彼』は言葉を紡いでいる。

 

(なら、私に自らの正当性を認めさせるまでの間、『彼』は私を殺せない。となると、此処は逃げるよりも隠れた方が時間稼げるかも)

 

 無視する事で、『彼』を私に固執させる。

 時間を稼ぐため、少しでも勝算を上げるため、私は『彼』を無視して、隠れられそうな場所に向かって走り続ける。

 

「僕は……わたし/俺/自分/私/オレは、悪くないっ! 悪いのは何もしなかった王だ! 贅沢し続けた王族貴族だ! わたし/俺/自分/私/オレを見て見ぬ振りした民衆(あいつら)だっ! わたし/俺/自分/私/オレは悪くないっ!」


 黒くて大きな蛇から漏れ出る声が、第三王子のものじゃなくなる。

 老若男女を合わせた不明瞭で不明確な声に変わってしまう。

 その声を聞いてしまった所為で、私の足は止まってしまった。


「王族貴族がヒドラになったのは、自業自得だ! 民衆が異形(オーガ)になったのは、彼等自身の所為だ! わたし/俺/自分/私/オレは悪くない! 悪いのは、この浮島(くに)だ! わたし/俺/自分/私/オレも、この浮島(くに)の大地の寿命も、何も見なかった、何もしなかったアイツらが悪いんだっ!」


 さっきまで感じていた第三王子の自我が、希薄になってしまう。

 何がキッカケなのか、分からない。

 けど、あの黒くて大きな蛇の中に第三王子の自我だけでなく、他の自我も含まれている事だけは何となく分かった。


「わたし/俺/自分/私/オレは悪くない……! 悪くないんだ……! なのに、何で聖女(あなた)は聞いてくれないんだよっ! 聖女ってのは、弱者(ぼくら)を救ってくれる存在じゃないのかよっ!?」


 かつて青い石の材料として消費された弱者(かれら)が、必要悪(だいさんおうじ)の自我を跳ね除ける。


「正当防衛だ! アイツらが何もしなかったら、わたし/俺/自分/私/オレは怒らずに済んだ!」


「僕は生まれずに済んだ」


「わたし/俺/自分/私/オレを誰も助けなかったから、この浮島(くに)はこうなった!」


「僕は余計なものを背負わずに済んだ」


「わたし/俺/自分/私/オレがやっているのは、正当防衛だ! わたし/俺/自分/私/オレは悪くない!」


 聖女(わたし)に救いを求める『弱者(かれら)を見て、私は──


「正当防衛? これが?」


 つい口を開いてしまった。


「正当防衛にしては、やり過ぎです。本当にここまでやる必要があったのですか?」


 荒れ果てた王都を見る。

 すぐさま黒くて大きな蛇──弱者の行き場のない怒りによって生み出された異形は、『王都がこうなったのは、魔王の所為だ!』と責任転嫁する。


「貴方達の力がなければ、民はオーガにならなかった。王族貴族もヒドラにならなかった。違いますか?」


「……っ!」


 聖女の皮を被ったまま、つい言葉を紡いでしまう。

 現時点で目の前の敵に話しかけるのは、逆効果。

 それを理解しているのにも関わらず、私は口を開く。

 聖女として目の前の敵に語りかけてしまう。


「先代の聖女は言っていました。『人も命を糧にする(けだもの)だ。幾ら綺麗事で濁そうと、生きるために必要な殺しは存在する。それは紛う事なき真理だ』、と」


 時間稼ぎしなければならない。

 それに気づいていながら、私は思った事をそのまま口にする。

 『弱者(かれら)』にとって必要な言葉を口にし続ける。

 何故それを口にしているのか、私にも分からない。

 けど、聖女時代に培った理性が、逃避する私を──本性(ねがい)に全てを委ねようとする私を許さなかった。


「貴方達が何もしなかった人達を殺したのも、見て見ぬ振りをした人達を化物に変えたのも、生きるために必要な行為だったのかもしれません。故に、私は貴方達の憤怒(こうい)を否定しません。でも、貴方達の行いはやり過ぎです。奪った命を辱める殺し方。心の底から危害を愉しんでいないと、こんな事はできません」


 先代聖女を利用する事で魔王を復活させ、人々を異形(オーガ)に変える事で浮島(くに)に混乱をもたらし、異形(オーガ)と化した人々と異形にならなかった人達を対立させ、この状況を利用して王族貴族を罰し続けた『弱者(かれら)を睨みつける。

 

「貴方達は糧にした命の尊厳を踏み躙った。人として、生物として、あるまじき行為を行った」


 生存本能が訴える。

 今すぐ此処から逃げろ、と。

 此処で死にたくない、と。

 でも、聖女(りせい)逃走(それ)を許さなかった。

 本性(ねがい)闘争(これ)を選び続けた。


奪った(おかした)(つみ)から目を背けるな」


 反論しようとした黒くて大きな蛇を睨みつける。 

 私の言葉に苛立っているのか、『弱者(かれら)』の身体から敵意と殺意の匂いが漏れ出ていた。

 心臓が高鳴る。

 目の前の絶体絶命(むりなんだい)が私の両脚を縛り上げる。

 欲望(ねがい)絶体絶命(むりなんだい)を乗り越えろと訴える。


奪った(おかした)(つみ)から逃げるな」


 黒くて大きな蛇から危険な匂いが放たれる。

 逃げたい。

 死にたくない。

 胸の内から湧き上がる生存本能(わがまま)を押し殺しながら、私は目の前にいる彼等(いのち)をじっと見つめる。

 ……ああ、そうだ。

 ここで私が逃げたら、彼等は永遠に救われない。

 罪を犯した自分を正当化し、過ちを延々と繰り返す。 

 なら、此処で食い止めないと。

 たとえそれが無理難題だったとしても。

 私に力がなくても。

 それが私の挑戦(やりたいこと)じゃなくても。

 今の私が聖女じゃなかったとしても。

 

「たとえ殺した相手が絶対的な悪だったとしても、(つみ)から目を背ける限り、貴方達は善になり得ない」


 奪った命を踏み躙り、辱め、貪る者の行き着く先は、草木のない荒野だ。

 他者の命を尊重しない者は命から嫌われる。

 目の前にいる彼等いのちに悲惨な結末(まつろ)を辿って欲しくない。

 

「──(つみ)と向き合え、咎人(おろかもの)。たとえ神が赦したとしても、私は貴方達の(つみ)を許さない」


 聖女(りせい)によって紡がれた言葉を言い終える。

 すると、黒くて大きな蛇が大き過ぎる口を開いた。


「何処を見ているんだよ……! 僕を、僕を、見ろぉおおおおおおおおお!!」

 

 黒くて大きな蛇が、第三王子の声色で自らの本性(ねがい)を叫ぶ。

 それが開戦の狼煙だった。

 今の今まで一切匂いを感じ取れなかった『彼』の身体から、危険な匂いが漏れ出る。

 それを知覚しながら、私は再び走り始めた。

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は10月30日(木)22時頃に予定しております。


(追記)10月30日(水)17:35

 申し訳ありません。

 体調を崩してしまったので、次回の更新は11月以降にさせてもらいます。

 告知通り更新できなくて、申し訳ありません。


(追記)11月13日(水)20時43分

 11月14日(木)に最新話更新いたします。

 


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