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大雑把で雑な攻撃とヒドラと聖女の皮


 黒くて大きな水の刃が王都のメインストリートだった場所を引き裂く。

 私の身体を抱き抱えたまま、サンタは天高く跳び上がると、押し迫る黒い水の刃を紙一重で避ける。


「サンタ」


「分かっている」


 そう言って、サンタは近くにあった煉瓦の建物の上に落下すると、空から降り落ちてきた黒くて大きな水の塊を難なく避ける。

 すると、何の前触れもなく、黒くて大きな氷柱がサンタの足下から生え出た。

 それを予め予測していたサンタは、足下から突き出るように生え出た黒くて大きな氷柱を避ける。

 攻撃を避け切って、安心するのも束の間。

 今度は黒くて大きな水球十数発が飛んできた。

 弓矢の如く、宙を駆ける水球十数発。

 サンタは武器を構える事なく、私の身体を両手で抱き抱えると、右に大きく跳ぶ事で飛んできた水球十数発を難なく避けた。

 第三王子──黒くて大きな蛇の攻撃は苛烈かつ大雑把なものだった。

 『彼』が攻撃を繰り出す度、荒廃した王都が更地に変わる。

 『彼』が攻撃を繰り出す度、辛うじて残っていた建物は崩れ、浮島(くに)の繁栄を讃えていた像が砕かれ、時計塔だった瓦礫は砂礫に成り果ててしまう。

 さっきまで私達がいた王国劇場も、先程お邪魔した喫茶店だったものも、そして、聖女時代に通っていた教会も孤児園も、第三王子の雑な攻撃により、跡形もなく砕かれてしまう。

 かつての面影を見出せない程、原型がなくなってしまう程、破壊し尽くされてしまう。

 蹂躙される王都を見て、聖女(りせい)が私の中にある怒りを微かに引き出した。


「どうやら俺しか眼中にないみてぇだな」


 背後で光り輝く柱をチラ見しながら、サンタは地面の上に舞い降りる。

 第一王子達の匂いと先代聖女の魔力(におい)が光り輝く柱から滲み出ていた。

 先代聖女と第一王子達の脱出が始まった事、そして、彼等の脱出が完了するまで少々時間が必要である事。

 それらの事実を私とサンタは一瞬で把握する。

 

「嬢ちゃ……いや、エレナ。多分、第三王子の狙いは俺だ。あいつは第一王子達の事よりも、俺を殺す事に注力している」


「みたいだね」


 周囲の様子を伺う。

 かつて煉瓦の建物だった瓦礫の向こう側。

 そこには民衆だった異形(オーガ)数百頭と、

 ──見慣れない鳥のような化物数十匹が、私とサンタを取り囲んでいた。


「……なるほど。どうやら王族貴族達は『ヒドラ』に変えられてしまったみてぇだな」


 見慣れない鳥の化物──サンタが『ヒドラ』と呼んだ異形を一瞥する。

 ヒドラと呼ばれる化物は、背中に羽根のようなものを生やしていた。

 手脚と翼は鳥。

 胴体部分は蛇。

 そして、頭部は人。

 私の右斜め前にいる異形(ヒドラ)を一瞥する。

 その異形(ヒドラ)の顔面は、現国王の容貌(かお)と瓜二つだった。

 あんまり頭が良くない私でも分かる。

 あの異形(ヒドラ)が現国王の成れの果てである事を。


「かなりの数だな」


「あの現国王(ばけもの)達を人間に戻す事はできる?」


異形(オーガ)は無理だな。異形(オーガ)になった時点で死んでいる。奇跡でも起きねぇ限り、異形(オーガ)達が人間に戻れる事はねぇ」


「ヒドラってヤツに変えられた人達は?」


「分からね。頑張れば、元に戻せるかもしれねぇ。けど、……」


 溜息を吐き出しながら、サンタはヒドラ──変わり果てた王族貴族達を一瞥する。

 ただ呼吸するだけで激痛が走っているのか、ヒドラになった人々は全身の穴という穴から血を噴き出していた。


「アイツらを元に戻すには、時間が足りねぇ。俺が打開策を見つけるよりも先に、ヒドラになったヤツらは確実に息絶える」


「……そう、みたいだね」


 振り絞るように全身から血を垂れ流すヒドラ達を見て、私は眉間に皺を寄せる。

 現国王達を救えなかった。

 その事実が思うのしかかる。

 聖女の時に培った理性が、現国王達を救おうとしなかった今の自分を責め立てる。

 その所為で、罪悪感が私の肩にのしかかった。


「エレナ。俺は異形達(あいつら)を退ける。その間、第三王子(ぼっちゃん)を足止めしてくれ」


「退ける事ができるの?」


第三王子(ぼっちゃん)の攻撃がなければ」


「だったら、私が時間を稼ぐ。その間、サンタは異形(アレ)をどうにかして」


 サンタの腕の中から脱した後、私は敵──第三王子の下に向かって駆け出そうとする。


「何か策はあるのか?」


「ある」


「うし、分かった。じゃあ、時間稼ぎよろしく」


 そう言って、サンタは異形(もとにんげん)達と共に姿を消す。

 サンタが心器(きりふだ)を発動した。

 その事実を感覚的に悟った私は、眉間に皺を寄せる。

 そして、息を短く吐き出すと、第三王子の下に向かって駆け出した。



 走って。

 走って、走って、走って、走って。

 ようやく私は第三王子──黒くて大きな蛇の足下に辿り着く。

 身体が縮んだ所為で、想定以上に体力と時間を消費してしまった。

 肩で息をしながら、私は全長百メートル級の化物──第三王子を見上げようとする。

 だが、背後から聞こえて来た『彼』の声が、それを阻んだ。


「ミス・エレナ、貴女は変わってしまった」


 振り返る。

 人型の黒い水としか形容しようがない物体が、声を発していた。


「変わる必要がないくらい、貴女という人間は完璧だった。常に弱者の事を考え、命を削る勢いで人々に献身し、弱者の救済に全てを注いだ。貴女以上に聖女に相応しい人を僕は知りません」


 人の形をしただけの黒い水が音を発し続ける。

 その音は第三王子の声と瓜二つだった。


「貴女は完璧だった。聖女を辞めるべきじゃなかった。聖女を続けるべきだった。なのに、どうして聖女を辞めたんですか。どうして盗人(サンタ)なんかの言葉に従ったんですか。変わる必要がなかったのに、どうして変わったんですか。貴女は変わる必要がないくらいに完璧だったというのに」


 『彼』の言葉は一方的だった。

 私の意思や意見を認めないという口振りで、『彼』は理想を押しつける。

 一方的に理想を押しつける彼を見て、私は気づいた。

 気づいてしまった。

 『彼』が必要としているのは、私ではない事を。

 『彼』が真に欲しているのは、理想の聖女(わたし)である事を。


「どうして盗人(サンタ)なんかの口車に乗ったんですか。彼よりも僕の方が貴女の事を考えているのに。僕の方が貴女の事を想っているのに。……何で変わってしまったんですか」


 悲しそうな声色を発しながら、黒い人型の水は『たぷん』と震える。

 もし私が聖女だったら、『彼』の期待に応えようとしただろう。

 私の事を過大評価してくれる第三王子に苦手意識を抱きつつ、背筋の筋肉を少しだけ強張らせていただろう。


「質問を質問で返します、第三王子」


 だけど、此処にいるのは聖女(わたし)じゃない。

 聖女という(たちば)を完全に捨て去った私──ただのエレナだ。

 だから、私は利用する。

 第三王子の期待を。

 そして、完全に捨て去った聖女の(たちば)を。


「貴方は変わったのですか。それとも、変わっていないんですか?」


 敵に問いかける。

 聖女としての私と相対したくなかったのだろう。

 第三王子の肉体から湿っぽい匂いが漏れ始めた。

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は10月23日(水)20時頃に予定しております。


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厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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