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元聖女とサンタと必要悪


「本当に良かったのか?」


 時計塔最上階。

 準備を終えたサンタと共に私は数分後に到来する『必要悪』──第三王子を待ち続ける。


第一王子(アルベルト)達と一緒に行っても良かったんだぞ」


「本当に一緒に行って良かったの?」


 時計塔の最上階から王都を一望する。

 最上階から見える王都は(まち)としての役目を放棄していた。

 殆ど炭取と化した教会。

 大破した無数の民家。

 黒焦げになった街路樹に黒焦げになった往路。

 もう二度と(まち)としての役目を果たせないであろう成れの果てを見て、私は呟く。


「私がいなかったら、サンタは第三王子に勝つどころか、足止めさえできない。だから、私を(ここ)に残れって言った。違う?」


 サンタは答えなかった。

 沈黙が私とサンタの間に流れ込む。

 暇だったので、城だった残骸を見る事にした。

 城があった場所を見る。

 城が鎮座していた大地には亀裂が生じていた。

 城の残骸が亀裂の周りで屯しており、辛うじて形を保っている庭園や舞踏館が私の視界に映り込む。


「……先代聖女と話さなくて良かったのか」

 

「うん。まだその時じゃないから」


 ようやく口を開いたサンタの疑問に答えつつ、前を見据える。

 王都の外。

 私達から数十キロ離れた場所。

 そこにいたのは、全長百メートル級の黒い蛇。

 王都に向かって突き進む黒い(ばけもの)──と化した第三王子が、私の視線を惹き寄せる。

 馬鹿でかい蛇となった第三王子の足下には、異形(オーガ)と化した民衆と見慣れない鳥のような化物の大群が点在していた。


「いいのか? アレが今生の別れになるかもしれないんだぞ」


「アレが今生の別れになるんだったら、サンタは私を使わないでしょ」


 第三王子が王都に近寄る度、地鳴りのような音が聞こえてくる。

 『彼』の放つ魔力は凄まじく、遠く離れていた私達の身体にも届く程に膨大で濃厚で刺激的なものだった。


「私を使えば、勝ち目がある。そう思ったから、サンタは残ってくれって頼んだ。そうでしょ?」


 サンタは否定も肯定もしなかった。

 王都に向かって這い寄る黒くて大きな蛇──第三王子の成れの果てを見続ける。

 軽口を叩くどころか、沈黙を選択したサンタを見て、私は思った。

 『これは厳しい闘いになる』、と。


「…….」


 身体の筋肉が僅かに強張る。

 余裕を一切見せないサンタの姿が、異形と成り果てた第三王子の存在が、緊張と高揚を私に与える。

 

「……サンタ」


 ただ歩くだけで浮島(だいち)を揺るがす第三王子の成れの果てを見ながら、私はサンタに声を掛ける。

 すると、背後から生じた膨大な魔力が私達の背中を揺るがした。


「私だけじゃ、この挑戦(じょうきょう)を切り抜ける事ができない」


 視線だけを背後に向ける。

 空を突かんばかりの勢いで聳え立つ光の柱が、私の視界に映り込んだ。

 先代聖女の匂いを纏う光の柱を見て、私は否応なしに気づかされる。

 ──第一王子達の脱出が始まった事を。


「だから、私は貴方を使う。第一王子達を確実に逃がすため、第三王子という脅威を確実に退けるため、貴方を使い潰す」


 さあ、生存競争を始めよう。

 かつてない危機が私の心身を刺激する。

 もう二度と味わえないかもしれない挑戦が、私の本能を魅了する。

 目の前の敵をグチャグチャにしたい。

 目の前の脅威を退ける事で、生きている実感を得たい。

 そんな欲望を抱えながら、私は己の欲求に従う。

 サンタに私という本性(にんげん)を余す事なく見せつける。

 

「──サンタ。私は必要悪(アレ)を倒す。骨の髄までしゃぶられたくなかったら、死に物狂いでついてきて」


「そういう取引(やくそく)だっただろ」


 生意気な事を言う私に腹を立てる事なく、サンタは何処からともなくクッキーを取り出す。

 それを私に投げ渡すと、挑発的な笑みを浮かべた。


「嬢ちゃんは俺に魔力を分け与える。その代わり、俺の力を嬢ちゃんに使わせる。それでオッケーを出した筈だ」


「でも、サンタ。そう言っている割には私の魔力、全然使っていないじゃん」


「この時のために残していたんだよ」


 第一王子達の脱出が始まった。

 それを感覚的に知覚した第三王子──黒くて大きな蛇が唸り声を上げる。

 すると、時計塔よりも遥かに大きい黒い水の塊が私達目掛けて飛んできた。

 音よりも圧倒的に遅い速度で迫り来る黒い水塊。

 それを目視するや否や、サンタはハンドベルを取り出す。

 私はサンタから貰ったクッキーを口の中に放り込むと、クッキーを咀嚼し始めた。


「──雪華(ニクス・)氷乱(グラディウス)


 雪の刃が押し迫る黒い水塊を打ち砕く。

 口の中で暴れるクッキーの甘い風味を味わいながら、私は王都に足を踏み入れた敵──第三王子を睨みつける。


「──サンタクロース」


 黒くて大きな蛇の巨大な口から第三王子の声が漏れ出る。

 敵意と悪意、そして、殺意を滲ませながら、第三王子──敵は血走った目でサンタを睨みつける。


「僕は、貴方を殺す」


 それが始まりだった。

 サンタが小さくなった私の身体を抱き抱える。

 その瞬間、空から危ない匂いを感じ取る。

 視線だけを上に向ける。

 槍を象った黒くて大きな水の塊が、私の視界を占領した。

 黒くて大きな水の槍が降り落ちる。

 私を抱き抱えたサンタが横に大きく跳ぶ。

 さっきまで私達が突っ立っていた時計塔が、水の槍によって押し潰されてしまう。

 時計塔が一瞬で瓦礫に成り果てる。

 呆気なく砕け散った時計塔を見た途端、喪失感のようなものを抱いてしまった。

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は10月16日(水)20時頃に予定しております。


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厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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