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婚約破棄とお茶会と魔王復活


「エレナ……いや、『星屑の聖女』。お前との婚約を破棄させてもらう」


 とうとうこの日がやって来てしまった。

 第一王子生誕祭の壇上。

 私──エレナは婚約者であり第一王子でもあるアルベルト・エリュシオンに婚約破棄を言い渡された。


「先代聖女からの推薦だから、今までお前を聖女として認めてやったが……もう我慢の限界だ! お前のような低脳女を聖女として認められない!」


 生誕祭に参加した貴族達が私達を遠巻きに見つめている。

 その表情には困惑と好奇が入り混じっていた。


「魔法を使える訳でもなければ、特別な力がある訳でもない。そして、俺の嫁になるには、お前の身体は(みにく)過ぎる」

 

 王子の瞳に私の姿が映し出される。

 左目に刻まれた一文字の古傷。

 右腕に広がった火傷の跡。

 そして、身体中に刻まれた無数の切り傷。

 いつもの僧侶服ではなく、露出の多いドレスを着ている所為で、いつもよりも傷跡が目立っていた。


「聖女とは、この国の象徴だ。人々を導く光でなくてはならない。しかし……お前はその真逆の存在だ。特別な力がある訳でもなければ、容姿も優れていない。そんな女を俺は妻にすることは出来ない」


(なるほど。彼がこのドレスを着させたのは、そういうことか)


 パーティが始まる前、第一王子に言われた言葉を思い出す。

 あの時、彼は確かに言っていた。

 ──今日だけは俺の妻として振る舞え、と。


(いつも着ている僧侶服だったら、顔についた傷以外は隠せただろう。きっとこのドレスを着るよう促したのは、私の傷を生誕祭に参列した貴族に見せつけるためだ)


 王子の悪巧みに気づけなかった自分自身に苛立ちを覚える。

 いけない、頭に血が昇ってしまった。

 ゆっくり息を吐き出す。

 敢えて深呼吸する事で、苛立ちを体外に追い出した。

 落ち着きを取り戻した後、周囲の様子を伺う。私の傷跡を見た貴族達は、王子の言い分が正しいと思ったのか、賛同するように頷いていた。


「今まで黙っていたが、お前は聖女に相応しい人間ではない。よって今この時をもって、お前との婚約を破棄し、お前から聖女の肩書きを剥奪する!」


「そうですか」


 聖女になった時から、こうなる事を予想していた。

 というか、自分でも理解していた。

 私という人間は聖女に相応しくない、と。

 先代聖女のように、魔法が使える訳でもなければ、性根が良い訳でもない。

 先代聖女の強い推薦があったから、聖女になれただけの凡人だ。

 だから、第一王子の言っていることは正しいのだ。

 反論する箇所なんて何処にもない。

 というか、能力のない私よりも能力のあるヤツが聖女になった方が合理的だ。


「後任の聖女についてはどうなさるおつもりでしょうか?」


 流れに逆らう事なく、私は聖女としての最後の責務──次の聖女の選出を行うため、王子に疑問を呈する。

 彼は鼻で笑うと、私の疑問に答えた。


「俺が考えなしでお前を辞めさせると思ったのか? 後任の聖女なら、既に決まっている」


 そう言って、第一王子は指を鳴らす。

 すると、見覚えのある美女が私と第一王子の前に現れた。


「コイツが次の聖女だ。お前と違い、彼女は魔法を使えるし、お前の身体みたいに傷一つついていない。人々を導く光になり得る存在だ。聖女としての素質は、お前よりもあるだろう」


 絹のように滑らかで艶のある金の髪。

 高そうな宝石のように美しい瞳。

 男受けしそうな子どもっぽい顔。

 大人の色気を感じさせる肢体。

 露出の多いドレスを内側から押し上げる大きく豊満な胸。

 くびれた腰回りが何とも言えない雰囲気を漂わせている。

 この男ウケ良さそうな外見をした美女に見覚えがある。

 確か、…….ええと、昨年貴族学院をトップで卒業した女の子だ。

 名前は覚えていない。

 確か、アリ……アリなんちゃらって名前だったような……

 ああ、ダメだ。

 外見と貴族学院をトップで卒業した事以外、思い出せない。

 多分、直接話した事はない筈だ。


「これが次の聖女だ。どうだ、エレナ! 嫉妬したか!?」


 まあ、貴族学院をトップで卒業できた人だったら問題ないだろう。

 噂によると、貴族学院をトップで卒業するには高い知能と魔法の力が必要らしい。

 間違いなく、彼女は私よりも聖女としての資質を持っている筈だ。


「彼女は世にも珍しい光魔法を使う事ができる! 魔法を使う事ができないお前と違い、有事で大活躍間違いなしだろう! 魔法を使え、容姿もお前よりも見目麗しい! どうだ!? 文句のつけようのない人選だろう!?」


 なら、迷う必要はない。

 私よりも聖女に相応しい人が現れたのだ。

 きっと素質のある人が聖女になれば、より沢山の人が救われるだろう。

 だったら、今、私がやるべき事は。

 今の私が選べる最善の選択肢は──

 

「だが、まあ、俺は器の大きい人間だ。お前が頭を床に擦り付けて、許しを乞えば……」


 首にかけていた聖女の証を外す。

 そして、外れた聖女の証──ネックレス状の『神造兵器』を次の聖女に手渡した。


「この『神造兵器』の扱い方は先代聖女……イザベラに聞いて下さい。では、私はこれで」


 聖女としての最後の務めを全うした私は踵を返す。

 きっと先代聖女──私の義母が査定してくれるだろう。

 彼女が本当に聖女に相応しいかどうか判断してくれる筈。

 先代聖女(ストッパー)に全てを託した私は、会場を後にしようとする。

 

「お、おい! 待て!」


 会場から出て行こうとする私を第一王子が引き止める。

 私は足を止めると、視線だけ背後にいる第一王子に向けた。


「お前、本気で聖女を辞めるつもりなのか!? 今だったら、俺に赦しを……」

 

「貴方は一度吐いた唾を飲み込むつもりでしょうか?」


 婚約破棄も聖女の肩書き剥奪も受け入れた。

 ただ、このまま終わるのは、ちょっと癪だ。

 王子の掌の上にいるという事実が、私の神経を逆撫でる。

 ……ちょっとだけ反撃してやろう。

 性格がよろしくない私は、聖女じゃなくなった利点をフルに活かし、第一王子を口撃する。


「前言を撤回するのは止めた方が良いと思いますよ、王子。言葉に重みがなくなってしまいますから」


 第一王子は眉間に皺を寄せ、押し黙ってしまう。


「それとも、まだ何か言いたい事があるのでしょうか? あるのであれば、ハッキリと言ってください」


「……」


 第一王子は何も言わなかった。

 私のジャブ程度の口撃が効いたのか。

 或いは、何か他に企みがあるのか。

 まあ、王子が何を企んでいようが関係ない。

 私のやるべき事も、やりたい事も全て成し遂げたのだから。

 視線を前に向け、再び前に進み始める。

 会場にいる貴族達がざわめき始めた。

 その声を無視して、私は歩み続け、会場から出る。

 こうして、私──エレナの聖女としての人生は幕を閉じた。






「本当に聖女を辞めるつもりなのですか?」


 第一王子から婚約破棄を言い渡された翌日。

 引き継ぎを全て終わらせた私は庭園で紅茶を啜っていた。


「はい。私よりも聖女に相応しい人が現れましたから」


 私をお茶会に誘ってくれた第三王子──アルフォンス・エリュシオンを一瞥する。

 私の慈善活動の支援者である第三王子は、白い椅子に座った私を見つめたまま、朗らかな笑みを浮かべていた。


「冗談はよして下さい。貴女より聖女に相応しい人は存在しません、ミス・エレナ。貴女は自己評価が低過ぎる」


 私の向かい側に座ったアルフォンスは、軽く咳払いをすると、コップの中に浮かんだ茶葉を見つめながら、称賛の言葉を口にする。


「貴女がこの国の為に尽くしてきた功績を、僕は誰よりも理解しているつもりです。貴女は常に弱者の事を考え、身を粉にして働いてきた。そんな聖女に相応しい人を他に知りません」


「ありがとうございます。でも、私は聖女に相応しい素質を持っていませんよ」


 私の事を過大評価してくれるアルフォンスに苦手意識を抱きつつ、背筋の筋肉を少しだけ強張らせる。

 何故か知らないけど、彼──アルフォンスは私の事を滅茶苦茶買い被っている。

 第一王子とは違い、人間的に何も問題はないのだが、こうも褒められると、否応なしに苦手意識を抱いてしまうというか何というか。

 多分、彼は私の事を聖人君子だと思っているんだろう。

 彼の瞳を覗き込む。

 彼は私という人間の善性を疑っていなかった。

 ああ、ダメだ。

 過大評価されている所為で胃が痛くなってきた。


「魔法を使えない私では、万が一の時が起きた場合、皆を守る事ができませんし」


 ゆっくり息を吐き出す事で、緊張で強張った身体を解そうとする。

 だが、アルフォンスのキラキラした眼差しの所為で、身体は強張ったままだった。

 いけない。

 無意識のうちに身体が彼の期待に応えようとしている。


「万が一とは、……『魔王』の封印が解けた場合の事を言っているのですか?」


 首を縦に振る。

 聖女の役目は三つ存在する。

 一つは、弱き者達に救いの手を差し伸べる事。

 もう一つは、魔王の封印を維持する事。

 そして、最後の一つは、魔王の封印が解けた時、もう一度、魔王を封じる事だ。


「聖女の証である神造兵器を使えば、魔王を再封印できる。けど、魔法を使えない私では魔王を再封印する状況を作り出せないでしょう」


 才能のない私は『魔法』──先天的な超能力を使えない。

 その上、『魔術』──魔法を再現した技術。後天的に身につける事ができる──も基本的なものしか扱えない。

 簡単に言ってしまえば、私の戦闘力はほぼゼロなのだ。

 とてもじゃないが、三つ目の役目──魔王の再封印を果たせそうにない。

 

「ミス・エレナ。考え過ぎでは? 魔王というのは、神話の存在。実在するかどうかさえ曖昧な存在です。仮に実在したとしても、貴女一人で対処する必要はない筈です。この国には騎士団がいます。魔法だけでなく武術も習得している彼等なら、貴女抜きでも魔王を再封印できる状況を作れ……」


 まだ病が完治していないのだろうか。

 アルフォンスは懐から取り出したハンカチで口元を押さえる。

 そして、聞いていて心配になる勢いで咳き込んだ。

 

「大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫です。ちょっとお茶が喉に詰まっただけですから」


 平然と嘘を吐きながら、アルフォンスは作り笑いを浮かべる。

 とてもじゃないが、大丈夫のように見えなかった。

 

「お察しの通り、今日の僕の体調はあまり優れていません。ですから、探り合いは此処までにして、本題に入りましょう」


 冷たい風が庭園の花々を優しく撫で上げる。

 春の訪れを予感させる冷たい風が骨の髄に染み込んだ。

 視線を落とし、目の前にある紅茶を乗せた白いテーブルをじっと見つめる。

 使われ始めて、それなりの月日が経過しているのか、白いテーブルの塗装は少しだけ剥げていた。


「単刀直入に要求を突きつけます。ミス・エレナ、聖女を続けて下さい」


 軽く咳き込みながら、アルフォンスは私の瞳をじっと見つめる。

 彼の瞳は花のような香りを放っていた。

 ゆっくり息を吐き出した後、私は彼の瞳を見つめ返す。

 敢えて言葉を口にしなかった。

 彼の話を最後までちゃんと聞くために。


「貴女が聖女になって早五年。この五年間、貴女は聖女として結果を出し続けました。孤児園の増設。浮浪者を対象にした炊き出し。災害に見舞われた城下町の復旧作業。全て貴女がいなければ、成し得なかった事でしょう」


 ゆっくり紅茶を啜りながら、アルフォンスは息を吐く。


「正直な話、僕達為政者にとって、貴女のような人材はとても貴重なのです。弱者に寄り添う事ができる貴女の様な人が」


「買い被り過ぎですよ。私はただ先代聖女の活動を引き継いだだけ。聖女としてやるべき事をやっただけです」


「世の中には、やるべき事をやらない人もいます……例えば、次の聖女であるアリレルさん、……とか」


 天を仰ぐ。

 青く澄み切った空には、固形化した極光が浮かんでいた。

 うん、いつも通りの空だ。


「なぜ兄さんがあの人を次期聖女として選出したのか分かりませんが、彼女は聖女として相応しくない。彼女は王族や貴族以外の人間を見下している。彼女が聖女になったとしても、弱者の救済は行わないでしょう。最悪、貴女が設立した孤児園を閉園に追いや……」


「それに関しては大丈夫です」


 アルフォンスの言葉を遮りながら、紅茶を飲み干す。

 甘い香りが口内を満たした。

 うん、とてもデリシャス。


「最悪の場合に備えて、孤児園運営や炊き出し活動の代表者は他の人に変えておきました」


 飲み干したカップを小皿の上に置く。

 アルフォンスは目を大きく見開きながら、私の瞳をじっと見つめていた。


「私がいなくても、アルフォンス様と先代聖女の後ろ盾さえあれば、活動に支障はないでしょう。今現在、行われている全ての慈善活動は、私抜きでも続けられます」

 

 アルフォンスは何も言わず、私の言葉に耳を傾けていた。

 一体、彼は何を考えているのだろうか。

 彼の瞳はまるで何かを訴えかけているみたいだった。


「たとえ次の聖女が人でなしだったとしても、貴方の支援さえあれば、何も問題はありません。私の代わりにその方を支えてくれれば……」


「ミス・エレナ、本当に聖女を辞めたいのですか?」


 アルフォンスの声色が一段と低くなる。

 彼が放つ威圧感の所為で、つい身体を強張らせてしまった。

 

「僕の権力(ちから)と国王の弟君の妻である先代聖女の力を合わせれば、兄さんの婚約破棄宣言を撤回させる事ができると思います。或いは、兄さんではなく、僕の……僕の婚……いえ、何でもありません」


 最後まで言い切る事なく、アルフォンスは言葉を濁らせる。

 彼が何を言いたいのか、全く理解できなかった。

 いや、理解できないのは当然だろう。

 だって、彼は『本当に言いたい事』を伏せているのだから。


「聖女としてやれる事は全てやり尽くしました」


 アルフォンスから目を逸らし、腰掛けていた白い椅子から尻を離す。

 私が立ち上がった途端、彼の瞳が少しだけ濁った。


「今まで私がやっていた事は他の人がやってくれます。もう聖女を続ける理由が無いのです。ですから、私よりも素質のある人を聖女にした方が得策だと思います」


 私の主張に対して不安を抱いているのか、アルフォンスは唇を尖らせる。

 子どもっぽく不満げな態度を露わにする彼を見て、思わず頬の筋肉を緩めてしまった。


「第一王子の選んだアリ……アリ……アリ……ぐふん! ぐふん! さんが、聖女に相応しいかどうかに関しては、貴方や先代聖女に任せます」


「ミス・エレナ。誤魔化せていませんよ」


「魔法が使えない以上、遅かれ早かれ、この状況に陥っていたでしょう。時が来たってヤツです。きっと聖女としての役目は、全て果たし終えたんだと思います」


「……」


 アルフォンスは口を閉じてしまった。

 真顔のまま、立ち続ける私の顔をじっと見つめる。

 何を考えているのか、外見だけでは分からなかった。


「……ミス・エレナ。貴女はこれからどうするつもりなんですか?」


「西の果てに向かう予定です」


 立ち上がったまま、椅子に腰掛けるアルフォンスを一瞥する。

 私の言いたい事を理解したのか、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「仲の良い商人から聞きました。西の果てで大規模な土砂崩れが起きた、と。とりあえず土砂災害で困っている人達を助けに行こうと考えています」


 今までは『聖女、城から離れるべからず』というルールの所為で、王都外での活動は制限されていた。だが、今の私は聖女ではない。

 ただのプー太郎だ。

 聖女の役目は他の人に任せて、私は私にしかできない事を精一杯やろう。


「……その後は?」


「王都外で困ってそうな人の助けになります。まあ、簡単に言ってしまうと、新天地でセカンドライフを送るってヤツです」


聖女時代(ファーストライフ)と大差ない生き方ですね。……本当に、それでいいんですか?」


「聖女では助けられない人達を助ける。それこそが、私が果たすべき次の役目だと考えております」


「ミス・エレナ。最後に一つ聞かせてください」


 アルフォンスは私の言葉を遮ると、鋭い視線をぶつける。


「──貴女は何故人を助けるのですか?」


 彼の眼は、こう言っていた。

 『本音が知りたい』、と。

 だから、私は包み隠す事なく、本音を口にした。


「自分のためですよ」


 私の答えを聞いた途端、アルフォンスは表情を強張らせる。

 そして、軽く咳払いすると、首を少しだけ横に傾けた。


「人助けに生き甲斐を見出しているから、人を助けているだけです」


 自分でも思う。

 私は性格が悪い、と。

 というか、性格が悪い云々のレベルじゃない。

 誰かの不幸で成り立っているものを生き甲斐にしている時点で、性格が終わっている。

 偽善者という言葉が重くのしかかる。

 ……やっぱ、私という人間は聖女に相応しくない。

 そう思いながら、椅子の近くに置いていた鞄を拾った後、私はアルフォンスに頭を下げる。


「では、そろそろ行かせて貰います。また会いましょう、アルフォンス様。ご健勝をお祈り致します」


 別れの言葉を告げた私は踵を返す。

 そして、躊躇いなく、庭園を後にしようとした瞬間、湿った声が背中に突き刺さった。


「エレナさん」


 いつもと違うアルフォンスの声が私の視線を惹きつける。

 振り返るつもりがなかったのに、反射的に振り返ってしまった。


「…………いってらっしゃい」


 冷たい風が僧侶服を着た私の身体を微かに揺らす。

 何か言いたい事があるのだろうか。

 アルフォンスは湿っぽい笑みを溢していた。








「おいおい、聖女さん。あんた、徒歩で西の果てに向かうのか?」


 城下町を歩いていると、仲の良い商人から声を掛けられた。


「だから、聖女ではなく、元聖女だって」


「んな事は聞いてねぇよ。本気で徒歩で行くつもりなのかって聞いてんだよ」


 前に突き出たまんまるお腹が特徴的な中年男性──商人は心配そうな表情を浮かべながら、私の隣を歩く。


「此処から西の果てまで、どれくらいの距離あると思ってんの? 徒歩で行ったら一ヶ月くらいかかるぞ。悪い事は言わねぇ、馬借りろ。あと、ついでにボディガード雇え。聖女さん、戦闘はダメダメなんだろ?」


 手入れされた短い髪を右手で撫でながら、商人は小さい瞳で私の横顔を覗き込む。

 意外と整っている小鼻がちょっとだけヒクついた。

 

「馬借りるお金もボディガード雇うお金も持っていない」


「はあ!? あんた、旅舐め過ぎだろ!? このまま何も用意せずに城下町出たら、間違いなくヤラれるぞ! ボディガード雇っていない女なんて、ネジ背負った鴨だ! 城下町の外出た途端、飢えた男に襲われるぞ! さっさと第三王子の所に戻って、金と馬と騎士借りて来い!」


「あー、もう、うるさいなー」


「大人の忠告はありがたく聞いとけ、小娘! お前は王都の外の世界を舐め過ぎだ!」


「小娘って言われる歳じゃないと思うんだけど。こう見えて、私二十歳超えてるし」


「四〇過ぎの俺にとっちゃ、お前は十分小娘だっ! つーか、こないだ二十歳になったばかりだろ!」


「え、何で知っているの? まさか私に気が……」


「ある訳ねぇだろ! 俺は嫁一筋だっての! というか、お前こないだ会った時、俺に誕生日祝い強請(ねだ)っただろうが!」


「あー、言ってた。そうか、私が漏洩元だったのか。これは失敬」


 駄弁りながら、城下町の裏路地を歩く。

 煉瓦の建物に囲まれた裏路地は閑散としていた。

 地面を覆う薄汚れた石畳。

 外壁に描かれた子どもの落書き。

 路地の隅に置かれた植木鉢に放置された木の椅子。

 真昼間だというのに、私と商人以外の人は何処にも見当たらなかった。

 表通りから沢山の人の声が聞こえてくる。

 うん、いつも通りだ。

 おかしい所は何処にも見当たらない。


「そういや、まだプレゼント貰ってなかったよね? だったら、今すぐプレゼントという名の大金を……」


「聖女が民にお金を集ろうとすんな!」


「聖女じゃない。元聖女だ」


「本当、お前、俗物だな! 何で聖女になれたんだよ!?」


「それは先代聖女に聞いてよ。私だって分からないんだから」


 冗談を言い合いながら、右手に持っていた長方形の鞄を左手に持ち替える。

 冷たい風が裏路地を通り過ぎた。

 肌寒さを感じながら、息を吐き出す。

 先月よりも暖かくなった影響なのか、吐き出した息は白く染まらなかった。


「で、聖女さん、あんた何処に向かっているんだ? こっちの道通っても、王都から出られないぞ」


「今は第四孤児園に向かっている。王都(ここ)出る前に挨拶しとこうかなって」


「あー、なるほど……ん? だったら、何で此処通っているんだ? 城から第四孤児園行くのに、この路地使わなくね? 何で遠回りしてんだ?」

 

「ついでに炊き出し責任者に釘刺しとこうかなと思って」


「俺に挨拶しに来たんだったら、素直にそう言えや捻くれ者」


 呆れたように溜息を吐き捨てる商人を横目で見る。

 二股の路地が私達の前に立ちはだかった。

 私は右の道を、商人は左の道を、選択する。

 別れ際、商人は私に手を振った。


「なんか困った事があったら、素直に言えよ。余裕があったら、手貸すわ」


「うん、ありがとう」


 お礼の言葉を告げた後、商人と別れる。

 彼と別れた瞬間、私は息を胸の中に詰め込んだ。

 

「……よし」


 深呼吸を行った後、孤児園に向かって歩み始める。

 私が最初の一歩を踏み出した、その時だった。、


「──っ!?」


 地面が縦に揺れる。

 激しい縦揺れの所為で、私は地面に尻餅を突いてしまった。

 裏路地に置いてあった植木鉢が転倒する。

 表通りから人々の悲鳴が聞こえてきた。

 地鳴りが鼓膜を激しく揺さぶる。

 私と違い、揺れを屁でも思っていないのか、周囲にある煉瓦の建物は小刻みに身体を揺らしていた。


(一体、何が起きて……!?)


 私の疑問に答えるかのように、城の方から噴出した『藍色の炎』が天を貫く。

 一瞬だった。

 城の方から出てきた藍色の炎が天を突いたのも。

 藍色の炎が空を覆ったのも。

 変化した状況を把握しようとする。

 が、それよりも先に異変が起きた。


「……なっ」



 天を貫く藍色の炎が『人の形』に変形していく。

 人の形となった巨大な炎は宝石のように煌めく藍色の瞳で地上を見下ろしていた。

 巨人と化した藍色の炎を見た途端、ある単語が脳裏を掠める。


「魔王……」


 魔王。

 神話の時代、初代聖女に封印されたと言われている規格外の化物。

 心身に刻まれた原初の恐怖が耳元で囁く。

 あの藍色の化物こそが『魔王』だ、と。

 

「……」


 魔王と思わしき巨大な化物は足下に広がる王都を見下ろす。

 蟻のように足下に群がる私達を見た化物は、頬を醜く歪ませると、ゆっくりと右腕を振り上げ──

 

 次の更新は7月15日(土)12時頃です。


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[一言] おはこんにちばんは 設定が良くて読みやすくて面白いですね 私もお話書いてるのでお互いにがんばりましょう ではまた(╹◡╹)♡
[良い点] いい感じの終わり方で、続きが気になる感じがいい思います!
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