第1話 はじまり
「かんぱーい!」
「いやぁー、うまい」
「おいしいですねっ」
今、俺は仕事の後に女子とふたりで飲み中。彼女の名前は中原風香。
カノジョではなく、ただの職場の同僚。
「まず、飲み物だね。何にする?」
「私はレモンサワーにします」
「俺はビールにしよう」
彼女は年齢は二十台後半位かな。
華奢で小柄、可愛いくて綺麗。化粧はナチュラルで上品だし、髪型もロングヘアーを赤茶にしているが、明るすぎない色でこれも品がいい。
性格は明るくて、でも、うるさすぎず適度な感じ。愛想もよく、誰に対しても笑顔の対応。
きっとモテるよね。
「藤井さんとお酒飲むの初めてですね」
「そうだね」
「こうやってお酒飲みに来る事が有るなんて意外でした」
「なんで?」
「だって、忘年会とか暑気払いとか、いつもいないじゃないですか」
そう、俺は会社の飲み会には参加しない。面倒なんだよね、上司にお酌したり話を合わせたりと気を遣うの。それに、年下にもそんな気遣いはさせたくないから、それにも気を遣って疲れてしまう。だから、色々理由を付けて参加しなかった。
「そうだね、いつも何かと被っちゃったりするんだな」
「ホントですか~?毎回だし、先約が有るとか言い訳みたいな事で不参加にしていたから、参加したくないのだろうなって思ってました。多分、みんなもそう思ってますよ。だから形だけ声をかけてるみたいなの、感じてませんか?」
なかなか鋭い。まあそうか、先約が有るからとか、お断りが見え見えだもんな。
「確かにあまり参加したくないってのは事実だよ。そして、みんなわかってんだな」
「やっぱり。でも違ったのは、お酒が飲めない人だって思ってたんです。いわゆる下戸って感じかなぁと。だからお酒の席は避けてるのかなぁと。」
なるほど、そう見られてたのか。
数時間前の話。
仕事場では、みんなが雑談をしていた。金曜の夕方なので疲れていて、やる気もなくなってきている。それでも電話や打ち合わせに呼ばれたりとかして、みんなそれなりに忙しい。だから、メンバーはどんどん入れ替わっているが話の輪だけは続いていた。
そんな中、話題は数日前の飲み会の話になっていた。どうやら、たまたま会社帰りにその場にいたメンバーで行ったらしい。この話題は入れないなと思っていたら、電話やら何やらで中原さんとふたりだけになってしまった。
「今話してた飲み会、藤井さんは来なかったですよね」
「そうだね」
「たまには藤井さんも行きましょうよ」
「都合のいい日があったらね」
社交辞令だなと思いながら、こちらも社交辞令で返しておいた。
そして、定時過ぎて退社時間。
今日は何故かみんな帰るのが早い。気が付けば残っているのは中原さんと俺だけだ。
「今日はみんな帰るのが早いですね」
「だね」
「藤井さんは今日は忙しいんですか?」
「いや、そろそろ帰ろうと思ってる。まあ、帰っても寝るだけで、特にやることも無いんだけどな」
夕飯をどこかで食べて帰るだけだし、帰ってからも特別やりたい事もないので、そう答えてしまった。
「じゃあ、今からご飯か、飲みに行きませんか?さっき言ってたじゃないですか。都合のいい日があればって。早く家に帰る必要は無いんですよね」
しまった、さっき余計なこと言っちゃったな。用事が有るとか今更言えない。
でも待てよ、今はみんな帰って2人だけしかいない。こっちは男、向こうは女、流石に2人じゃ行かないよな。っていうか、こちらが遠慮したい。
なんでかって、俺は社内恋愛は嫌いなタイプ。周りにバレないようにしたりとか、気を遣うのが嫌だ。周りにバレたら好奇の目にさらされてハズいし、何より別れたら気まずくて面倒。だから、本気はもちろんの事、その気がなくても誤解されそうなことはなるべく避けたい。
彼女だって無用な誤解は嫌なはずだ。
「でも、もうみんないないから、2人だけだよ。また今度みんながいるときにしようか」
「人数なんて、いいじゃないですか。ご飯食べる時の人数が2人だなんて、珍しいことでは無いですよね」
そりゃそうだが…そう言われたら、断る理由がない。まさか、そんなに押してくるとは思わなかった。
ま、可愛い女子だし、2人でってのも、たまにはいいか。
そして、今、2人で飲んでいる。