表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女は空からやってくる  作者: 柚里カオリ
5/67

第4話 落書き被害

 クローズド・ロウェル・シティの下層。人々が好き勝手に道を作り、建物を作ったせいで作り上げられた、複雑な構造の細道から、ズルズルとなにかを引きずるような音が聞こえてくる。


 日も当たらぬ最下層の細道を歩いているのは、黒い絵の具の塊のようななにか。子供が落書きで書いたような赤い目と口が付いた異様なそれは、道に黒い絵の具をまき散らしながら、身体を引きずるようにして動いている。それが通った道は黒い絵の具で汚れ、黒く染まっていった。


 すると、道に残った絵の具溜まりがふいに蠢き、その中から黒い絵の具の塊が飛びだした。鼠ほどの大きさのそれは、まるで意思を持った生物のようにあたりを蠢きながら汚し、壁や天井の隙間から、どこかへと向かっていった。


    ◇


 空から不思議な少女が落ちてきてから一週間ほどが経った。スーの毎日は特に変わりなく、毎晩鉱脈で働き、朝方に寝て昼起きる生活を続けていたが、街では少し異変が起きた。


 ある日の昼頃。スーはネネの店へと向かっていた。街で起こった異変はなんでも屋であるネネ達にも影響を及ぼしているだろうから、その様子を見に行こうと思ったのだ。


 ネネ達の家の前にたどり着き、扉をノックする。しばらく待つと、扉が開いた。


「あ、スー!」


 スーを見た途端、目を輝かせたのはメリアだった。


 一週間ほど前、空から落ちて来て、記憶喪失だったメリアを保護し、幼馴染のネネに預けてから、しばらく見知らぬ土地で困惑していたメリアは、多少強引なネネのおかげで、この街に慣れ始めたらしく、ネネの仕事を手伝いながら楽しそうに生活している。出会った当初は不思議でなにを考えているのかわからない異質な存在だったが、慣れてくればメリアはただの元気な少女だった。


「よぉ」


「ちょうど、ネネに探して行ってって言われていたの」


「なにかあったのか?」


「それが……」


「ひゃあっ⁈」


 小さな悲鳴とものが落ちる音が聞こえた。見なくてもわかる。ルルだ。


「あ、あわわ……ごめんなさい……」


 大量に本をぶちまけたルルが、部屋の中で本を拾い集め始める。メリアがそれを手伝い始め、スーも部屋に入った。


「なあに? 騒がしい———あ」


 奥の部屋から出て来たネネが、スーを見て笑顔を浮かべる。なんだか嫌な予感がした。


「スー! いいところに!」


「……なに」


「仕事を手伝って!」


「……もとよりそのつもりだけど」


「じゃあ、話しが早い! ほら、座って!」


 ネネに促されるまま椅子に座り、本を拾い終えたメリアがスーの隣に腰掛ける。ルルはそそくさとキッチンの中に入り、ネネはスーの前に腰を下ろした。


「さて、あんたのことだからもう知っているとは思うけど、最近下層で問題になっている落書き被害は知ってるわよね?」


「ああ。黒い絵の具で汚されてるって奴だろ」


 メリアが現れた日ぐらいから、頻繁に目撃され始めたクローズド・ロウェル・シティ下層での落書き被害。黒い絵の具をぶちまけて汚したような跡が、下層の入り組んだ道や建物で無数に目撃され、人々が頭を悩ませている。しかも、その絵の具、なかなか落とすのに骨が折れるため、多くの人は掃除したがらないので、クローズド・ロウェル・シティの下層が黒く染まりつつあるのだ。


 犯人は不明。目的も不明。落書きと言われているが、それはただ絵の具をぶちまけて汚しただけの意味のないものに思え、はた迷惑なのだ。


「そう! はた迷惑な話しよね。いったい誰が何のためにやっているのかしら。まあ、でもいいのよ、別に犯人捜しは。私たちがやらなきゃならないのは、それの掃除!」


 ネネがふうと息をつく。


「今週に入ってもう十件近く、依頼が入っているの! それもすべて落書きの掃除! 人手が全く足りないのよ! メリアはまだ下層の道を把握できていないし、だからといって私だけじゃ、何日たっても終わらない! だから、ね? スーに手伝ってほしいの!」


 ネネが顔の前で手を合わせる。


「いつも通り報酬は払うわ! スーがいてくれたら百人力よ! お願い!」


「いや、別に仕事を手伝うのはかまわないけど……仕事がないと俺も困るし」


「そう! そうよね! 私たちも嬉しい悲鳴と言えばそうなんだけど、あまりに依頼が多いと困っちゃうわ。じゃあ、そういうことで、スーはメリアと一緒に頑張ってね!」


「は?」


 ネネの想定外の言葉にスーが気の抜けた声を出す。スーの隣に座ったメリアは、何食わぬ顔をしていた。


「なに驚いているの? 当り前じゃない。メリアを一人で行かせるわけにはいかないんだから」


「いや、お前が一緒にいけばいいんじゃ……」


「私はルルと行くわ。三人と一人より、二人ずつの方が効率いいじゃない」


「それはそうだけど……」


「はい! そういうことだから、メリアとはぐれないようにしてね。時間がもったいないから早く行く! ルル、行くわよ!」


 そう言うとネネは依頼場所を書いたメモをスーに渡し、バケツとモップを持って部屋を出て行こうとして、思い出したように振り返った。


「モップとバケツは奥の部屋に人数分あるし、魔鉱石は何個でも持って行っていいから! じゃあ、よろしくね!」


 そして、ルルとともに部屋を出ていった。どこまでも強引で有無も言わさない……。


「スー?」


 しばらく呆然としていたスーの顔をメリアが覗きこむ。メリアの金色の瞳に覗き込まれ、スーはドキリとした。


 少し咳払いしてスーは立ち上がると、ネネに言われた通りに奥の部屋に向かい、立て掛けてあったモップとバケツ、棚の中にある魔鉱石を取り出した。


「行かないと、飯食えなくなるぞ」


「それ、なに?」


 メリアが魔鉱石を指さして言う。この世界の動力であり、食料であり、人間が生きていく上に必ずと言っていいほど必要不可欠な魔鉱石を、この少女は知らないのか? たとえクローズド・ロウェル・シティの生まれでないとしても、魔鉱石を知っていない人間などいない。


 スーはメリアの発言に驚き、しばらく声も出せなかったが、はっと我に返った。


「あ、これ? 魔鉱石……」


「魔鉱石?」


 メリアがスーに近づいてきて、スーが持っている青い魔鉱石をまじまじと見つめる。


 魔鉱石。人間が生きていくうえで必要不可欠な動力源。色によって用途が違い、白色ならば機械を動かす動力源に、緑色なら人間に必要な栄養素をすべて含んだ食料に、青色ならば水を生み出す石になる。創造神のゆかりの場所に生み出される不思議な石。


「へぇ……じゃあ、私がネネにもらっていた、あの、あまり美味しくない緑色の石みたいなのも、これと同じなんだね」


 メリアは興味津々といった様子で魔鉱石を見つめている。この子はなんというか、世間知らずすぎる。


「これをどうするの?」


「水になるんだよ」


「へぇ……! 面白いね」


「常識だと思うけど……」


「常識なの? 私は知らないことばかり。まあ、自分のこともなにもわからないんだけど」


 メリアはそう言うと立ち上がり、スーに向かって「行こうか」と笑いかけた。どこまでも不思議な少女だ。ふとメリアの顔を見ると、右頬に浮かび上がった黒い五芒星のあざが少し濃くなっているような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観がファンタジックで、とても素敵だと思います。メリアは、天空の城ラピュタのシータのようですね。頬の痣といい、これからのキーパーソンになるのではと期待しています。服装描写が、適度に細かく…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ