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少女は空からやってくる  作者: 柚里カオリ
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第2話 空から来た少女

 下層の入り組んだ道を抜け、スーは自分の家に帰る。家と言っても、細道の奥の建物の隅に、街で拾い集めた布切れをテントのようにして屋根を作っただけの簡易的な寝床だ。


 一晩中鉱脈で働き、朝に家に帰って少しだけ寝た後、昼は街に出て仕事を探す。そうしなければ生きてはいけない。地面に薄い布を敷いただけの固い寝床に寝転がりながら、スーは、上層になりあがれば、きっとフカフカな寝床で眠ることができるのだろうと、妄想にふける。


 いつか、温かい部屋で温かい寝床で眠りたい。


「スー」


 聞こえた声に目を開ける。目の前に馴染みのある顔があった。


「今日も朝早くからお疲れね」


 腰まである長く真っすぐな金色の髪に、ヘーゼルの瞳と褐色の肌。黒いヘアバンドで髪を止め、額が見えており、少し汚れた白いTシャツは短めで、細く薄い腹が見え、緑色のカーゴパンツを履いている少女。


「……ネネ」


「もう寝る? それなら悪いことしたかしら」


「なにか用?」


 クローズド・ロウェル・シティの下層でなんでも屋を営む少女、ネネ・コルスティン。六年前、フラフラと下層を歩いていたところをスーが見つけ、しばらく下層で生きていく術を教えてやった。何年も一緒にいるが、いまだに生まれも素性もわからない。だが、貧困層である下層には、自分の出自がわからない者の方が多く、生まれも素性もわからなくてもあまり関係がない。そのため、スーもとくに気にすることもない。


「特に用はないのだけど、今日こそ正式に私の店で働かないかと思って」


「無理」


 即答したスーにネネが不機嫌そうな表情を浮かべる。


「どうして? 鉱脈で働いたところでなんにもならないじゃない。だったら、私と一緒に働いた方がいいと思うけど」


「俺は騎士団に入るんだ。なんでも屋なんて、たいして稼げないことはしない。手伝ってほしいことがあるなら、手伝ってやるから」


「……鉱脈も変わらないじゃない」


 ネネが不貞腐れたような顔をしながら寝転がるスーのそばに座る。


「ねぇ、お願い! 下層の道を知り尽くしていて、どんなところでもヒョイヒョイ登れるスーの身体能力があれば、全然違うの! 人手は足りないし、私とルルだけじゃどうにもならないの!」


「嫌だ! 俺は寝る!」


「ねぇ、ス~!」


 ネネを無視して眠りにつく。しばらくネネはスーのそばにいたようだが、スーが起きないことを理解すると立ち去っていったようだ。


    ◇


 昼頃。スーは目を覚まし、大きく伸びをした。仕事を探しに行かねばならない。今日もネネの所に行けば、何かしらのことを頼まれるだろう。そう思い、寝床を後にして街に出る。


 晴れているが、空は遠い。あの空に近づくには、どれほど登らねばならないのだろう。


「……ん?」


 ふと空を見上げると、なにか点のようなものが見えた。それは徐々に近づいてきており、次第に人だということがわかる。


「誰か落ちてるぞ‼」


 また、人が落ちたようだ。ものすごいスピードで人が落ちてくるが、周囲に騎士団はいない。このままでは、あの人間は死ぬ。だが、受け止めても自分も死ぬ。


 そう思った瞬間、落ちて来た人間は、スーの頭上の道に立っていた屋台の屋根の上に落ち、バウンドしてもう一度落ちていった。


 あのスピードなら、上手く受け止めれば死なない。スーは走り出し、階段を数階分駆け上がると、屋台が立っていた道の下にあった道にたどり着き、落ちてきていたその人間を受け止めた。衝撃はあったが、屋根でバウンドしてくれたおかげでかなり衝撃が和らいだようだ。


「っ……‼ 脚、いったい……‼」


 それでも足がビリビリと痛み、スーは落ちて来た人を受け止めたまま、その場に座り込んだ。周囲の人々は、人が落ちて来たことに騒めいていた様子だったが、無事だとわかると一斉に興味を失ったようで、あたりは静かに戻った。


 スーは恐る恐る自分の腕の中の人を見る。小さな子供かと思ったが、それはスーとほぼ同い年ぐらいの少女だった。紫色の長い髪を二つくくりで三つ編みにし、薄汚れた白い長めのシャツのみを身に着け、腕や足の所々に傷がある。気を失っているようで、ピクリともしない。


 騎士団が追いかけてこなかったところを見るに、上層の子供ではなさそうだが、いったいどこの子なのだろう。下層の子が脚を滑らせたのか。いや、このぐらいの下層の子供が脚を滑らせることはまずない。となると、中層の子供なのだろうか。


 そんなことを思いつつ、スーが脚の回復を待っていると、少女がゆっくりと目を開けた。美しい金色の瞳と目が合う。


「……ここ、どこ?」


 鈴の音のような可愛らしい声だ。じっと顔を見つめられると、金色の瞳に呑み込まれてしまいそうだ。


「えっと……あんた、誰?」


「私……?」


 とりあえずスーが少女をおろし、足が回復したので立ち上がる。少女はキョロキョロとあたりを見回すと、改めてスーの方を見た。小柄な少女だ。


「わからない……」


 空から落ちて来た正体不明の少女は、ただ茫然と呟いた。

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