暗躍
聖都・王城。
月明かりだけが照らす謁見の間に、包帯だらけのスターク王子と、痩せぎすの男が並んで立っていた。
「まさか、父上が魔界の大軍師からお声掛けいただいていたとは……フ、フフ……」
「こちらこそ。あのどっちつかずの男の息子が、これほど話のわかる男だったとはね。しかも、あのクレスから呪眼を奪ったときた。実はきみ、魔族なんじゃないのかい?」
針金細工のような魔族は、モノクルをマントの端で拭きながらほくそ笑む。
「お世辞はいい。こうして姿を現したってことは、呪眼以外の用があるんだろ……?」
「察しもいい。気に入ったよ、スターク」
息を首筋に吹きかけながら、大軍師は目を細めた。
「元魔王のクレスが亡命した。やつの消息を追うために人間界くんだりに来たのだが……ビンゴだ。ぼくは魔界大軍師リーヴ、以後よろしく」
「リーヴ……リーヴか。はは、あのクレスのヤツとは格が違うぜ……本物だ……本物の、魔族……!」
瘴気にも似た魔力の香りに、スタークは酔う。なんと瑞々しい殺戮の甘露か。なんと芳醇な悪意の果実か。手を伸ばすようにして、彼はリーヴの前に膝をつく。
「クレスの行き先は知っている。聖女のアネモネも一緒だ。オレにやらせてくれ、リーヴ……!」
「きみに……きみが、人間が? は、ははは……。思い上がるなよ。いかに死に体とはいえ、貴様らの武力で魔族の暴力はどうこうできるものではないッ! スターク貴様……ふぅ、すまない。あのクレスの眼を奪ったきみだから許そう……」
魔力のほとばしりで窓ガラスが砕け散った。冷たい夜風がカーテンを揺らした。
「聖女アネモネといったね? それはきみに譲るが、クレスはぼくたちが殺す。殺す、殺す。そのための尖兵もすでに送りつけた。きみの出る幕はないよ」
「待てよリーヴ……あなたの言いたいことはわかった。が、オレからも一つある。この呪眼、オレに植えてくれよ」
「なに?」
月明かりに照らされて、悪意に満ちた瞳が輝く。
「もちろん、タダとは言わないだろうね」
「当たり前だ。リーヴ、クソ親父の命をやるよ。仮にもこの聖都の王だ、そのくらいの価値はあるんじゃないのか?」
「ふむ……スラーの命か。しかし、いいのかい? きみの想像以上に、その眼の力は強大だ。元とはいえ魔王クレスの力の要だ。受け止め切れるかな?」
「できるさ。オレ様はスターク、この世界の、人の王だ」
「ふぅん……。ますます気に入った。恨んでくれるなよ」
◆◆◆
「いずれ人間が魔族を脅かす、か。なるほど。あんな魔族の風上にも置けないようなやつが人の王だなどと……それは滅ぶだろう。魔族も、人も。いや、それも悪くない、悪くない……!」