竜都領主・ディラヌスの招待
「はぁ……」
ツッパリ魔術って何だよ……。
実際に発動しているところを見れば、何か掴めるだろう、という考えが甘かったのか?
整理しようとすればするほど頭が痛くなる。人間怖い。
「クレスも荷解き、手伝ってくださいよ」
三ヶ月契約の借宿。
収入も安定してきて、世話になった地下施設を後にして、生活に必要なものを買って、現在。
「ツッパリ魔術って何だよ……」
とりあえずベッドはできたので、僕はその上で頭を抱えるばかりだ。
「ひ、ヒミツです!」
ツッパリ魔術について、アネモネは口元を手で覆い、何も答えてくれない。
……まぁ、自分でわかっているならいいか。
「それよりもクレス、荷解きです!」
「とはいってもアネモネ、ほとんど君の荷物じゃないか」
「仕方ないじゃないですか! 今まで院とか外回りとかで、本当に自立した暮らしって初めてで……あれもこれもって楽しくって……つい……」
路銀をスリの少年に渡して途方に暮れた時といい、実はこの聖女、不足の事態に巻き込まれたい性質なのでは? それを規律ある一人の聖女たらしめんとしていた修道院、祈りと信仰、何よりマザー・シトラスの底知れなさを感じる。
「はぁ……。この箱は? どこに開けたらいい?」
どれ、と開いてみると、替えの下着やいつも着ている修道服のアンダーだった。こういうのはまずいというのは、最近わかってきたつもりだ。
「すまん」
「……それは、そこにおいて置いてください。あとでクレスが出かけているときにやっておくので……」
はて。
ともあれ、脛を蹴られないのは良いことだ。
……。
「〜〜♪」
アネモネの鼻歌をBGMに、シャワー室と洗面台周りを整える。
部屋作りが好きなのは妹のフォルテも同じだ。二歩ごとに罠の魔術が発動する仕掛けだったり、そもそも部屋そのものが魔導陣だったり、実質異界だったり、女性の趣向はそう変わらないようだ
……と。
ドアをノックする者があった。
「ヒイラギ博士か。世話になったな。おかげで、無事生活を始められる」
尋ね人はポーション工場の責任者・ヒイラギ博士だった。相変わらず無口だが、柔和な表情が雄弁に語る。
博士は僕に手紙を差し出し、帽子を取って会釈。奥から来客があったとバタバタやってくるアネモネを一目見て、孫を見るように目を細めて去っていった。
「あぁ、行ってしまわれた……。お礼を言いたかったのに……」
「伝えたよ」
「偉いですよ、クレス」
頭を撫でるんじゃない。
手を振り払おうとすると寂しそうな目を向けてきたので、そのままされるがままになった。
◆◆◆
領主・ディラヌスの邸宅。
竜都の中心、東西南北十字の大通りの交わるところに堂々と構えてあり、……そもそも、逆に竜都がここを中心に発展したような形にも見える。
「外見は……普通だな」
「何かありましたか?」
「別に。僕が天才だっていう話だ」
「そうですか。気にしておいた方がいいですか?」
「いや……荒事ではないだろう。うん、うん……ディラヌス氏は、とりあえず信用していいと思う」
前回。
僕が世間知らずということもあり、聖都のバカ王子・スニークを見誤ったのが良くなかった。ので、今回は慎重に立ち回ろうとして基盤を固めた矢先にこの呼び出しだ。
警戒するに越したことはないが、どうも杞憂で済みそうで何よりである。
人と竜が築いた街――御伽噺ではないようだ。