ガチキス魔王とツッパリ聖女
ギルドの仕事をして、三日。
今日も今日とて、竜都の食糧を補うべく魔猪狩りだ。
「《風打撃魔術》!」
空気を固めて叩きつける魔術だ。アネモネが追いかけ回している魔猪の頭めがけて放つ。
昏倒し倒れた魔猪の手足を縛り、ギルドに卸す。一頭で大体二人が一日暮らせる分の報酬はもらえた。
◆◆◆
「やはり、信仰術式が使えません」
立ち上がり、聖女が告解した。
ヒイラギ博士の地下工房。
宿を借りるだけのお金がないので、初日から変わらずここで寝泊まりさせてもらっている。
「破門の時に消されていただろう」
服をめくりスカートのウエストを少し下げると……誓紋といったか……のない下腹部だ。
「な、ななな……」
「信仰術式が何かはわからないけど、あれから使えてないっていうならそれで間違いない」
「なにをするんですかー!」
両手で守るように体を抱くアネモネ。
「……確認だけど。まずかったか?」
「ヘンタイですよ、ヘンタイ! 次はありませんからね⁉︎」
「すまない、気をつける……」
……なにやら気まずい雰囲気になってしまった。
「主の……トラルだったか、それへの崇拝を禁じられたんだろう? 間違いないだろう」
「……それでは私は、腕のいいパワー系聖女、ということですか……?」
「んふっ」
パワー系聖女ときたか。そもそも気にするのはそこなのか。思わず笑ってしまった。
「なに笑ってんですか! 死活問題ですよ、殴るしか能のない聖女なんて!」
……オーガやスニークを殴り倒したところしか記憶にない、とは言うまい。
「術式がなければ、いくら魔力があっても魔術は使えません。私は、私は……」
そうは言っても……。
「僕も術式を持ってない。その場で都度都度組み上げているだけだ」
「それは天才ってやつです。一緒にしないでください」
「……アネモネもポーションを生成していただろう。あれは?」
「あれは……できた、としか」
「僕もできるけど」
《聖生成魔術》。今回は目の前のガラス細工をもとに再現したもので、ビン一つをポーションで満たす。……さすがに、500個同時とはいかないか。
「むむむ……。祈りも捧げない、ロクに魔術も使えないんじゃ、聖女失格ですよ、失格!」
「そもそも破門されているのでは……いたっ」
脛を蹴られた。
「心配しなくても、きみはきみのままで聖女だよ、アネモネ。そんなに気になるなら、いまその体に刻まれているだろう術式を確認するけど……」
「できるんですか⁉︎」
「アネモネのいうところの、天才だからね」
「お願いします!」
頼まれたので。
アネモネの顎に手を添え、唇を重ねる。
舌先を聖女の口内に侵入させ、前歯、歯茎、頬から上顎と確かめていく。
「ふ……ん、んんっ、ぅ」
変な声を出すな。
仕上げに舌を舐め上げ、終了。唾液が糸をひく。
「は、はー、はーっ、はー……っ」
「悪い。久しぶりだから時間がかかった。苦しくなかったか?」
「不埒者ッ!」
不埒者⁉︎
鉄拳が飛んでくるかと思ったら、頬を打つその威力はか弱いものだった。
「僕が不埒かは置いといて……アネモネ、きみの身体に刻まれているのは、ツッパリ魔術だ」
ツッパリ魔術ってなんだ。自分で確かめて報告しておいて全然わからない。
「ななななななな……なぜキスを⁉︎」
七な……なんでもない。
「スニークのやつに呪眼を取られて、僕は術式を目視で確かめられない。だから粘膜で確認した」
「それだけ、ですか?」
「それだけ……だけど」
「そう、ですか」
お互い椅子に座り直す。
「……」
椅子を近づけるアネモネ。……何かあれば殴り抜けられる距離だ……。
「……それで、ツッパリ魔術って何ですか?」
「わからない。そもそもツッパリが何かもわからないし」
魔界でもいろんなヘンテコを見てきたが、今回は皆目見当もつかない。
「寝ながら思い出してみるよ。おやすみ」
空き箱を並べて作ったベッドに毛布。雨風も凌げて騒音もなくて、いい寝床だ。
「……はい。おやすみなさい」
……。
…………。
………………。
ベッド(木箱)の軋む音とアネモネの押し殺したような声が聞こえてくるが、聞かなかったことにしよう。本能がそう言っているのだからそうしよう。
まずはツッパリ魔術、ツッパリ魔術について思い出すことに専念しよう。
……僕、最近聞かなかったフリばっかりしていないか?
◆◆◆
昼の日課の魔猪狩り。
ちなみに、魔猪は魔物であって魔族ではない。地霊という世界が生み出した機構のようなもので、特定の状況に対し特定の対応をする。魔族のような核もなく、命というわけでもない。以上。
「結局、ツッパリ魔術について、僕は本当にわからなかった」
「キスまでしておいてですか?」
今朝から変な圧を向けてくるアネモネ。機嫌そのものは良いのが救いだ。
「悪かった、悪かったよ。忘れてくれ」
脛を蹴られた。……あまり痛くはない。
「でも、名前さえわかってるなら使えるはずだ。先立つのはイメージ、やりたいこと。それを魔力で編み上げる。術式なんて全部そんなものだよ」
「天才はいうことが違いますね」
とりあえず一匹、話しながら土を捏ね上げた錐状の弾《土打撃魔術》で打ち取る。
「今のは、遠いし追っても追いつけないから撃った。欲しい結果に対し、方法を選んだ……ということだ」
「?」
「アネモネ風にいうと……主への信仰を表現する結果のために、祈るって方法を選ぶだろう?」
「やけに詳しいですね、人間に」
「脅威だからな」
話し込んでいると、もう一頭の魔猪がこちらに目をつけた。姿勢を低くし、力を溜めている。
「逆に、方法があれば結果が出る。知らない術式を試すには、これしかない。まず魔術を使ってみよう。すると勝手に術式に魔力が流れて、形になる」
「……天才のくせにスパルタですよ」
「色々やって試したから天才なんだよ」
「人みたいなことを言いますね」
アネモネは微笑んで、柔らかく手を握り祈る。
「夜露に凍える子羊よ。死の苦しみに怯える兄弟よ。手を繋ぎましょう、笑い合いましょう――」
詠唱か……。
精神安定のほか、並べた言葉が魔導陣の役割を果たす場合もある。基本的には気休め程度のルーティンだが、アネモネほどの敬虔さがあれば、それが魔術にもたらす影響も大きいだろう。
「夜露死苦!」
⁉︎
ドン、と巨大な魔力炉に火が入ったような音がした。
続いて、けたたましい金管楽器のシンプルなフレーズ。
あまりの事態に、僕も魔猪も固まる。
「そうですか……これが」
……僕の理解が追いつかないうちに、立て続けに魔術を発動するアネモネ。
鋼鉄の輝きを帯びた二輪の……木馬のような……何だこれは。
「名付けましょう、馬威駆と」
先程からの轟音は、このバイクが鳴らしていたものだったようだ。
全体的に流線的なシルエットの中、座席(?)後ろの『聖女参上』と書かれた縦長の旗がやけに目立つ。
アネモネはバイクにまたがると、手綱代わりの棒のようなものを捻る。それに合わせて、唸るような音とラッパの音が力強さを増す。
「では、沸地技理で参ります!」
見たこともない素材の車輪が周り、バイクが凄まじいスピードで駆け出した。
追われ、逃げ出した魔猪にもあっという間に追いつき、魔導木馬で衝突。その勢いで飛び上がったアネモネと、怯む魔猪。額に落下エネルギーも乗った拳骨が打ち込まれ、哀れ沈黙した。
◆◆◆
パラリラパラリラ。
さすがに二頭は手で持って帰れず、その場の木で作ったソリに載せ、バイクに牽いてもらって竜都へ。
その成果はもとより、異音と『聖女参上』が街の人の目を引く。
奇異ではあっても忌避の視線でなかったことは幸いだった。
初パラリラです。大体こんな感じで書いていきたいと思います
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実際いまざまぁ展開ってどうなんですかね