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パラリラ聖女とラブピ魔王  作者: 人藤 左
プロローグ/setting,start up
3/20

鉄拳聖裁/愛の下に我在るならば

「忘れてください」


 聖都に居られなくなった聖女アネモネと僕は、西にあるという竜都を目指すことにした。


「忘れるって、なにを」


 マザー・シトラスから訪問用の馬を貸してもらったので、昼には着くらしい。僕は手綱を握るアネモネに抱かれるまま、唐突に投げかけられた言葉に振り向く。


「……私が、シトラスさんの胸で泣いていたことです」

「そっち?」

「そっち、とは」

「オーガを素手で倒したり、とか……」


 目を丸くするアネモネ。少女が気を許した相手の前で泣くことと、鉄拳伝説、どちらが珍しいかは比べるまでもない。


「恥ずべきことではありません。私の肉体は、主より(たまわ)ったもの……それを鍛え上げ、磨き上げることもまた主への信仰の証なのです。いえ、もう主は私を見てくれはしないのですけれどね……」


 そういうものなのだろうか。


(あまね)く愛を尊敬します。差し伸べる愛を敬愛します。主よ、……はぁ……」


 それからも道中、聖都に向かって祈りを捧げる時間だ、と馬を止めては「もう祈ることはできないのです」、マザー・シトラスから頂いた携帯食に感謝の言葉を並べようとして「あっ、……いただきます」。……街が見えて来るころには、禁断症状なのか経典の一部を引用しては中断し、少し飛ばしてまた引用する、という状態になっていた。


「わた、私は……なにに祈れば……!」

 

◆◆◆


「着きました。ここが竜都です」


 禁断症状も一旦治まり、到着。


「……聖都とあまり変わらないんだな」

 街並みは多少違うが、人の暮らしというのは大差ないように見える。


「どこもそんなに変わりないですよ。でもこれ。見てください、クレス」


 アネモネの指差す先……噴水には、勇壮な竜の彫刻が飾られていた。


 他に、緊急時に結界を発生させるために設置された柱にも、竜のモチーフがあしらわれている。


「ここは、人と竜が共に築いた街、という伝説があるようです。少し見ていきませんか?」


 その足先は、屋台の方に向いている。


「すまないが……先に竜都の代表と話がしたい」


 僕がこっちに来てすぐ、オーガが送り込まれるくらいだ。大群とは行かないまでも、魔王軍幹部の一人や二人、こっちに来ていてもおかしくはない。


 それらより早く、一国でも多く、話を聞いてもらわなければ……。


「しかし、いきなり申し入れ(カチコミ)はリスクが高いのではないのですか?」

「……それもそうだが……」


「スニークほどの聞かん坊はそうはいませんが、それでも信用は必要です。人の中で信用を得、クレスが愛のある人物だと認めてもらうのです。そうすれば、相手も魔王という先入観を捨て、あなたの言葉を真摯に受け止めてくれることでしょう」

「…………」


 なんというか。


「聖女様みたいなことを言うな、アネモネは」

「聖女です! 主を失ったとはいえ、私が私である以上、そこは変わりません!」


 ただでさえ真っ直ぐな背筋を一層伸ばし、胸を張るアネモネ。


 と、その後ろを少年が掠めた。


 その小さな手には、アネモネがマザー・シトラスから頂いたという路銀が入った小袋が握られている。


「スリだ、アネモネ」

「スリ……えっ⁉︎」

 腰の辺りを確認したアネモネは、走り去る少年の背を目で追った。


 走って追いつくのは骨が折れる距離だ。指先に魔力を集めて……

「チッ」

 集めた先からほどけていく。


 当然核に傷がついたのは初めてだが……ここまでダメになるのか……!


 外に出すのがダメなら、体の中に魔力を満たす身体強化で、

「えっ」

 強化しようとした手前、すでに走り出していたアネモネが拳骨をかましていた。


「えぇ……」


 膝から崩れた少年の襟を掴んで、アネモネが戻ってくる。


「いいですか? 人の物を盗むのはよくないことです」 

 説教が始まった。


 ……。 


 ……。


 長い。さすが聖女、さすが修道院育ちというべきか。


「――」


 ……。

 あ、逃げた。

 長かったからな。仕方ない。


「――ですから、人は人を騙しては……はて?」


 はて。 


「クレス、クレス! あの少年は⁉︎」

「……逃げたよ。説教が長くて」

「長い⁉︎」

 逃げた方じゃないのか……。


 少年は少しふらつきながらも、すでに後ろ姿が小さくなるほど遠くまで行っていた。


「まだ終わってませんよ!」

 すごく速くて怖い。拳骨のキレも増している。


 再び首根っこ捕まえて戻ってくる聖女。


「人を騙してはいけません。なぜこのようなことを?」


「……仲間を、食わせるために……」

 ウソだ。


「仕方なかったんだ。つい出来心で……これがはじめてだったんだ、許してくれ」

 これもウソ。

 ……初犯だから許してくれ、という理屈もよくわからない。


「……そうですか。そういうことなら許しましょう。主……いえ、ええと……彼も、今回だけは目を瞑ってくれることでしょう」


 彼、と僕を指すアネモネ。

 どうして僕なんだ。


「……そう、だな」

 拳が握られていたので、僕は渋々同意する。


「いいですか。盗みは悪いことです。咎められれば、あなたを待つ仲間たちも心配するでしょう。それはきっと、一時の飢えよりもつらいものです。以後、このようなことをしないように」


 アネモネに肩を優しく叩かれた少年は、僕たちに一礼ずつして駆けていった。


 ……。


「おい、アネモネ。あいつ、ウソをついていたぞ」

「えぇ。わかっていました」 


 ……なに?


「しかし彼は、言い訳とはいえ、最初に仲間を想う言葉を選びました……。彼の心に、愛がある証拠です」


 また愛か。


「ひとたび愛のある言葉を口にすれば、心もそれにつられ、正しい道へと向かいますよ」

「そういうものなのか?」

「そうです」


 断言された。


「……もしあいつが、またスリをやったら?」

「そのときは、また(シバ)きます」

「そうか」


 ……命が惜しければ、もう絶対悪さはするなよ。


 僕は初めて、心の底から人間個人の安寧を願った。

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