タイマン上等
城に漂う瘴気の大元、謁見の間。
「ひどい……」
アネモネの来ているものと同じ修道服を着ている女性が数人、リーヴの魔術で磔にされていた。
ところどころ裂けた衣類からは白い肌がのぞき、血が滲んでいる……。
口元にも血がこぼれている者もいるが、そちらは猿轡を噛まされているのを見るに、自害を試みたのだろう。反吐が出る。
「リーヴ、バカ王子……いるんだろう。出てくれば、話し合いからはじめてやる」
「お姉さま方……、いま助けます! 《広範囲聖解》!」
僕の魔力走査と、アネモネの魔術がそれぞれ輪となって空間に広がる。
それを打ち消す紫電。稲光に照らされたから、というわけでもないが、リーヴとスタークが暗闇から姿を現した。
「よぉ、クサレ聖女と魔王サマ」
人ならざる魔力をまとったスニーク。その額には、僕の呪眼が埋め込まれている。
「いまのはただの魔力の波と……つまらない魔術か。すげぇ、ホントに見えるや……。ハハ、無駄無駄! リーヴの魔術に、オレの呪眼が合わさってんだ……無駄だぜ? 無駄、ムダ!」
「……そういうことです、クレス。悪いことは言わない。ただこの特等席で、修道女たちの苦悶を肴にして、竜都が焼き払われるのを眺めているといい――」
「ぐ、ぁぁああぁ、あァアァッ!」
リーヴが指を鳴らすと、茶髪の少女の締め付けが強まった。
「話し合いは無意味ということですね」
「あぁ。すまない、アネモネ」
「いえ、こちらこそ。……手筈通り参りましょう」
「任せた」
アネモネの背後から、魔力炉が唸る音がする。
「ツッパリ結界魔術、上等!」
◆◆◆
アネモネの、一対一を強制させる魔術が発動した。
「ここは……?」
あたりを見渡すリーヴ。先ほどまで謁見の間にいたはずだが、僕たち二人は河川敷に立っている。せせらぎも、草のにおいも本物だ。
「僕にもわからない。が、ルールはただ一つ」
「勝敗が決するまで、ここから出られない――ですか」
ここに来た時点で、頭に魔術干渉があった。シンプルな条件だが、だからこそこれだけの精度の結界を作り出せたのだろう。
「聖女の邪魔立てがないなら、ボロボロの元魔王なぞ羽虫にも劣ります。できるだけつらくしますね?」
「スニークの心配はしていないようだな」
「ええ。彼はどうでもいいですし……それに、呪眼持ちですから。聖女だろうと、魔術を使うなら彼の敵ではありません」
針金細工のような体を小刻みに揺らし、リーヴは笑う。
「僕もアネモネの心配はしてないから、おあいこだな。最後に一つ聞きたい」
「欲張りですねぇ。そんなことだから、停戦だなどと生ぬるい話を思いつくのですよ」
「フォルテはどうしている?」
「――シシシ……。そんなに気になるなら、いますぐにでも確かめるといいですよ。そうそう、手向けの花をお忘れなきよう」
……。
「そうか。参考にさせてもらうよ」
「……では、」
互いに魔術戦の構えに入る。
「魔拘束魔術」
紫電の鎖……謁見の間で修道女たちを磔にしていたものだ。
「風加速魔術!」
鞭のような一撃を、風に乗って回避。そのまま宙を舞い、リーヴの頭上へ。
「四元素生成魔術」
確かに僕は、いまなお一つの術式に多くの属性を混ぜ合わせることはできない。だが、連続して魔力の色を変えることはできる……嘘はついていない。
それぞれの属性で形作られた杭が、一斉に放たれる。
「そんなチャチな魔術……報告通りですか」
それら全てを鎖で弾き飛ばし、リーヴはニヤリと笑った。
「……ン?」
余裕も束の間。弾いた生成物が消えていないことに気付いたリーヴの対応は、存外に早かった。対空している僕に、術式を介さないただの魔弾を打ち出す。
「ハズレだ」
直撃。受け止めようとした右手が黒焦げになる……が、これは必要経費というやつだ。本命は、ある配置になるよう並べ立てられた杭にある。
都市間戦争が決まってから一週間、時間があれば竜都の地図を眺め、散策してきた。全てはこの仕掛けのために。
「擬似竜脈励起――魔竜爪撃魔術!」
迸る魔力。それは握り込むようにして、リーヴを焼いた。
必要なのは魔導陣、その起点となる杭。杭を魔術で作ることで、属性照応の過程を省略。あらかじめ起点の魔力量を調節しておくことで、細かい陣の描画も省略。省略に省略を重ねた結果、ファニルのものとは比べ物にならないほど威力は落ちたが、一個体に向けるならこれで十分だろう。
――決着、である。