参上
「アネモネッ!」
「はいッ!」
ファヴニール・バーストが放たれるのと同時、僕はアネモネの馬威駆の後ろの席に乗り込む。
着弾――
「いまだ!」
僕の合図で、バイクのアクセル(というらしい)が全開になる。天守から飛び降り、開けた通りを抜け、街の外へ。背中で結界が閉じるのを確かめながら、竜都側と聖都側の魔力比が正しいかの最終確認……よし。
「キタキタキタ来ました! クレス、しっかり掴まっててくださいっ、ねェーッ‼︎」
パラリラパラリラ。
一定以上の魔力を正しい比率・正しい角度でぶつけると、激突エネルギーの余波をある程度計算できるようになる。
今回はわざわざフェニルに出力を抑えてもらって、僕とアネモネが追い風に乗れるようにしてもらった。
結果、10パラリラで聖都王宮までひとっ飛びができたというわけだ。さすがにバイクは限界のようで、魔力に還り霧散していく。
「到着ました」
石造りの廊下にまでイヤな瘴気が漂っている。これの一番濃い場所が敵の本陣ということだ。
「何事だ!」「こっちだ、こっちから音がしたぞ!」
喧騒に混じって鎧の音……騎士団か。
「どうする、アネモネ」
「どうするもこうするもありません。タイマンです」
琥珀色の瞳を輝かせ、アネモネは不敵に笑う。
「貴様……、あ、アネモネ様⁉︎」
記念すべき一人目。彼の顔には覚えがある……僕を連行したときとても申し訳なさそうにしていた青年だ。
「はい、聖女アネモネです。ご無礼をお許しください」
「私は聖都の騎士です。ご容赦を……」
「《土拘束魔術》。悪いな青年、僕たちは平和主義者だ」
及び腰な青年を、床を分解して作った重石で捕らえる。そう簡単には抜け出せまい。
「あ、ありがとうございます……」
それからも次々に拘束していく。スニークがよほどのことをしているのか、騎士たちの士気は驚くほどに低い。助かった。
辿り辿って、謁見の間前。
「部下への配慮、感謝する――」
一騎当千、騎士団長ブレイが待ち構えていた。
「ご無沙汰しております、ブレイ騎士団長殿」
一礼するアネモネ。
「ご丁寧に。だが、騎士団長としてここを通すわけにはいかない」
「騎士団長として、か。あなたとしてはどうなんだ、ブレイ」
問いかけると、ブレイは苦い顔をしたまま押し黙り、腰に下げた剣の柄に手をかけた。
「竜都で学んだことだが、戦うのには理由がいるらしい。剣であれ魔術であれ言葉であれ、理由が」
ディラヌス氏は、しつこいくらいに聞いてきた。
あのとき僕は、妹のフォルテのためだと答えた。魔族が滅べば、当然フォルテも僕も例外ではない。――だが。
「あれから今日まで、僕も理由を探していた。……結論は変わらなかったよ」
フォルテは大事だ。だが、それと同じように、あの傍迷惑な旗を掲げる人々も大切だ。僕が守る必要のないくらい強いアネモネだが、それでも気持ちだけは向けていたい。
「僕は魔族と、人間を守る。そのための停戦と和平、愛と平和だ。……騎士団長ブレイ、ひとりの男としていま一度問う。あなたは何のために、その剣を握る」
「…………すまない」
抜かれた剣先は、アネモネに折られたままだった。それを補うようにして、紫電の魔力が伸びている。リーヴの得意とする、魔拘束魔術の一種だろう。呪眼がこちらにあるのなら、こういう芸当もできるはずだ。
「クレス、下がってください」
「いいや、僕がやる。ここに来たとき、ブレイには世話になった。その恩返しだ」
「――えぇ。任せました、我が主・クレス」
ブレイの構えは正眼。しかし、急拵えの魔剣のせいで全体のバランスは崩れている。
「《風打撃魔術》!」
無数の風の弾丸を投げかけるが、全て切り払われた。さすがの剣捌き……だが、
「《風拘束魔術》」
「むっ……!」
形状を失った風を再び操作。紫電瞬く剣身を縛り上げる。
「真空崩壊魔術」
風属性の上位魔術。本来密度を上げる運用の風属性を、逆に下げる術式だ。圧力が下がり、やがて形を抑えるために必要な分すら補えなくなり――魔剣はガタガタと震えながら、甲高い音を立てて分子レベルに分解された。
「見事だ、魔王クレス」
「あなたもだ、ブラウ。いつものちゃんとした剣なら、こうはならなかっただろう」
深く頭を下げるブラウ。彼に見送られるようにして、僕たちは謁見の間の扉を開く。