開戦/ファヴニール・バーストvsハイパー・クロス
今回の戦いにおいて、竜都は後手に回るしかない。
あくまで『魔族に籠絡された聖都が攻め入り、竜都が亡命してきた魔王の協力を得て撃退』というシナリオ。別に間違ってはいないのだが、都市同士の争いとなれば体裁は整っているに越したことはない。
「竜都領主、ロード・ディラヌスである!」
ディラヌス邸前。
集いに集った冒険者たちに、ディラヌス氏が大天守の大窓から語りかける。
「盟友クレスの友、ライブラより与えられた都市間戦争の件は知っての通り! 修道院を傘下とした聖都王家は、大規模粛清魔術による攻撃を仕掛けると考えられる! 諸君らにはこれに迎撃するため、結界術式の構築に協力願う!」
冒険者たちは歓声で応える。
「クレスだ。今回の戦いは、僕に責任があるだろう。それでも自らのことのように受け止め、明日の話をしてくれた竜都のみんなを、僕は尊敬する。
「僕は、魔王クレスは、やがて来る魔族の滅亡を回避するため、人間との停戦と和平を望んでいる。叶うなら、この大切な竜都をその一歩目としたい。
「聖都の首魁は新たな国王であるスニーク、そして魔界軍師リーヴと目される。勇敢で血気盛んな冒険者のみんなには悪いが、僕と聖女アネモネがけじめをつけるべき戦いだ。向こうも、もちろんこちらも、無用な血を流さないよう願いたい」
「うおおー! ニブタラシー!」「そういうとこだぞー!」「ファンサしてーッ‼︎」
えぇ……?
歓迎してもらっていることは確かだろうけど、なんだこの反応……?
次はアネモネの挨拶なので、手を差し出す。聖女はその手を取り、一つ微笑んで群衆に向き直る。髪飾り(ハチマキってなんだ?)がすこし曲がっていたので、こっそり直してやると、にわかに黄色い声が上がった。なんなんだ本当に。
「夜露に凍える子羊よ。死の苦しみに怯える兄弟よ。手を繋ぎましょう、笑い合いましょう――」
一拍。ざわめきが静まる。
「夜露死苦ゥ!」
「「「夜露死苦!」」」
⁉︎
「沸地技理でいくんで……夜露死苦ゥ!」
「「「夜露死苦‼︎」」」
「アイラブユー……」
「聖女上等!」「聖女上等!」「魔王上等!」「竜都上等!」
アネモネは信仰魔術と引き換えになる形でツッパリ魔術を獲得したようなものだが、……なるほど(なるほどじゃないが)、似るものなんだな、と僕は意識を逃していた。
◆◆◆
聖都、夕の入り。
太陽が地平線に隠れて少ししなければ条件の整わない魔術が一つある。
「撃たせなさい」
「任せろリーヴ。《大規模聖砲撃魔術》、装填開始!」
スニークの額に移植された呪眼がギラリと光ると、謁見の間に飾るように貼り付けられた数名の修道女たちが、黒い稲妻の鎖に苛まれた。
ハイパークロス。陽の光のない夜を照らせ、信仰の輝き――という祈りを乗せて放つ大魔術だ。今回は呪眼によってそれを改造され、純粋な火力のみを吐き出すものに成り下がってしまっている。
「撃て! クサレ聖女諸共、竜都を焼き尽くせ!」
莫大な魔力の破壊光は、さながら墓標の形をとって、地を抉り空を焼きながら竜都方向へと打ち出された。
◆◆◆
「聖都の方角より、大規模魔術らしき魔力反応あり!」
竜都、ディラヌス邸天守。
魔力感知に覚えのある五名が次々に伝令をあげる。
僕は小さく頷いて、ファニルの肩に手を置いた。
「いけるか、ファニル」
「オッケーオッケー!」
二人で屋根の上に上がる。足元の煉瓦もすでに聖都からの攻撃を感じているのか、小刻みに揺れている。
「いいかファニル。足元の街を感じるんだ」
「足元……」
「何かが流れているのがわかるか?」
「……うん!」
竜都は、ディラヌス邸を中心に放射状に繁栄した痕跡がある。
人と竜が築いた街。その正体は、そこに生きる全てが竜脈の恩恵を受け、健やかに暮らす寵愛の街だ。
「ファニルは今、その流れの先端だ。足元からお腹、胸に溜めて……そう。少しずつ、手に流して……」
「――」
ぶわり、と、ファニルの髪が柔らかに逆立つ。
瞳には虹色の輝きが宿る。竜脈から無尽蔵に魔力が流れ込み、いまにも溢れそうだ。
祈るように握り合わされた小さな手は、まるで解放のときを待つ竜の顎に似ている。
「いけるよ、クレス!」
ファニルの高まりが最高潮に達するのと同時、地平線から聖都の大規模魔術が姿を現した。日が再び昇ったかのような、凄まじい光だ。
「任せた!」
「任された! 《魔竜咆撃魔術》ォーッ!」
その絶対的ともいえる十字架に、魔力の奔流が突き刺さる。
ズタズタに食いちぎられた大規模魔術は、残りカスこそ竜都に届いたが、結界によって全て打ち消された。