第二章ー7:考えたら危ない匂い
武義視点です。
舞台後ろの林は新月のおかげで視界が無いに等しく、ライブ会場から漏れ出る明かりだけが頼りになる。たまに聞こえる屍がうごめく音も会場の歓声にかき消され、手遅れになるまで観客には気が付かれないだろう。銃弾の破裂音は何度か響き渡り、すべての音はライブ会場からの歓声にかき消される。
<音はどうでもいいけど、この匂いを何とかしたいわ>
<ん、完全にしかめっ面になっているよ>
<仕方ないでしょ?!臭いのは分かっていたけど、これ、あの町の下水道よりもひどいじゃない!あんたこそどうして平気な顔でいられるのよ!>
<いやまあ、慣れるってのは怖いねー。月詠と陽菜も匂いに耐えられなかったら戻ってていいよー>
私服のジャケットの中で月詠がもぞもぞと動き、ひょこっと顔を出すとすぐにくちゅんとくしゃみをしてから頭を引っ込んだ。念話で送られてきたイメージはあまりにも鮮明な猫が毛玉を吐く姿であり、彼女の心情を的確に表している。
感が妙に働き、横にいるジャンヌをそばに引き寄せる。一秒も経たないうちに破裂音が聞こえ、茂みの枝が揺れる。
<本当にお構いなしね、あのクソアマは>
<その口調をマギア・ルージュの皆の前で披露すれば好評なんじゃないの?>
<...はっ倒すわよ?>
彼女の憤りがひしひしと伝わってくるが、行き場がないためにくすぶっている。けれどそれは簡単にどうこうできることではないのは彼女も痛いほどわかっている。
だから目の前にある障害物にすべてをぶつける。
<月詠と陽菜は続けてこいつらの元を探すのに専念しておいて。ジャンヌ、一応本家の監視にノイズが入っているとはいえ、あまり派手にはしない方がいいだろう>
<了解、要は目立たなければいいだけね>
煉獄のそこでくすぶっていたどす黒い焔を心に宿している彼女は醜悪な笑みを浮かべた。まあ、積年の恨みの一つにしてはまだ小さい方だからね、これぐらいの憂さ晴らしに似合うだろうね。
「穿て、【カズィクル・ボルグ】...目の前のすべてを貫き、串刺し、貼り付けろ」
死者とは異なる、悪質な気配が召喚される。ジャンヌの手には刺々しい、血塗られた一本の槍が召される。
「あんたも、歩いている屍だからってやりすぎないのよ?」
わかっているさ。
でも、せっかくだから楽しまないと意味がないでしょ?
「制御をお願い」
『了、霊力の制御を行う。思考制御型魔術式展開、我が騎士が願えば、叶えよう』
ズガァン
周りにいる死体はすべて把握し、その情報をジャンヌに託していた。
半径二十メートル以内にある四十二体の歩く屍、その全てが貫かれ、木々に貼り付けられ、自由を奪われた。
そして一瞬だけ、霊力が膨れ上がり、コンマ数秒の間だけ知覚できるほどの霊力が活性化した。続けてライブ会場に接近していたゾンビもねじれた。
<全く、ライブのせいで何も聞こえないわね。って大丈夫?やっぱり無理があったんじゃない?>
<ん-、やっぱまだ体が慣れていないなー。制御を任せられるのに、まだ粗削りな状態だから霊力が漏れ出たり魔脈への負担が多い。まだまだ実践向きではないな>
<それでも、空間の制御ができやすくなったし、霊力を弾としてかなりの威力をだせるからかなりの戦力向上じゃない。あと、顔、歪んでいるわよ>
まずい、まずい。いちいち監視の目とかあまり気にしなくていいことに少しだけ気が緩んでしまったかもしれない。
でも、久しぶりに羽目を外せそうだからね。ジャンヌも獰猛な笑みを浮かべている。
今まで持っていた突撃銃等はすでに会場に近い茂みに隠し置いている。ジャンヌは当然ながら槍を、俺は拳銃とナイフ、そして単純な魔力弾になる。
未だ後ろから銃弾が時たま飛来するけど、気にしていても今は仕方がない。
<じゃあ、手筈通り、月詠と陽菜は探知をお願い。自然な発生ではないだろうし、あのアイドルが殺せと言っている以上、もとはどこかにいるはずだ>
<ならとりあえず林の中を進みましょう、ゾンビ程度ならい過剰戦力でかわいそうだけど、ちょっとイラついているからねっ!>
ジャンヌの突き出した槍はそばの大木をも貫き、その反対側に接近していたゾンビを貫いた。
二人で林の奥に小走りで進み始める。
目的もないように彷徨うゾンビは俺たちの事を気にしてはいないみたいだけど、ある程度の距離に近づけば向かってきて攻撃してくる。
グシャッ
試しに向かってきたゾンビに補助されて練り上げた魔力弾を投げると、鈍くて湿っぽい音と共に頭部が消し飛んだ。
<うわぁ...グロッ>
<うん、素手で攻撃しない手段があってよかったー>
続けて現れたゾンビはジャンヌが投擲した棘により後ろの気に貼り付けられる。
<あれ以来あの歪な叫びが聞こえないのが不気味ね>
<多分発生源だろうねー>
言ったんそばにあった木にある大枝に飛び乗り、周りを確認する。月詠と陽菜も頭をひょっこりだし、漂う気配を探っている。
数分したのち、渦のようなイメージが送られてきた。渦の真ん中は林の奥深くにあるようで、二、三キロ進んだ先にある。
<どう?>
<いるね、何かがいる。うーん、少女?にしては禍々しいなー、ありゃ>
ひとまず感じ取った光景をジャンヌと共有する。この距離でわかるのは弱弱しく歩いている少女みたいな存在だけど、取り巻く歪な気配からしてただの少女ではない。
<これ、拘束具か何かよ...それに、この子、ほぼ死んでいるじゃないの?>
<まあ、精神は死んでいるだろうね。何かに取り憑かれて乗っ取られていると思う>
<けれど、少し戦力が未知数ね>
<ていうか、気が付かれたかもしれない>
<え?探知系を使われた気配もないし、あんたの能力は神秘や妖でもなければ気が付けないはずでしょ?>
<いや、気が付かれている、周りのゾンビが一斉にこっちに向かってきている。まさかと思うけど、ゾンビが耳と目になっているかもしれない>
B級ホラー映画の様に大量のゾンビが押し寄せてきているのがわかる。これは正面から相手するのは少々まずいかもしれない。
「ん」
<?何?>
ジャンヌが両手を差し出して仕草をしている。
<マジ?>
<この方が早いでしょ?狙撃銃もおいてきちゃったし、一気に接近して片づけてしまいましょう>
しぶしぶジャンヌの差し出した手に抱き上げられる。またお姫様抱っこだ。
強く抱きしめられ、ジャンヌが身体強化を施したのを感じ取った次の瞬間に木の枝の上にいた。そして次々と枝の上を飛んでいき、だんだんと目的の場所まで近づいている。
下にはゾンビの密度が上がり、腐臭もどんどんきつくなってきた。あまり考えないようにしてもここまで充満していると考えたくなくても頭痛の様にその存在がひしひしと鼻にくる。
やはり匂いに気が散るとまずいからポケットティッシュを取り出して丸め、はなに突っ込む。多少は温和されるだけだけど、使わないよりはマシだろうね。
<はい、どうぞ>
<ちょっと!跳んでいる最中に急に鼻に突っ込まないでよ!!>
<臭いよりマシだろう?>
<...あのゾンビの群れの中に落とすわよ?>
<それだけはご勘弁をー>
少しすると開けた場所に到着し、気配を探るために木の枝にたたずむ。ここまでこればライブの明かりも届かず、あたりは暗くて視界も遮られている。ジャンヌも今は何も見えず、俺の能力と自分の感で何とか動けている。
<うわぁ、近くで見るとひどいな、これ>
<うん、これは殺した方が慈悲深いわね。一体誰がこんなことをしたかは知らないけど、人といい、神といい、本当に反吐が出るわね>
感じ取ったのは人のなれの果て、その傲慢さを代表しているありさまだった。拘束具なんかではなく、文字通り歩くだけの機能を残された歩く人間爆弾。
彼女は生きているともいえる。体の機能は停止していないから。
でもそれは彼女を取り巻く存在の為に生かされている。渦巻くその気配は悪質というには優しすぎる、まるで憎しみだけを取り出したような存在だ。
<気をつけなさい>
珍しく女神様が語り掛けてきた。
<わかっていますよ、女神様>
<そういう意味じゃないわ。古き神の一柱が人の愚かさを利用し、顕現しようとしているわ。まさかルー=クトゥの眷属がこの次元を侵略するとは他の神々は思ってもいないでしょうね>
<排除していいですね?>
<ええ、媒介の元になっているあれを殺せば術式は止まるわ。でも自動迎撃術式も持っているから気をつけなさい、今のあなたたちでもかなり難しいわよ。今はまだ時期が早いからバイアグーナに頭を引っ込めてもらいなさい>
<<了解>>




