第二章ー5:這いよる混沌は臭かった
ジャンヌ視点です。
「お待ちしておりました、楽屋で警備担当の前任とマギア・ルージュがお待ちしております」
「林の方を警戒してあいつらが寄ってこない様に予防線を張っておいて」
「上にも連絡して軍の方にも連絡を入れてください、ゾンビの大量発生です」
「...了解しました」
辰の上家の暗部は訓練されていて表情に感情が出ることはないけど、それでも怪訝そうなのはわかる。暗部でもいろいろと慣れていてもゾンビの大量発生となると疑うのはわかる。目視も出来ないゆえに疑うのもわかる。
私たちに、正確にはタケの能力が強化されたからライブ会場より数キロ離れているゾンビの群れが発見できた。月詠と陽菜も気配か匂いのどちらかを先に察知したのもあるけど。
会場にある楽屋へ向かうとマギア・ルージュ様と綺麗な字で書かれている名札がある部屋から怒号が聞こえる。
月詠と陽菜も一瞬猫らしく耳を伏せるほどの音量が響いている。
「てめぇらは引っ込んでろ!契約期間が終わってねぇんだから出しゃばるんじゃねぇ!」
「隊長~そう叫ばんでもいいでしょ~?耳キンキンする~。...それでもこのまま契約が着られるのはむかつくな~」
部屋を前にして二人でため息をついてしまう。外で起きている現象を知らないとはいえ、この状況で現場の人間関係がこじれているとなると少し面倒くさい。
「ミスター・マサムネとミセス・オルレアンです」
「あ、私が開けるねー」
ノックして部屋に招き入れられてすぐに空気の悪さの元は、まるで顔に打ち付けられたおしぼりの様にその存在感を示している。新たに登場した私たちに目もくれず、ただひたすらにらみ合いを続けている。
扉を開いたのはシンプルなデザインの眼鏡をかけている長いさらさらした金髪のモデルみたいな女子だった。服装もかなりラフで質素なスポーツブラが見えるシャツとショーツで首にタオルを巻いていた。
「って、マギア・ルージュのアンジュちゃんじゃないの」
「あー、ハイハイみんなの憧れのお姉ちゃんの安寿でーす。素がこんなもんで期待を裏切ってごめんなさいねー、今私たちに余裕がないから」
安寿、通称アンジュちゃんはいつも見せている大人びた清楚系の性格とは反対の塩対応をしてから興味なさげな表情で端末をいじっている。
「ゴメンね、ちょっと君たちの家の方々と前から護衛を依頼していた人たちがいがみ合ってしまっていてね。私たちもインターミッションだから休憩をしたいんだけれど、楽屋がこんな殺伐としていたらね。ウチもウチで問題を抱えているから、ね?」
観客の前ではツンデレ属性を演じている桜花ちゃんは実際周りをよく見て適切な対応をしている。そして最後のアリサちゃん二人とは違って中二属性は素でもあるようで、左目の眼帯は普段から着用しているみたい。
<やけに詳しいな>
<...タケも小説や文庫本を読み始めたら止まらないでしょ?それと同じよ>
<まあ、埒もあかないし俺たちに何とかしてほしいみたいだからおバカさんたちを黙らせるか>
タケはゆっくりと静かにいがみ合っている集団の真ん中に歩いていく。あまりにも普通に歩いているのを見ると、ただ散歩している人が間違えて喧嘩の真ん中に迷い込んでしまったように見えてしまう。
けれどそれは鍛え抜かれた戦闘技術であり、相手の油断を誘っているところに大打撃をあてる弱い私たちの使う手口の一つである。
パンッ
「って、なんだお前は?取り込み中だ、向こうにいってろ」
「...ミスター・マサムネですか。本家の役に立てないあなたの手伝いを必要としていませんが?」
警備会社のごついおっさんと傭兵に見える女性は興味なさそうにタケを見ているけど、辰の上家のほうの人間は以前からタケを目の敵にしている秘書の一人だ。
「現在この会場にゾンビの大群が押し寄せています、今は観客とマギア・ルージュの皆さん、そして職員の退避を優先するべきです」
「ねぇ、坊やがどこの誰だか知らないけど、ゾンビの大量発生なんて戦場でもない限り起こらないのは知らないの?ヤマトでそんな事はここ数十年はなかったのよ?」
「俺たちが確認しました」
「ふんっ、分家の落ちこぼれが何をほざいているのかと思えば」
ダンッ
大きな音がして拳を強く握っていたのがわかる。前からあの秘書のせいでいろいろと面倒事が起きて、そのたびにタケに余計な負担がかかっている。
拳を振りおろしていたのはアンジュちゃんで、力を入れすぎたのか痛そうに手を振っている。
けれど喋るのは彼女ではなく、今までだんまりだった中二属性の千家アリサだった。
「ゾンビの大量発生は本当のことです。こちらで確認致しました」
<確認したって、その素振りは見えなかったわよ?魔術を使ったようにも見えないし>
<まあ、天恵魔法がある可能性もあるからな~>
<なんか護衛対象にしてはプロデューサーより彼女たちの方が発言権なくない?>
<政府も絡んでいるし、いろいろと面倒事が絡み合っているみたいで嫌だな~>
もともと護衛を担当していた人たちはアリサちゃんの発言で素直に耳を傾けている。辰の上家の秘書の方も納得はしていなさそうだけど、一応は聞き入れている。
「その情報は確かなのですか?本家に支援を要請すればゾンビの大量発生など簡単に片づけられますが、避難はしなければなりません。確認できなければ問題になりますよ?」
「避難はしない、いえ、しなくて大丈夫です。武義さん、ジャンヌさん、お二人の使い魔ならこの大量発生の源を捉えられるはずです。そして、お二人なら片づけることも出来るはずです」
<へぇ、こりゃこの数週間の間に吐いてもらわないといけなくなったな>
<どうやって気が付いたかはわからないけど、今はゾンビの群れが最優先ね>
アリサ対し二人して探るような目線を向けているのを意図もせず、彼女はただ無表情に私たちを見続けている。
けれど彼女の発言を面白く思わない人たちもいる。
「ちょっとアリサさん、こんな奴らに任せなくてもあっしらに任せておけばゾンビの群れなど蹴散らしてくれますよ」
「チッ...アリサがあいつらに任せると言ったんだからてめぇらはうちらのライブを守るのに専念しろよ。うちの事務所にも支払いの負担がかかっているんだから言う通りの仕事をしろ」
「ちょっとアンジュ、気持ちはわかるけど相手の立場も考えてね?ね?」
ファンの前ではツンデレを演じている桜花ちゃんがアンジュちゃんをたしなめている光景をファンが見たら呆気にとられるでしょうね。
けれどわからない、なぜ彼女たちは月詠と陽菜の事を知っているのか。今は二人とも精妙な幻術を纏っていて並みの魔術師や魔法使いでも見破れないはずなのに。
<それになぜ俺たちを信用しているのかも妙だな。政府も口が堅いし、こいつらの裏はなんだろうな>
<そうね...それもじっくり学院に無事送り届けるまでの三週間の間の謎解きね>
桜花ちゃんが警備会社と辰の上家の秘書に対して啖呵を切っている間にアリサが私たちのそばにまで歩いてきた。表情は変わらないけど、眼帯のない目は私たちをまっすぐ見ている。
そして視線もたまたま月詠と陽菜がいる場所に向かっているところを見れば、やはり彼女に月詠と陽菜の幻術が聞いていないように見える。
「精神の遮断を今すぐして、私たちのような魂の会話をできる人には酷な叫びが響く」
「あんた、本当に何者なの?」
「後で説明するから言ったようにして、あなたたちまで使えなくなったら積んじゃう」
「...ジャンヌ、言われた通りにしよう」
タケの精神が感じられなくなった。任務の時はよほどのことがない限り切らない念話の回路が遮断され、いつにもましてタケが遠く感じてしまう。
けれど、それは次の瞬間、遮断してよかったと思ってしまう。
ンンンンギャアアアアアアアァァァアアアンガァアアア!!!!!!!!!
「ぃったぁあ!」
「くっ」
精神に直接とんでもない負荷がかかったと分かったのは後からだった。
説明しがたい、絶望と憎しみと怒りと嘲笑めいた叫び。吐き気を誘うような匂いも錯覚させ、悍ましさに汗が噴き出てしまう。
慣れていたはずなのに、知っていたはずなのに、悍ましい。全身の毛が逆立つほど気持ち悪い。
あの、無数に転がる屍と血の匂い。
「なに、あれ」
「...お願い、あの子を殺してあげて」
言い忘れていましたが、序章に加筆をしていました。武義の過去を少し明らかにしています。




