第二章ー4:熱狂すれば周りに気づけない
ジャンヌ視点です
『アジトの現場についた者たちからの追加情報です。ミセス・オルレアンのご推察通り、亜朱亜連合と北剣連邦の術式が確認されましたが、従来の物よりかなり進化しています。政府と現在交渉中でおそらくは情報局から感謝されるかと』
「感謝をするなら何でこんな厄介事を押し付けたのか教えてほしいわねー」
『すみません、こちらからも情報は引き出そうとしているのですが未だに開示する気は無いようです。‘知らない方がいい’との一点張りですので』
「わかったわ、あと数分で会場の方に着くから。会場の方は順調?」
『いえ、少し通信でトラブルが生じているようなので厳戒態勢に移行しています。現在インターミッションですがマネージャーの要望にライブは続行するようです。現場には今日まで警備を担当している民間軍事会社が我が家の者たちと警備に関しても揉めているようで僅かながら混乱が生じています。』
「トラブルってどうしたの?たかがいがみ合っているだけでうちの人たちは厳戒態勢に移行しないでしょう?」
『ライブ会場の付近で妖霊種が現界するとの警告があったみたいです。情報源は定かではありませんので、我々としては信頼しがたいのですが、アイドル達のプロデューサーは頑なに警戒してくれと言っているみたいなので...詳しい情報も得ていないので申し訳ございません、引き続き何か情報を得たらお伝えします』
「いつもありがとね、ミセス・ヴァイオレット。会場に着いたら追って連絡するわ」
『お気をつけてください』
今回はタケがバイクの運転をしている。先ほどライブに続く街道で警察の検問にあったので辰の上家の身分をあかし、情報交換をタケがしている。
止められるのは仕方がないとは思うけど、わざわざ突撃銃を持ってきているのは見てもわかるし、危険人物扱いされるでしょうから。けれど流石辰の上家の名で問題なく通してくれた。半分はライブが終わるまで退屈だったからでしょうけど。
この時代ではアイドルという存在はかなり人気みたいで、ライブ会場までの大きな街道の大半は交通が制限されていた。今はほとんどの人たちが会場に収まっているから静かだけど、いまだに残っている警官たちはライブが終わった時まで休憩しているみたい。
「一応は警戒しておいてください、あまり詳細を教えられていないのは私たちも同じですが、何が起こるかわからないのは確かですから」
「ん~そういわれてもな、俺たちに出来ることもあまりないからな。上からも似たような事を言われたんだけど、魔法も魔術も使えない末端の俺たちには必要な場合の避難誘導と通りすがりの人たちへの警告だな。まあ、辰の上家の君たちなら大丈夫だろうけど、気をつけな」
「そちらこそ」
「おう、対魔の護符は標準装備だからな!大抵の事は跳ね返して見せるさ!」
話し終わったタケは外していたヘルメットを装着しなおし、人気のない街道をまた進み始める。いつもながらあまり話さないけど、それは彼も私も日常会話などに慣れていないし、その必要がなかったから。
ニャウッ
防護服から着替えた私服のジャケットの中から陽菜が頭を出して抗議してくる。
「ゴメンね~、もう少し待っててね陽菜。暑苦しいのはわかるけど他に安全な場所ないから」
「月詠は文句どころか不貞腐れているよ」
「しかし異常なほど人気がないわね、人除けの魔術でも使われているのかしら?」
「それは俺に聞くなよ、分子はともかく魔粒子はまだ感じ取りにくいから。むしろ月詠と陽菜がいなければペーパードールにさえ気づかなかったと思うよ」
あまりにも突出した能力のせいでほかの分野に支障が起きるのは何度か見たことがある。私も同じように魔術と魔法は与えられた武具の使用と甲冑魔法に特化しているからほかの事は得意じゃないし。
流石に経験から解析とか感に頼ってある程度は分かるけど、断定はできないのが難点ね。
「ん?」
陽菜が直接脳にイメージで伝えようとしている。
人が避ける。増幅される気持ち悪さ。人為的な要素。神秘の匂い。
「あながち警告してきたのに理由があるみたいだな」
タケにも月詠から似たような事が伝えられていた。
「やっぱりステージの方から近づく?遠回りになってしまうけど」
「いや、時間が惜しくなる可能性が高いと思う。そのまま駐車場にバイクを駐車してから予定通り従業員用の入り口で待ち合わせている暗部に会おう」
今回マギア・ルージュが使っているライブ会場はドームのようなのではなく、古代ギリシャの野外ステージみたいに開けていて舞台の後ろには自然が広がっている。都市のはずれに建てられていて、守るにしてはかなり不利になるような場所でもある。
けれどこのライブ会場自身はエルフ族にはかなり気に入られ、エルフが主体の楽団とかは好んでこの会場を使っているらしい。もともとこの都市はエルフやドワーフなど異国の民が多く住んでいるため、他国の文化を取り入れるのに推進的な実験をする都市でもあるみたい。
近くで見るライブ会場は思ったより大きく、ライブの歓声は会場が見える前から聞こえるほどだった。
「う~ん、地上の駐車場に空きがないな」
「従業員用のに止めてしまえば?後でいくらでも説明がつくだろうし」
「それ、あまりしたくないんだけど、仕方ないか」
相変わらずタケの妙な規則正しさがにじみ出る。非常時とも言えるからそこまで気にしている場合ではないけれど、タケのそういうところがいいのよね。
「う~ん、インターミッション終わったのかわかんないな」
「あ、この曲確かインターミッションの前のはずよ。急げばアイドル達と面会する時間はあるはずよ」
「...昨夜動画で何か検索してたと思ったらそれかよ」
「...別にいいじゃない、三人ともスタイルが少し違うから面白いし、参考にもなるから」
「どうした、月詠?」
武器を担ぎながら駐車場を歩いていると月詠と陽菜が全身の毛を逆立てながら警戒している。周りを見ると、普段なら明るく照らされているはずの駐車場も雰囲気がかなり暗い。
タケは普段から空間把握能力の方を頼っているうえに片目だけだから目で見えるものには後から気が付く。
彼が周りが暗くなっているのは私が気が付いてから。
でも殺し合いで研ぎ澄まされる感は彼の方が上。
緊張が張り詰めた駐車場にはインターミッションの始まりがわかる。今まであった音楽と歓声は控え、さざ波のような話声が聞こえる。
「会場に急ごう、物凄い嫌な予感がする」
『武義様、ジャンヌ様、状況が変わりました。急ぎ観客席の方へ向かい、アストリッドおよびエルウェミニア両殿下と天馬様を保護してください』
「はぁッ?!何で来ているのよ、あのバカたちは!」
『我々は彼らの動向はある程度把握していましたが、追っている先から監視にノイズが入り、今に至るまで確認できませんでした。会場にいる暗部の一人が見えたみたいなので端末の方を呼び掛けていますが、応答がありません』
「ミセス・ヴァイオレット、今はインターミッションのはずなのでまた呼び掛けてください。私たちはかなり殺伐とした武装をしているのでパニックを起こす可能性があります。彼らの場所はBブロックの3列目です。このまま私たちは護衛対象に会いに行きますので三人を楽屋に案内するように暗部にお願いします」
『...了解しました、現場にいる暗部にお伝えしました。楽屋にお二人が着き次第三人の保護に回るようです。現場の情報もお願いできますか?通信にいささかノイズある程度ですが、現場の人手不足と監視術式が妨害されています』
武器は構えないけどいつでも取り出せるように準備し、駐車場のエレベーターへ急ぎ足で歩いている。月詠と陽菜も幻術で姿を消しながら追ってきている。
やがて地上に出ると、舞台裏にある林が異常な事に気が付く。
それはライブ会場で熱狂している人たちには到底わからない不気味さでしょう。
「うわぁ、マジかよ」
「これ、まずいわね」
たとえライブがあっても林や自然というのは必ず動きもあるし、音もする。
けれど腐臭が漂う林からは自然の音は皆無であり、邪気よりの魔力も渦巻いている。
そして本来は死体がなければ起こりえない現象が起きている。大量の屍が転がり、悪感情や怨念、そして魔力が渦巻く戦場でなければあり得ない現象が起きている。
数ある屍がゆっくりと、まるで侵食するカビの様にライブ会場に向かっている。
「今時何でゾンビの大量発生が起こっているのよ」




