第二章ー2:ゼリー飲料最高
武義視点です。
<う~ん、やっぱりちょっと興醒めね>
<そこまでか?>
パラシュートを使い、屋上に無事着地すると死体の懐を探っているジャンヌが念話を通して話してきた。好きでやっているわけではなく、通信機や身分証などを探している最中だ。
<ええ、完全に素人丸出しペーペーだったわ。素人の振りをした陽動っていうわけでもなかったし、ただそこら辺にいる様なごろつきに毛が生えた程度よ>
少し拍子抜けだったと言わざるを得ない。紫さん、コードネームミセス・ヴァイオレット、が仕入れた情報をもとにマギア・ルージュにちょっかいを出していた集団のアジトを襲撃する事になった。本来護衛の引継ぎは今朝になるはずだったんだけれど、この襲撃が理由で彼女たちのライブの後に引き伸ばしにされた。
今のところはその割に合わない成果になっている。
学院での裏の護衛の仕事は学院生と敷地内での問題解決であり、入学前及び卒業後の生徒にはよほどの事情がない限り関わることがないらしい。今回のよほどの事情は政府の依頼をわざわざ引き受けた事になるんだけれど、紫雨さんも紫さんもあまり語らない。
このアジトで屍と化しているごろつきにそこまで警戒しなければいけない理由があるとは思えない。けれどそれは表面的な事なので、制圧し終えれば何かしら警戒すべき理由があるのかもしれない。
<まあ、全部仮定よね。おまけに最新式の突撃銃のフィールドテストなんて、建物内でこんなの撃ったらサプレッサー付きでも聞こえるわよね?>
<一応ライブ会場まで持っていく?>
<可愛くてきゃるるんな護衛対象に初対面でこんな物騒な装備で会うの?>
ジャンヌからジトっとした視線を感じる。呆れているのは振り向かなくても伝わってくる。
<ん、どうせ屋上の扉鍵をかけてやがったから見張りの交代がくるまで気長に待とう>
<あら、それなら突撃銃をやっと使ってみることが出来るわ。誰かさんが思った以上に射撃精度がよすぎたから何もする事がなかったからね>
死体を屋上への扉から見えない様にどかし、ジャンヌは二人分身を隠せるような場所に潜む。けれどその一つ一つの行動には雑さがにじみ出て彼女が不機嫌なのは心が通じていなくてもわかる。勿論、それで仕事に影響を出すようなへまをする筈はないけど。
<この扉、何とかしてよ。能力が開花したんならどうにか出来るでしょう?>
思った以上にピリピリしている。朝から何も食べずに襲撃とか後の護衛の情報とかでバタバタしていたから今に至るからわからいわけでもない。ここは平和的解決といこう。
<出来ない訳じゃあないけど、先に何か腹ごしらえをしよう。一応携帯食料は持ってきている。棒クッキーとゼリー飲料あるけどどうする?>
<食べる>
即断即決、そしてどっちかではなく両方という選択。平和的解決は成功し、屋上の平和は守られた。
「うげっ」
<どうした?>
飲料の方を手にしたジャンヌが任務中で珍しく声を出した。
<これ、苦手な方だった。ヨーグルト味のセリーってやっぱいまだに慣れないわ>
<貰うよ。クッキーの方は交換する?>
<いいわよ、悪いし。...後ろのポケットに入れていたのを忘れたのよね>
<ご愁傷様>
敵地の屋上で何とも言えないシュールな光景になっていると思う。三つの死体が転がっている屋上に身を潜めながらも携帯食料で舞い上がっている二人がいる。押しつぶされたクッキーを口に流し込み、ゼリー飲料のパッケージを口にしながら無言で会話をしている変人が二人いる。
俺たちだ。
戦場特有の緊張感がないわけではない。天馬や紫雨さんに見られたら幻滅したとか、もっと気を引き締めろと言われるのは確かだ。
リィン
<あら>
<へぇ、君たちこんな事が出来るんだ>
月詠と陽菜が俺たちの横でボロボロのクッキーを食べている。勿論妖怪で有名な猫又であっても猫はいつでも大歓迎だ。
しかし、この子たちの接近にはまるで気づけられなかった。ビルを中心とした空間全体を把握している中で、だ。
<まさか空間転移でもしてきたのか?>
前と同じで念話はまだできないようだ。けれど意思は伝わり、月詠から肯定の念を感じられる。
<あんたたちなんでこんなところに来たのよ?ん?嫌な予感がしたからついて来る事にした?アイドルにも合う必要がある?>
一方陽菜とジャンヌは互いの理解がかなり早い。
<嫌な予感って、このアジトに?>
月詠に促されてより細やかにビルの中の気配を探すが、不自然なところが見当たらない。いや、あまりにもなさすぎて逆にただの道端のごろつきにしか思えない奴ばかりだ。
<タケ、やっぱり休憩は終わりにして突入しましょう。アイドル達を誘拐しようとしてもこの程度ではあまりにも不自然よ>
<同感だ、ごろつきしかいない>
何らかの資料や端末などから情報を引き出せればいいんだけど。
突入の準備をしているところ、見張りの交代だろう二人が屋上に向かっているのを感じた。
ジャンヌに合図をし、身を潜めて屋上への扉を警戒する。突撃銃は建物内で使ってしまえば音が反響してしまうため、小銃の方も警戒しながらチェックをする。
ジャンヌは左、俺が右、それは決まっている。
「おい、てめぇら交代グッ」
「おいどうしっぁ!」
扉が開かれて上がってきたのが二人と確認し、発砲する。コンマ数秒でジャンヌの方が遅れたが、大声は出されずに始末は出来た。
「え?ついて来るの?」
扉を入って下の階を警戒しながら降りていくと月詠と陽菜もついてきた。どうやら俺たちと今後一緒に行動した方が安全みたいだし、いろいろと手伝ってくれるみたいだ。
「おお」
「え、これ昔の潜入任務でも欲しかったわ」
月詠と陽菜は幻術魔法に近い物でも扱えるのか、ジャンヌと俺たちの姿が見えにくくなっている。目を凝らせば認識出来ない訳でもないが、黒装束もあるおかげで闇に完全に溶け込んでいる。
おまけに蛇のおっさんのスーツみたいに音もかなり軽減されているみたいで、周りの音もよほど敏感に感じる。
銃を構え、静かに階段を降り、7階と六階には人がいないから素通りする。警戒はするにしても範囲内の空間にあるすべてを把握している以上奇跡でも使わなければ見つからない事はない。月詠と陽菜も姿を消しながらもつしてきているのも把握しているから分かる。
5階の廊下の角の先に二人いるとジャンヌに無言で伝える。左利きの俺は速足で回りこみ、ジャンヌは出来るだけ近づいて待機している。
互いを打たない様にしゃがみ、胸部に狙いを定め、引き金を引く。
煙草を吸っているスーツ姿のごろつきは胸に血の花が咲き、二人は声もだせずに絶命する。月詠と陽菜のおかげでサプレッサーだけではできなかった消音があり、下の階にいる相手は聞こえた素振りはない。
屍が大きい音を立てない様にジャンヌは両方を支え、ゆっくりと床におろしている。すばやく端末やメモとか情報収集できる類のものを探すが、めぼしい物はない。
「あんたそれ気に入っているの?」
<ん?ん>
未だに咥えてすすっているゼリー飲料のパッケージで首肯する。
ティっ
月詠が横から空になったパッケージを叩き落とす。行儀悪いからさっさと捨てろと言いたげみたいだ。
「えっ?」
「ん?」
「死体が消えている」
「んな筈が...」
そこにあったはずの二つの死体は血痕を残しながらもきれいさっぱり消えていた。
補足として説明します。この世界で銃火器は魔術を応用した小型電磁法なので発砲音はありません。けれど弾丸は音速を超えるのでその衝撃破は聞こえるので、隠密行動にはサプレッサーを使う事はあります。弾丸を発射するための最小の運動力は撃鉄による運動力で前に打ち出された弾丸を魔術により加速させます。
ただしこの方法ではオートマチックの銃は発明されません。むしろ魔法の方が連打しやすいので必要がありません。突撃銃は火薬を使うので連射できるようになり、魔法と同じように連打し、魔力消費を抑えるための発明品と考えてください。




