第二章ー序章:朝露の涙
武義視点です。少し短めです。
原因は覚えていない。でも好きになった瞬間は覚えている。
ありきたりで使い潰された恋愛の始まり方かもしれない。それでもあの日、颯爽と現れ、凛と佇み、容易く俺とジャンヌを救ってくれたあの魔女を好きになった。
好きになってしまった。呪いの様な恋、祝福の様な気持ち。
それまではどうしていたのかあまり覚えていない。立て続けの事件のせいで記憶が混濁してしまったのは事実だし、そのせいで転生症候群になったから余計に記憶が曖昧になってしまったのも事実だ。
過度なストレスやトラウマによる意識の混濁と‘前世’の記憶を思い出す事、そして同時に多発する事が多い英雄症候群。死ぬ事を実感した時、稀にこの様な症状が表れから正式には転生症候群と名付けられている。
英雄症候群も同時に発症する事もあり、同じ状況下では魔力暴走と意識の混濁のせいでリミッターが外れてしまう事が理由とされている。過度の魔力暴走に体が追いつかなければ悪ければ廃人、良くても魔力操作が出来なくなるほど魔脈という魔力を操る器官は文字通り焼きただれてしまう。その中で負荷に体が適応したら飛躍的に魔力量や魔法の扱い、身体強化などが容易になる。
けれど俺はそうならなかった。
体には行き場のない霊気が宿ってしまい、意識の混濁で家族が傷つき、逝ってしまった。でも不思議と転生症候群なんて事になってしまった自分が憎くいと思わなかった。
いや、憎いという感情すら無くしてしまっていた。
薄暗い暗闇の中、ただ沼の中へと引きずられながらも立っている事しか出来ないところに澄んだ綺麗な雨が洗い流してくれた。闇の中にほんの少しだけ灯りが灯った。
けれどその雨は流される事のない涙だった。
―――...
夢、とは違う。意識ははっきりしているし、夢特有の達観めいた浮遊感?もしない。
夢より女神様の空間に似ているけど、女神様はいない。何もない、霧が蔓延する空間だ。
いや、気配はする。
「遅いぞ、我が騎士よ」
あの人が宙に浮いている。
いや、正確にはあの人ではない。雰囲気はむしろ無機物か付喪神に近い感じがする。
姿形はあの人に似ている。真っ白なドレスが彼女のスリムな体形を引き出し、薄いヴェールとリンゴの髪飾りが顔を隠している。ウェーブがある深い茶色の髪、彫刻のような小ぶりの顔、そして今は閉じているけど翡翠の様に澄んだ眼。
その眼が今うっすらと開く。
「長かったな、ここに来るのが」
「やっとここまでこれた、と言ってもまだ始まったばかりですから」
「ふむ、敬語は使わんでよい。‘私’に惚れている其方には‘私’それを許すだろうからな」
やりにくい。
非常にやりにくい。
あまりにも記憶に残っているあの人に似ているからやりにくい。頭では違うとわかっていても彼女に余計に会いたくなってしまい、姿形が似ている目の前の存在と重ねてしまう。
「それでは‘私’と対面した時には卒倒しそうだな?予行演習として私と話すがよい。長い付き合いにはなるのだからな」
「やはりあなたは」
「そうだ、私は‘私’がその右手首にある杖に宿らせた意志だ」
ってことはこの夢?は少年漫画のお約束みたいなもの?リミッター解除とか限界突破とかその様なパワーアップ的な要素が追加されみたいな?
「...其方は覚えているより愉快だな」
彫刻の様な美顔が少しだけ綻ぶ。あの人もこういう風に笑うのだろうかと思ってしまう。
「ふふ、‘私’にぞっこんで何よりだ。せいぜい励むがいい、‘私’なら必ずその一途な思いを報いるだろう」
「それでは、私を呼んでいただいた理由は?」
「私を扱う主を見ようと思ってな?それにいろいろと‘私’も助言を残しておいたからな、後に伝えるため其方との顔合わせと思って構わない。土壇場で呆けられては困るからな」
「配慮、感謝します」
「さあ、そろそろ起きろ。其方とは長い付き合いになるのだ、焦らなくてもいいのは其方も頭ではわかっているだろう」
わかってはいる。けれど、あの人の願いを聞き届けて叶えたい。
ただそれだけの為に地獄にでも落ちようと思うのは、これは呪いなのだろうか、祝福なのだろうか。
「ああ、言い忘れたが、其方の盾で槍、あの娘も大事にしろ。二人であるからこその‘私’の騎士なのだから」
肝に銘じているよ、彼女を託されたあの日から。守られてばかりだけど、彼女は守り通す。
ジャンヌとあの人だけは、たとえ世界が相手でも守り通してやる。




