第一章ー12:運転すると車酔いしない
天馬視点です。
後部座席から見る二人の後ろ姿何かと普通だった。公道がぐちゃぐちゃになるほどの戦闘で武義の方は大怪我を負っていた筈なのに、二人は仕事から帰るかのように運転席と助手席に座っている。
ジャンヌはビルの方で携帯端末が壊れたらしく、紫雨さんから渡された新しいのをポチポチいじっている。今日の事件のニュースとかは無視し、何故かゴスロリファッション誌をネットで検索して武義に意見を聞いている。
っていうか運転手の気を逸らすような事をするな、怖いから。
「武義く~ん?運転中は前を向いていなさい。ジャンヌも別に今でなくても後で見せればいいでしょ?」
「「はーい」」
「武義くんも私が運転変わってもいいのよ?立て続けでいろいろ起きたから疲れているでしょう?」
「いえ、これぐらい慣れています」
「むしろリムジンって初めてだしね。タケの運転の方が酔わないし」
紫雨さんはリムジンで迎えに来てくれ、俺たちはかなりの辰の上の者によって護衛されながら本邸に向かっている。リムジンも辰の上の富に似合った豪華で頑丈な作りになっており、内装もそれなりに整っている。
ふかふかなシートに両殿下は寝ている。相当なストレスと疲れが溜まっていたんだろう。ビルに残っていたアルレントも無事に合流し、紫雨さんがうそ発見魔器でこっそり彼女の無実さを証明していた。
あのチンチン鳴るやつじゃなかったのは少し残念だった。
「飲む?」
「飲む」
「はい」
「飲み物も食べ物もあるからこちらでリラックスしててもいいのに...本当に私が運転変わらなくていいの」
「「大丈夫です」」
ジャンヌと武義は紫雨さんが皆疲れてるからするね、と言われた途端何故かリムジンの運転をすると頑なに譲らなかった。さほど疲れているようではないのも本当みたいでリムジンにある冷蔵庫から掻っ攫った戦利品を飲んだり食ったりしながら運転している。
紫雨さんはアラフォーでありながら美人の顔を少し膨らませて拗ねているように見せつけている。わざわざバックミラーに見せつけるようにしているけど、何歳ですか、とツッコミたい。
にしてもあの二人があそこまで紫雨さんが運転するのを拒否するとは、どれだけひどいのか気になる。
「そういえば紫雨さん、学院の入学まで両殿下の護衛とか住居はどうするんですか?」
「う~ん二人次第だけど、多分うちにいて貰った方が一番安全でしょうね。学院に通う重要人物を本邸に置くことは前例があるし、今年もアストリッド殿下とエルウェミニア殿下の他にいるから」
「屋敷に入り切るんですか?」
「入りきるわよ~?敷地内には来客用の離れはあるし、屋敷も天馬君が思うより部屋は揃っているわ。何なら全員屋敷内に住んで貰ったらあなたにも青春のチャンスがあるかもしれないわよ?」
「ちょっ?!何言っているんですか、紫雨さん!仮にも他国の重要人物ですよ?!」
まあ、美少女ゲームのヒロインだから願ったり叶ったりだけど!みんなとウフフなエロゲみたいな学院生活を過ごしたいなんて口が裂けても言えないけどっ!
「え?じゃあ武義とジャンヌは?」
「私たちは本邸に近い別邸に住んでいるわよ~」
まあ、できれば二人とも仲良くはなりたいんだけど、紳士としては美少女ヒロインが集う本邸に住みたくなるのは当然だ。言えないけど。
視線を感じたから見ると、バックミラーで武義がジト目?で見ている。前見て運転してください。
「って?!武義片目だろ?運転してていいのかよ!」
「え?今更?」
俺が驚いているのに対してジャンヌはかじっていたスルメを咥えたまま疑問を口にする。紫雨さんも首をかしげているだけで心配した様子もない。
「ジャンヌ、行儀が悪い」
「ぁ~い」
「う~ん、心配なのはわかるけど、武義君は片目失っても距離感覚を全く失っていないのよ。それどころか彼は周りを把握する事に関して群を抜いているわよ?」
本当に武義は何者なんだろう?ゲームには出てこないモブなんだろうけど、その才能と事情があまりにもゲームのシナリオに関わっている。不確定要素としては物凄い不安があるし、ビルと公道での戦闘で彼とジャンヌはゲーム序盤にしては群を抜いている。下手をすれば学院の先輩たちにも匹敵するかもしれない。
思いに更けているところ、武義は何か思い出したのか紫雨さんに話しかける。
「そういえば入学前に片づけておかないといけない案件はありますか?」
「う~ん...ちょっと待って」
紫雨さんは指をパチンと鳴らせて寝ている両殿下に対して睡眠を促す魔法を使った。一応他国の王族なのに軽々やるほどすごいのか、怖いもの知らずなのか...
「取り合えず天馬君は話半分に聞いておいてね?いい経験になるけど、入学前にいろいろと家の事に関していろいろとしないといけない事があるから。
今年学院に入学する重要人物が何故か多いのよね。そのうちの何人かの書類はそっちに回しておいたから後で確認しておいてね。
入学までの二週間、そして入学式の後一週間の間はアイドルグループの“マギア・ルージュ”の裏警護を任せるわ。二人にはクラスに馴染める期間から外してしまうのは悪いとは思うけれど、この娘はヤマトにとってはあまりにも重要視されているから腹を括って取り掛かって。
護衛対象は千家アリサ、けれど今回の全国ツアーから入学できるまでに敬語対象が悟られない様に公はグループ全体よ。質問はあるかしら?」
「確かツアーはこれまであったし、今まで何も問題はなかった筈でしょ?なんで今更辰の上家に頼んでいるわけ?」
「向こうのプロデューサーさんによるとつい最近誘拐されそうになったみたいなのよ、それも担当していた警備会社がてこずるほどの相手みたいで。そこから政府の方が私たちに依頼を回してようやく家に護衛対象の情報が明らかにされたのよ。まさか分家の遠縁がアイドルだったなんて誰も思わなかったでしょうね」
「今、なんて」
武義の雰囲気が今まで見たことない、ひきつった感じになっている。よほど予想外の情報だったのか?
「思っている通りよ、弘毅の遠縁になるわ。それも本家でさえ把握出来なかったほど完璧に隠蔽されていたわ、親がよほど本家に不満があったのがわかるほどにね」
「護衛対象にまさか」
「武義の思っている通り、天恵魔法を授かっているわ、それも以前断絶してしまった分家を再建できるほどよ」
車のハンドルを握っている武義の手に力がこもっており、微かに震えていた。ジャンヌもそれに気づいたらしく、彼の背に手を回していた。
「...やっぱり私が運転変わるわよ」
「「結構です」」
「なんでよ~!」
「...運転している方が車酔いしない」
「私タケの運転の方が好き」
リムジンの中で耐えがたい沈黙が流れる。ジャンヌと武義は頑なに紫雨さんと目を合わせようとしないし、紫雨さんも拗ねている。
「私って、そんなに運転下手?」
「下手ね」
「ノーコメント」
「それ物凄い傷つく!あと武義君のは言っていないだけでだから!」
これにて第一章は終わりになります。読んでいただいた通り、第二章は二人について少し説明的になると思います。どうか楽しんでいただければと思います。
今まで読んでくれてありがとうございます、今後もよろしくお願いいたします。




