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大丈夫よ

後日談を追加しました(2話)。

 ヘレンはそわそわと落ち着き無く、目を泳がせている。

 深緑色のドレスは彼女の美しさを存分に引き立たせているのだが、普段は着ていないということもあってかとても窮屈で動きにくそうだ。私はそんなヘレンを宥めるように、そっとヘレンに声をかける。


「大丈夫よ、ヘレン。あなたは何も悪いことをしていないのだから。具合の悪くなるようなことがあればすぐ屋敷に戻れるよう、手配もしてるわ。だから、安心して」

「そんな、お義姉様こそ何も悪くないではありませんか! せっかく素敵なドレスをお召しになっているんですもの。お義姉様こそ私のことなどお気になさらず、今日のパーティーを楽しんでください」


 可愛い義妹をほったらかしにして行くパーティーなんて楽しいわけがないじゃない。そう思いながらも私は「ありがとう」とヘレンに微笑んでみせる。綺麗好きのヘレンは洗濯も頻繁に行わなければ気が済まないので、ドレスのように洗いにくい素材の服を着るのはあまり好まない。けれど今日は私とデザインはお揃い、かつ私の赤とヘレンの緑で補色の対になるようにしているということでやっと「着たい」という気持ちになったようだ。これを機にほんの少しでもヘレンの潔癖症が治って、綺麗な手を荒れさせることがなくなればいいが。そう思いながら私は深紅のドレスの裾を引いて歩く。


 ニール様との婚約解消は無事に終了した。

 ……実はヘレンを守るためとはいえ、令息をぶん殴ってしまったことを咎められたらどうしようと思っていたのだがその辺りは無罪放免になったらしい。根拠のない噂を信じ勝手に婚約破棄しようとことや未婚女性であるヘレンの腕を掴み、害を為そうとしたこと。加えて私たち姉妹に暴言を吐いたという事実が極めて悪質であるということで、私の一撃は不問となったようだ。むしろ、一方的に娘「たち」を傷つけられた私のお父様とお母様が大変怒ってくださり、ニール様を更生保護機関に収容してもらった上で少なくない額の慰謝料を受け取ることもできた。


 まぁ、お父様は私に似て吊り上がった目がとても威圧的で筋骨隆々、睨まれたら歴戦の兵士でも怯むというぐらい怖くて悪そうな顔をしてるからね。我が父ながら「闇」とか「裏」とかに通じてそうな顔してるし、なんか悪いこといっぱいしてそうなどす黒いオーラを放っているし。実際の性格? ヘレンが劣悪な環境にいると知るや孤児院を丸ごと買い取ってすぐヘレンを養子にする手続きを行ったとか、それであらぬ疑いをかけられることを恐れ大きな宝石がついたネックレスとバラの花束、なぜかウサギのぬいぐるみを持ちお母様に「わかった、わかりました、もういいですから」と言われるまで愛を囁くような人だということで察してください。


 とはいえ、女性たちからはそれなりに人気のあったニール様との婚約がなくなったとのことで私たち姉妹はあれこれ勝手に噂されるようになった。中には私の悪役令嬢っぽい顔を理由にして勝手に私たちの方を悪者扱いする人も多く、それを撥ね除けるためにも今回のパーティーには姉妹で参加する必要があったのだ。


「ヘレン、何もやましいことがないのなら堂々としていればいいのよ。ああだこうだ他人に文句をつけたがる人は、こちらがビクビクしているとますます調子に乗ってあることないこと言い触らすものなの。これも貴族女性の戦略よ、あなたは何も心配せず私にまかせておきなさい」


 できるだけ頼れる義姉を演じ、私は一度深呼吸をすると戦場たる広いダンスホールに一歩、足を踏み入れるのだった。


 ◇


 目指すは押しも押されもせぬ悪役令嬢。その場にいるだけでなんとなく空間ができて、遠巻きにヒソヒソされるような怖いけど確かな存在感を放つ役者。そう、思っていたのだけれど。


 私とヘレンは2人、他の令嬢たちにぐるりと取り囲まれている。私たち姉妹を囲む令嬢たちは見た目こそ美しかったり可愛かったりするが、そこに浮かべる笑みは醜悪そのもの。それも同じ悪そうな笑い方でも、私やお父様のような「オーホッホッホッホ!」とか「フハハハハハハ!」みたいなタイプではない。「ニヤニヤ」や「クスクス」みたいな、派手ではないけど陰湿で嫌らしい笑み。同じ「悪い顔」でも、こっちの方がなんとなく嫌で癪に障るような気がするのは私の偏見だろうか。そう思いながら私は醜悪令嬢たちに向かって、立ち直る。


 ヘレンが、私の一歩後ろで手袋を着けた手をぎゅっと握りしめている。青ざめたその顔には怯えが滲み出ている、義姉としてそれを黙って見過ごすわけにはいかない。そう気を引き締め、私は淑女の笑みを浮かべ極めて穏やかに語りかける。


「ご機嫌よう、皆様、私と私の可愛い義妹に注目してくださるのは嬉しいですが、義妹は少々人見知りなところがございまして。今も緊張して、上手く立ち振る舞うことができないようです。ここは一つ、温かい目で遠くから見守ってくださいませんでしょうか?」

「あら、それなら問題はございませんわサリア様。私たちに用があるのは貴女ですからヘレン様はいつも通り、洗い熊の真似をなさっていればよろしいですわよ?」


 リーダー格らしき令嬢がそう答えると、他の令嬢たちが容赦なく嘲笑を浴びせてくる。まるでボス猿とその取り巻きだ。キーキー騒いで、わーわー喚いて。みっともないことこの上ない。人の妹を洗い熊呼ばわりできる立場じゃないでしょう、と私は心の中で毒を吐く。


 だいたい洗い熊は見た目こそ可愛いけれど、気性は荒く凶暴で立派な害獣だ。農作物を食い荒らしたり屋根裏に住み着いて家をめちゃくちゃにしたり、とやりたい放題。そんな洗い熊とヘレンの共通点は「可愛い」ってことだけだ。ヘレンの方が可愛いけどね。ヘレンは可愛いから仕方がないけどね。


 とはいえ、そんな可愛いヘレンを守るためなら害獣は駆除しなければならない。私は背筋をぴんと伸ばし、目の前の令嬢を見据える。相手も私の戦意を汲み取ったのだろう、猛禽類のように鋭い眼差しでこちらを睨みつけると、冷たい声で言葉を紡いだ。


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