いいですか?
「私は、自分で自分がおかしいと思っているしいつかはそれを治さなければと思っています。お義姉様はそんな私の意思を尊重してくださり、『少しずつゆっくり治していけばいい』と仰ってくださるのです。そんなお義姉様をろくに話も聞かず、勝手に悪者扱いするなんて婚約者とはいえ、いや、婚約者だからこそ許しぇないです!」
緊張のあまり噛んでしまったが、それでもヘレンはきっぱりと告げニール様を真っ直ぐに見据える。
私は、悪役令嬢顔だ。だから勝手にあることないこと吹聴され、やってもいない虐めや罪の証拠を捏造されることもあった。今回だって「あぁ、ニール様も所詮、私よりそっちを信じるのか」とどこか諦めたような気持ちでいたのだ。
けれど、ヘレンは違う。例え自分が洗い熊令嬢と呼ばれようと、それで「継母と義理の姉に虐められる可哀想な少女」と決めつけられても、必死に否定し立ち向かう。私を義姉として、いや、本物の姉以上に慕い守ろうとしてくれるのだ。そんなヘレンを制し、私はニール様に対峙する。
ニール様はヘレンの思わぬ反論に戸惑い、「いや、でも……」と何かブツブツ呟いている。わかっている、ニール様はまさかヘレンがこんな強い女性であると知らなかったのだろう。そんなニール様を見る私の胸の中は、婚約者としての情など一切湧かずただただ静かな風が吹き荒れていた。
ニール様はか弱い印象を受ける美青年で、女性からは妖精のようだ、硝子細工のようだと持て囃されている。だが男性からは「軟弱そう」だとこっそり馬鹿にされていて、本人もそれを気にしているのだ。だから私のような、悪役令嬢然とした強そうな女が気にくわない。相手にするなら自分より弱い女性、自分が優越感を持つことができる女性だ、と思っているのは気がついていたのだ。
でも、だからといって私の悪役令嬢っぽさを利用した上にヘレンに手を出そうとするなんて許せない。そう思いながら私は戸惑うニール様を思いっきり睨みつける。
「ニール様、婚約解消の件はしかと承りました。手続きはお互いの両親と話し合った後に、第三者へとお任せしましょう。ヘレン、さぁ行きましょう」
私が優しくヘレンに向かって促すと、ニール様が突然ヘレンの手を乱暴に掴む。ヘレンがその痛みに顔を歪めるが、ニール様はそれを気にせずヘレンを乱暴に自分の方へと引き寄せる。
「ふざけるな洗い熊令嬢! お前をこの悪役令嬢から引き離してやろうっていうんだぞ? 素直に『はい』と言えばいいじゃないか。だいたい洗わなければ気が済まない、だと? そんな馬鹿なことがあるものか! いいからお前は、何も言わず僕の言う通りにすればいいんだ!」
豹変したニール様はそう言って、恐怖に顔を引きつらせるヘレンへ顔を近づける。無理矢理、唇を奪おうとしているのだ。そう気がついた時にはもう、私の体が勝手に動いていた。
「ヘレンに何するのよボケェェェッ!」
「ぐへぁっ!?」
私の拳を顔面で受け止めたニール様は、思った以上に吹っ飛び背中から地面に倒れ込む。
……断っておくが、私は別に怪力ではない。ニール様が華奢なので、必要以上に飛んでいっただけだ。そう考える私を見て、ヘレンが悲鳴を上げる。
「お義姉様! 手から血が出ていますわ! 早く手当てを!」
「え? あぁ、これはニール様の鼻血よ。私はどこも怪我していないから、心配しないで」
「鼻血!? なら早く、手を洗わないと! 私の石鹸がありますから、それを使ってください!」
迷わず断言するヘレンに、私は苦笑する。先ほどまでヘレンにとってニール様は「嫌いじゃないけど、苦手な相手」だったが今は完全にただの「汚いもの」のようだ。そんなヘレンに私は内心で苦笑しつつ、ゆるりと口を開く。
「そうね。とっても汚いものを触ってしまったもの。私もきちんと、手を洗わなきゃね」
そう言って私たち姉妹は倒れたままのニール様を放って、足早にその場を去っていく。
「いいですか? きちんと石鹸をつけて、血をきちんと洗い流してください! きちんと手を洗うことは、何より一番大事なんですからね!」
オロオロしながら私が手を洗うのを見守るヘレン。やれやれ、洗い熊令嬢は悪役令嬢に厳しいようだ。そう溜め息をつきながら、それでも私は可愛い妹のためにせっせと手を洗うのだった。
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