なろう劇場 勇者召喚編
よくある異世界転移の『勇者召喚』。
しかし勇者の定義とは、勇気の有無より魔王を倒す力と使命を負うかどうかで決まることが多い。
とある国で、今まさに国の、いや人類の存亡を賭けた儀式が執り行われていた。
勇者召喚。
魔王という人外の脅威に晒され、すでに軍の死傷率は九割を越えた壊滅状態。兵士どころか徴兵された民間人でさえ全滅し、残るは老人か十歳に満たない子供くらいというのが現状だ。
これが人間同士の戦争であれば、とうの昔に全面降伏していただろう。しかし敵は魔王。魔族の王であり、魔族と魔物を率いる人外。敗北とは人類が滅びることと同義である。あるいは家畜として少数が生かされる可能性もあるが、どちらにせよ人間の築いた文明は滅びることになる。
故に、伝説に語られる異世界の勇者にすべてを託すしかない。
そもそも異世界がどうのという伝説が眉唾としか思えず、老人達が残り短い寿命を燃やし尽くして発動した儀式も成功する確率はほぼゼロに等しい。それでも可能性があるなら縋るしかない、そんな状況まで追い込まれていたのだ。
そして最後の老人が命と魔力を絞り尽くして倒れた時、儀式の魔法陣が輝きだした。勇者召喚の魔法が発動したのだ。
残された子供達にとってそれはまさに希望の光。人類の可能性は確かに繋がったのだ――
そして一つの世界が闇に消えた。
気ままに微睡んでいた“彼”は、ふと目の前の景色が違うことに気づいた。
茫洋たる星空が広がっているのは今までと変わらないが、星々の並びが違う。見知った星座は一つもない。まったくの未知の景色だった。
(ぼーっとしているだけのつもりが、熟睡してたのかな?)
彼は深く考えずにその現実を受け入れた。自身が勇者として召喚されたとも気づかず。
彼は岩石型生命体だ。
より正確には金属生命体で、特殊な環境でのみ生まれる四水化銀と呼ばれる金属を主成分としている。地球人風に呼ぶなら宇宙人ということになるだろう。
ただし宇宙人といっても人型ではなく岩石型だ。決まった形はないが、銀を摂取するための食事方法として、体表に直接岩石をぶつけるので、見た目は岩石が集まった姿になるため、それを生命体と理解できる者は少ない。
そもそも彼は現在、全長約1000万キロメートル(太陽の7倍)、体重約2×10^46キログラム(太陽の1000兆倍)と、非常に巨大だが、目視はできない。その高密度高質量故にブラックホールと化しているからだ。姿どころか、逆説的証明でなければあらゆる観測ができないのである。
数億年は昔の話。
降着円盤からのホーキング輻射の反動で宇宙を漂っていた彼は、食事がてら一つの惑星とぶつかったことがある。正確にはぶつかる前に超重力で惑星は崩壊してしまったが、その惑星には魔王と呼ばれる存在がいて、知らず知らずの内に圧殺してしまった。
召喚対象の条件が「魔王を倒せる者」であるならば、彼は実績を以て確かに召喚するにふさわしい勇者であるといえよう。
そしてそれ故に勇者として召喚された彼は、再び魔王を倒したのだ。惑星ごと重力で圧壊させたことさえ、彼は認識していなかったが。
(あれ、また質量が増えてる。何か吸い込んじゃったかな? まあそこそこ銀が含まれてるみたいだから、お腹の足しにはなったな)
勇者召喚されたと知ることもなく、彼は摂取した惑星から銀以外の余剰質量をエネルギーとして放出した反動で異世界の宇宙を漂い始めた。
そもそも勇者が人間サイズとも有機物とも明確に限定されているケースは少なかった。