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<第8話> カサンドラ

「母さん、ただいま」

 彼女は、エレミア・ミラーゼ。東方地方のギルド専属の戦士であり冒険者でもある。


「おかえり、エレミア」

 母の名は、カサンドラ・エル・ミラーゼという。


 かつてはカサンドラ隊長と言われ、エルフ王国に所属していたハイ・エルフの騎士であった。

 彼女は”脅威”の魔城を攻略するため、東方地方の第一次師団長として派遣されていた。その魔城の名を、”魔術が無効なる城”という。つまり、王国滅亡後にルナリアが“ブラッド・ミラー”を使って、勇者と共に攻略した城である。カサンドラはそれよりも前に、この魔城へ向かった。


 ”脅威”には六つの城があり、そのすべてを決められた順序で通過する必要があった。その一つが”魔術が無効なる城”という魔城だ。

 エルフたち魔術に長けたものたちのとって、この城は鬼門だった。六つの城はエルフ全土を巨大な六芒星で囲み、この城はエルフ王国全域の魔法を無効化する役目を担っていた。特に高位な魔法ほど無効化されるという状況に、王国は恐怖と混乱に落とされた。


 カサンドラの部隊の目的は、六芒星の東方に位置するこの城の攻略にあった。城の攻略は西門より入り、城を抜けて東門より出る。通り抜けるだけで攻略できるという、単純なルールだった。しかし、城は迷宮化され、一度通ると経路が変わり、少しでも迷うと孤立してしまう。魔法は使えず一人また一人と孤立していき、迷路の餌食にされていった。城内で彼女の部隊は瞬く間に全滅した。

 カサンドラは命がけの撤退を試みたが、元の西門に辿り着いたとき、生き残っていたのは、自分ただ一人になっていた。


 彼女は王国へ撤退する気力も失い、仲間を全滅させた責任を感じて、単独になっても攻略を幾度も試みたが、全て無駄であった。彼女は絶望して、底の見えない城の城壁からを身を投げた。




 しかし、彼女は死ねなかった。遠く流された彼女は、一人の人間に救われた。彼の献身的な看病と彼女を想う熱意に救われ、やがて、男性の想いを受け入れてエレミアを授かった。


 カサンドラの楽しみは娘の成長だけとなった。日々、努力する彼女を見ると、かつての自分を見るようで、微笑ましかった。ときどき、疼く心の傷も少しずつ感じなくなっていった。



 その後、“脅威”によって王国は滅び、他の種族の国家も壊滅的な打撃を受けたが、人の種族、最も弱い種族から現れた“勇者”とその仲間たちによって、”脅威”が打ち滅ぼされたことを、この遠い地で知った。


 驚きの思いで、彼女は情報を集めたが、仮面の勇者の情報はどれも曖昧であった。さらに彼女を驚かせたのは、その勇者が暗殺されたという。あの難攻不落の魔城を全て落とすことのできる人間の可能性と、その勇者さえも暗殺する人間の暗愚性…、人間という種のおそろしさに、彼女は嘆息した。





 その娘が、約束の時刻より遅く生家に帰ってきた。

 怪我もなく戻ってきた娘に、安心はしたが、勇者の暗殺といい、きな臭い事件が最近あったばかりだ。娘が心配であった。


「遅かったわね、エレミア。今日はギルドで何かあったのかしら?」

その日、カサンドラは娘がいるギルドの方角で感じた、大きな魔力に気がついていた。


「ええ、母さん。今日、ギルドで大きな事件があって…」

 やはり…、何かあったのね? そんなカサンドラの心配をよそに、エレミアはさりげなく思いがけない言葉を口にした。

「巻き添えになったエルフがいたのを助けのよ…、それもハイ・エルフだったわ」


 ”ハイ・エルフ?”

 カサンドラは訝しく思った。


 ハイ・エルフは王国が消えて以降、一人も会っていない。それに、東面方面のエルフは全滅したはずだ…。しかし、もしも自分と同じようにあの城を抜け出し、生き残ってるものがいるとしたら…、今更ながらあり得ない可能性ではあったが…。


 可能性は全くないともいえない…。自分もそうだったのだから。


「エミール。それはどんなハイ・エルフだったの?」

 自分の声色が、いつもと違うのに驚いている娘の表情に、カサンドラは気がつかなかった。


「母さん…?」

 怯える娘を見て、カサンドラは自分が厳しい顔見せていることに気がついた。

“何を、今更… もう過去の話ではないか…”

 敢えてにっこりを笑うと、近くのポットに手をやり、薬草茶を入れて気を落ち着かせようとした。こんなに慌てる自分がカサンドラは可笑しかったのだ。


 母が元の落ち着いた様子に戻ったのに安心したエレミアは、出会ったエルフの特徴を伝える。


「血だらけだったのよ。しかも、おかしいの、そのエルフは自分のレベルが989だって言うのよ。可笑しいでしょ? レベルは100以上ないのだから…」


 それを聞いたカサンドラは、薬草茶を入れる仕草を止めた。彼女は実際には、100超える実力がいることを知っていた。現に自分は軽く100を超えているのだ。それにして500以上は王国でもほぼいない…。


「989? 本当にそう言ったの?」

 この問いに、エレミアは首を縦に振った。

「そうよ。でも、彼女のギルドカードはレベル50位だったわよ。900なんて、あり得ない数値だわ。本人も後で、あわてて否定していたわ」

 ギルドカードは当てにならない…。彼女にしてみれば、ギルドカードなど高位になるほど、信頼性はない、と考えている。あれを偽造ができることも知っていた。


「それで、名前も聞いたのね?」

 カードを見たのなら、名も聞いたのだろう…。

「ええ、確か、ルナリアとか言っていたわ。ルナって呼んでって、言っていたけど…」


 それを聞いたカサンドラは、ポットを手から落とした。

 大きな音がしてポッドが割れ、机に薬草茶が広がっていく。エレミアは驚いて振り向くと、割れたポッドをそのままに母が動かない。その顔に血の気がないことに気がついたエレミアは、母の肩に手をやる。


「母さん…、大丈夫? 顔が真っ青よ」


 娘の問いかけにも答えず、まるで信じられないような幻影が、突然、目の前に現れたかのように、カサンドラは視線を動かせない。いや、どこも見てはいなかったのだ。

 しかし、その口元だけは動いている。カサンドラはぶつぶつと呟いている…。

「ルナリア? ルナリア…聞いたことがある。ルナリアと言えば、そんなはずはないわ…、そんなはずはない…」


(ルナリアは、真の名を捨て、新しく自分の名をつけた。しかし、名前とはその者を表す“言霊”であり、彼女の真の名と繋がり、常に力を与えていた。ルナリアという名がもつ言霊が、カサンドラの直感に働きかけていた)


 その名前を何度も繰り返す。その音節、イントネーション、その名前を何度も口にしながら、カサンドラは必死に記憶を遡っていく。大切な忘れてはいけない言葉であるように思えてならなかった…。


「母さん? ルナリアという名前はそんなに変かしら?」

 思わずそう問いかける娘の声に、夢から覚めたように、ある記憶に辿り着いた。そして、目の前にいる娘の両肩を逃げないように強く掴む。娘が逃げるはずもないのに…。


「エレミア。他に、その人の何か特徴はないの? 何でもいいわ、何でも…」

 目の前の母の額にある印に気がつくと、エレミアは思い出したように続けた。


「そういえば、母さんの同じように、額に小さな印があったわ、形は違うけど。」


 ”額に印がある! となると高位なものに限られるわ”

 仲間の誰か? それとも他の部隊の隊長クラスが生き残っていた可能性もある。あらゆる可能性を考えているとき、娘は続けて、とんでもないことをさらりと言った。


「あ、そうだ数も違うわ。母は一つだけど、その人は同じ印が三つあったわ」


「三つ?」

 その言葉を聞いて、カサンドラは自分が考えている人物がその人であることが分かった。


「エレミア、本当に三つなの?」

 あまりのことに身体中が震えている。娘が痛がっているのに、押さえている手の力を抜くことができない…。


「三つ、そんな…」

 その言葉を発すると、今度は脱力のあまり、その場に座りこんでしまった。

 エレミアは自分の目の前で起こっていることが信じられなかったが、カサンドラの衝撃はその比ではなかった。


“なんということだ。王女が生きている!”


 カサンドラは心の中で叫んでいた!


“エレミア、あなたがあった人は、エルフの王女なのよ!”

 娘の驚いている顔を見ながら、叫んでいたが、それは声にならなかった。声よりも涙が溢れてくばかりだ。


 一方のエレミアは、決して涙など見せたことのない母が(父が亡くなったとき以外で)、このように心理的に打ちひしがれて泣く様に、恐ろしを感じた。


「ルナリアって、一体どんな人なの?」

エレミアが言える言葉は、それが精一杯だった。


 カサンドラは突然、立ち上がった。泣いている場合じゃない。彼女が本物か確かめなければならない。今すぐに!

「大変だわ! エレミア! その方は、今もギルドにいるの?」

 時刻はもう夕食時だ。もうギルドは閉まっていて、当直以外はいない、と娘から聞くと、着るものを探しに二階の隠し部屋に向かった。階段を何度も踏み外し、これほど慌てる自分が可笑しいほどだった。


「どこに! どこに向かったかを知っている?」

 二階から叫ぶと、少し間をおいて、“近くの宿を探していたかな?” と階下から娘の声が聴こえた。

「というと、まだこの街にいるのね!」


 二階から降りた自分の姿を見て、娘は目を大きく開けて驚く。

「母さん…、その服はもう着ないと思っていたのに…」

 ミスリルで織られた魔法付与されたドレス。父との結婚式にしか着なかった服だ。その姿は今でも、美しく、そして輝いている。

「わたしと同じ世代にしか見えないわ…いや、若いかも?」

 そんなことは、カサンドラにはどうでもよかった。


「母さん、あの人が…確かに高貴そうに見えたけど…」

 エレミアの言葉を聞いて

“当たり前でしょ! なんてこと言うのよ!”

エレミアを叱りそうになって、娘が何も知らないことに気がついた。


 自分が興奮のあまり、平常心を失っていることに、カサンドラはただ笑った。


 そして、驚く娘の手を取ると、魔力を瞬時に集めるて、ギルドに向かって転移魔法を唱えた。それは娘が生まれたから、決して唱えなかった自ら封印した“魔法”だった。もう二度と魔法は唱えないと、そう決めていたのに…。

 瞬く間に、まばゆい光の魔法陣が完成した。その魔法陣はハイ・エルフならではの、高貴で力強い光を帯びていた。

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