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<第5話> 二人の悪魔

 それは王都から遠く離れた地方都市の酒場で起きた事件だった。その街の名前、エルファレスから、その事件を”エルファの暴走”と言われるようになる。


 この街にも冒険者達がいて、中には腕に覚えのある猛者たちもいた。自分たちも王都の戦士達とも互角以上に戦えるのはずだ…。いつか、王都武闘大会で優勝をすることを目標に訓練に励むものもいた。また王都魔道学校へ進学し、宮廷魔術師を夢見ているものいた。どの戦士や魔導士たちも、多かれ少なかれ、未熟さゆえの、若さゆえの、自惚れがあるとしても、明日を夢見てこの都市に集まっていた。


 そんな彼ら、彼女たちが郊外や迷宮で倒した獲物の数や種類を口にし、覚えたての魔法の威力を競い合う。冒険者たちはこの酒場で自慢し、語らうことは何よりも楽しみだった。


 しかし、その日、この酒場で冒険者たちが体験したことは、自分たちの想像と知識をはるかに超えるものだった。そして、いかに自分たちの力が小さいということを、思い知らされることとなる。


 店にいた冒険者たちは皆、近くで飲んでいた者たちでさえ、事件の中心となった冒険者たちが、あの恐るべき”脅威”を打ち滅ぼした伝説の勇者たちとは夢にも思わなかった。彼らはその片鱗さえも見せず、ただの痴話喧嘩をするだけの、どこにでもいる冒険者に見えた。しかも、その席にいるか弱く見えたエルフは、ただ泣いたり、わめいたりしているだけの酔っ払いなっていたのだから…。


 しかし、それは仮面に隠された偽りの姿。彼らの持つ、化け物のようなその力を隠し通すことはできない。強大な力を秘めた者は、いつの世も人々を翻弄してしまうのである。そして後に、”エルファの暴走”として呼ばれるこの事件も、その事例の一つとなってしまった。事件の発端は、冒険者たちはの前に現れた、青い瞳を持つ一人の黒髪の美女の登場によって幕が上がった。




 その青い瞳の女性が何者なのか? それを知る冒険者は、店内には誰もいなかった。分かっているのは、突如、現れたその女の持つ漆黒の魔剣が帯びる凄まじい魔力によって引きずり込まれた、視力も空間も歪んでしまう、魂さえも奪われるような恐るべき地獄だけである。恐怖の淵に追いやられた人々は、ある者は気を失い、ある者は震え、トラウマとなり、冒険者をあきらめてしまう者さえいた。多くの冒険者たちは、”漆黒の闇”を垣間見て、心が折れてしまったのである。


 しかも、悪夢はそれだけで終わらなかった。


 か弱く見えたエルフと、漆黒の美女との痴話喧嘩が始めると、人ならぬ眷属が己が力をすべて解放したかのように、店にいた冒険者は皆、何もできぬままに巨大な嵐の中心部に突き落とされ、凄まじいエネルギーの奔流に吹き飛ばれてしまった。


 悪魔のような力を持つ二人が臨戦態勢に入るだけで、店内にあった全てのガラス窓は一瞬で砕け散り、店内のありとあらゆるものが残らず粉々になってしまった。

 近くにいた冒険者たちは、ある者は机と座っている椅子ごと吹き飛ばされ、またある者は壁に叩きつけられ、不幸にも入り口近くに座っていた者たちに至っては、鉄製の扉まで吹き飛ばされると、そのまま重さ数十キロある扉ごと店外から道を飛び越え、反対の側にあった武器屋にまで飛ばされ、その店を完全に破壊した。


 酒場の二階に位置していた冒険者ギルドでは、階下で起きた衝撃で書類はもちろん、重い本の入った本棚は吹き飛び、ギルド長の重たい机さえも一瞬、浮かび上がった。ギルド内で立っていられる者は誰もなく、倒れていないものを探す方が難しかった。当然、ギルドも臨戦態勢に入った。


 この事態に、このギルド長はじめとする屈強の戦士たちは万全の態勢で、階下に向かおうとするが、凄まじい魔力の奔流に、ただの一段さえ降りることができなかった。




 今や、ルナリアとアイリスの二人は、魔力と暴力の嵐の中心にいる、といっても過言ではない。


 アイリスの身体能力は、すでに人の目で追うことはできない。そして、その力は上位のドワーフをもねじ伏せ、吹き飛ばれた鉄製の扉など簡単に凹ませることができるほどのパワーを持っている。


 ルナリアの双眸の六芒星は、そのアイリスの力を完全に映している。“ブラッド・ミラー”の秘術は、彼女の白い肌を淡くピンク色に染め、毛細血管の破壊し始めている。ルナリアの身体能力は、彼女の持つ膨大な魔力によって支えられ、アイリスと同等の攻撃力を誇っている。この段階で、二人のパワーは全くの互角である。


 しかし、アイリスには身体能力の併せて、達人たちの戦闘技術も憑依させている。つまり、“バーサーカー・モード”は、過去の偉大な戦士の戦闘力と戦闘技術を顕現させている。ルナリアの”ブラッド・ミラー”は正確に戦闘技術まで映せない。ルナリアはアイリスの動きを見て、その動きを映すしかないため(それでも超高等技術ではあるが)攻撃が後手になる。この点でルナリアは不利だった。


 ルナリアがアイリスより優れているのは、膨大な魔力量と魔法技術しかない。そのため、彼女が勝機を見出すには、”ブラッド・ミラー”を詠唱したまま、さらに別の魔法を詠唱するという”多重詠唱”しかない。

 しかし、“ブラッド・ミラー”は常に魔力を消費している。しかも、彼女が映しているのは、アイリスの”バーサーカー・モード”である。消費される魔力量があまりに大きく、残された力は決して多くない。残っている魔力で多重詠唱を完成させなければならない。


 ”どうする? わたしの魔力量でも、あと数分しか彼女を映すことができない”

 すでにルナリアは、身体中から血が滲み始めていた。


 高位な呪文は唱えられない…、しかも、ブラッド・ミラーの消費量が予想よりずっと大きい…それだけ、アイリスの戦闘力が高いのだ。

 残された魔力量から使える魔術は、高位魔法は不可能で、効果的なダメージは与えられそうもない。そこで、ルナリアが考えた戦術は呪文による攻撃を捨て、残された魔力を使い、強引に物理的な加速を行うことだった。

 ルナリアは”ブラッド・ミラー”そのものを多重詠唱することを選択した。単純に今の倍の加速は魔力量が足りない。残された全魔力の半分の”ブラッド・ミラー”を唱え直し、それを多重詠唱する…。調整は難しいが、完成すれば現在の1.5倍の加速になると目算した。しかし…、”わたしの身体が持たない…、できるのは数秒間しかない…”


 どのみちこのままでは彼女の戦闘技術の前に、先手が打てず、やがて詰んでしまう。


 ”やるしかない!”

 ルナリアは覚悟を決めた。


 アイリスもルナリアがこのまま詰むはずはないと予想していた。

 彼女の瞳を見て”何か仕掛けてくるのね”と直感した。


 そして、ルナリアの瞳の六芒星が、それぞれ倍になるのを見たとき、その攻撃がいかなるものかを悟った!

 ”ブラッド・ミラーの多重詠唱!? なんて事を…!”


 ルナリアは赤い涙を流して、双眸の六芒星を倍にした!

 その瞬間、アイリスの視界から、ルナリアが消えた。





 ルナリアは本気でアイリスを殺すつもりはなかった…、かつて、この禁呪で死にかけた自分を救ってくれた相手の心臓を貫くことなどできない。その想いが、彼女を救ったともいえる。”ブラッド・ミラー”の多重詠唱は完成したが、それは完全ではなかった。彼女の迷いが、不完全な多重詠唱となり、それが勇者の介入を許す間を与えた。


 ライムは多重詠唱の完成に生じた僅かな揺らぎを見逃さなかった。刹那、彼は二人のエネルギーの中心に飛び込むという無謀を断行し、ルナリアをエネルギーの奔流から強引に外に引き剥がした。


 二つの正と負の力の内、一方が力が突然に消え去ったため、嵐なようなエネルギーの奔流は瞬時に消えると、そこには凪のような静けさだけが残った。

 瓦礫の中から、これまでの凄まじいエネルギーの奔流に圧倒されていた冒険者たちは、突如、静かになった中心部の砂塵の中からゆっくりと姿を現わした、三人の影を呆然と見つめた。

 今にも崩れ落ちそうな傷だらけのアイリス、血だらけで意識を失っているルナリア、そして彼女を腕に抱えてているライムだ。


 この攻防があたかも数時間にも続いたかのように誰もが感じたが、実際には三分にも満たなかった。




 しばらく、呆然とライムを見つめいたアイリスが尋ねる。

「驚いたわ、ライム。私たちの動きを追えていたのね?」

 アイリスはまだ肩で息をしている。


「いや、ルナが死ぬな、と感じたから。飛び込んだだけだよ」

 ルナリアを腕に抱いたまま、あっさりと答えるライムに、アイリスが呆れたように、初めて表情を崩して微笑んだ。

「見えていたのね。ライム、そうでなければ、どうやって加速中の私たちを捕まえらるというの? ましてや、この娘はおそろしいことに、最後にさらに加速したわ。」

 そう言うと

「そうみたいだね。ルナは無茶するからな。危なくて見てられないよ」

 そう笑った。


 その笑顔を見て、アイリスは邪気の無い、かつての仲間だった頃のような表情をすると”ふふっ”と笑った。

「あなたたちには、やはり敵わないわね…」

 そう言うと、その腕の中で目を閉じているルナリアを静かに見つめた。

「立っているのは私だけど、戦いには負けたわ」



「アイリス、悪いけど、こいつを治療をしてくれないか?」

 と笑いかける。

「まあ、自分を殺そうとした相手を治療させようだないて、随分じゃないかしら?」

 とアイリスが言うと

「そう思っていないだろう…? ルナが君を殺すことはできないよ。大切な仲間だからな」

 だまっているアイリスにライムは続ける。

「君と同じようにね」

 そう言いながら、ルナリアをゆっくりと床に下ろした。


 ライムの言葉を否定することもなく、立ち尽くすアイリス。

 やがて、

 何も言わず両手をゆっくりと上げると、天を仰いで目を閉じ、彼女の中にある神聖力を集めると、目の前にいるエルフの上に、白く聖なる光による聖なる文字と魔法陣が浮かび上がる。それは、アイリスが集中するほどに、強く光り出し、やがてゆっくりと、ルナリアの身体の中に降りていく。

 アイリスは、小さく呟くように言葉を唱えた。


 ”フルリカバリー”


 彼女の唱える、治癒呪文は、呪文としては同じでも、その効果は全く異なっている。それは穏やかであり、静かで、温かく、白い天使の羽根がゆっくりと舞い降りてきて、倒れているエルフの胸に静かに溶け込んでいくように見えた。


 がれきの中から顔を出した恐怖に震えた冒険者たちも、攻防の凄まじさに一段も降りれずに固まっていたギルド長達も、机と椅子が散乱し、壁や天井が崩れかけた瓦礫の中心で起きた、白く柔らかな光が織りなすアイリスの御業を見て、敬虔な気持ちと畏敬の念を感じられずにはいられないかった。


「さすが、我らの大神官だな」

 ライムのその言葉に、小さく大神官が笑うと、アイリスもライムに倒れ掛かるように気を失った。

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