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<第4話> ブラッド・ミラー

「あらあら、せっかくの仲間が久しぶりに会いに来たというのに…随分と冷たい反応なのね」


 突如、現れた大神官アイリス。彼女が手にするのは魔剣”ネクロマンサー”を前に、ライム、グラント、チャイ、そしてルナリアは微動だにできない。


 ”確かにアイリスの行動はみんなを冷たくするわね”

 彼女の台詞はルナリアには、笑えないジョークに聞こえる。


 彼女の手にある漆黒の魔剣が放つ魔力が、周辺の空間の色彩を奪い、世界をモノトーンに変えていく。高い魔法感受性を持つ者の瞳は、常に魔力を色彩として感じているが、ネクロマンサーの規格外の魔力が、小さなブラックホールとなって周辺の魔力を奪うために、空間の魔力分布が崩れて視覚異常が起きている。


 「あの”脅威”を打ち滅ぼした仲間なのに、つれないわねぇ。」

 アイリスのその抑揚のない喋り方は、色彩を失せていく世界に似ていて、世の中をつまらなくするわね…。そう考えると、ルナリアは”それは、ごめんだわ”と呟いた。


 一方のアイリスといえば、つれないと言いながらも数歩下がると、かつての仲間たちの表情を離れて眺めるつもりらしい。そして、魔剣をゆっくりと指先を這わせ、その魔力に身体に感じると

「この魔剣も魔力も一緒だったはずだのに…。どうして、今はそんなに怯えるのかしら?」

 不思議そうに疑問を口にする。一緒に戦ってきた仲間たちが、魔剣の恐ろしさを知らないはずはない。アイリスの抱く疑問が、わざとなのか、天然なのか、リナリアにはわからない。

 今、わかることは、彼女が気まぐれに手にしたその剣を一振り、いや、強く念じさえするだけで、この店の全員の命は一瞬に消えてしまう。いかなる魔力や防壁でも防ぎようがないということだった。


 グラントは手にした斧をゆっくりと放す。その圧倒的な力に、いかなる防御も無駄だと悟ると、アイリスの呟くような疑問に答える。

「今までは、その剣の“後”にいたからな。”前”に立たされるとなると、かなり事情は変わってくるな…アイリス。」

 軽く両手を挙げる。


「アイリス。お前も一緒に、こちら側に立ってみないか? このスリルは一生に一度は体験する価値はあるな。」

 絶体絶命の状態下で、アイリスを誘うチャイ。そのつまらない”ホビット流ジョークは聞き飽きたわ”という体で、アイリスはチャイの言葉を無視した。


 魔剣の魔力は更に大きくなり、色彩は完全に消え、やがて周りの空間そのものが歪み始め、周りにある柱が歪みは始める。


 圧倒的な魔力を前にして、誰もが微動だにできない…。刃のように鋭い氷の尾根に無理やり立たされ、前にも後にも進むことはできないような感覚。そのどちらに傾いたとしても、そこにあるのは確実な死だった。その恐怖に正気を失いそうになり、誰もが魂を奪われそうになりかけた、そのとき、この“死の均衡”を打ち破る者がいた。


 死の嵐が吹きすさぶその中心部へ、勇者ライムが平然と一歩、アイリスに近づいたのだ。その勇者の大胆とも無謀ともいえる行動に、その場にいた全員が震えあがった。


「アイリス。それをどうやって手に入れたのだ」

 その声には一切の怯えもなく、波一つない水面のように静かだった。ライムの瞳はまっすぐにアイリスを見つめている。


 この剣を前にして、平然とその一歩を出せる勇敢さ、一切の怯えのない静けさを感じ、アイリスは驚くように瞳を大きく開いた。そして、その驚きが勇者によってもたらされたことに彼女は納得した。

 ”そう…、世界中でそれができるのは、あなただけね…。ライム、あなたは確かに勇者だわ”

 アイリスはそう呟いた。


 アイリスは瞳に浮かんだ驚愕の光を消すと、その青い瞳でじっとライムを見つめ続ける。いつも無表情なこの女性が、ライムにだけ人間味のある眼差しを向けるのはなぜ? ライムの問いに答えるのでもなく、ただ、ひたすらに見つめるアイリスの態度に、ルナリアの心の中に不安がよぎる…一人の冒険者でなく、一人の女性として…。


 ライムをしばらく見つめたアイリスが、微笑を浮かべて、ゆっくりとその質問に答える。


「銀の湖に沈めたのにね…」


 どうしてそんな悲し気な口調で語るの? ルナリアの心はさらに乱される。


「そうか、アイリス…君もいたんだな。あの神官たちの中に」

 湖の儀式には高位の神官たちが、祈りを捧げるために集められていたからだ。

「儀式には王都で最高の神官が集められるのよ。実力通り、というところかしら。」

 その後に、さらりと恐ろしいことを言う。

「第一神官には気の毒のことをしたけど…」

 ”気の毒…って、まさか…”

ってしまったのかい?」

 チャイが唸る。

「それは…ご想像にお任せするわ。」

 一瞬、アイリスの表情が曇った気がしたと、ルナリアは感じたが、アイリスは唇を閉じて、一切の説明を拒絶した。その表情を見たライムも、それ以上の追求をしなかった。問答はおしまいだわと魔剣を手にしたままアイリスは、ゆっくりとライムとルナリアの近づく。


 近づいてくるアイリスの瞳がルナリアを、苦しいほど不安にさせる。





「まだ本題を伝えてなかったわね…」

 そうと言うと、アイリスは右手に持っていた魔剣を床に突き刺した。

 すると、魔剣の魔力が消え、周辺の色彩が蘇った。


 ”えっ?” 


 金縛りが解けたように、全員がその場に崩れそうなる。


 突然のアイリスの行動に、誰もが驚き怪しむ視線を彼女に集めるが、それを無視するようにアイリスは続ける…。

「本題はこの魔剣ではないわ。まあ、この魔剣を前にして、それぞれの対応が見られたのは、とても収穫だったわ。だって今、思い出しても、ほら、こんなに興味深いわ…」

 まるで先刻の恐怖する人々の表情を瞼の裏で再現しては、何度も反芻するかのように、目を閉じている…。


 ”本当に自分本位な人ね…”

 ルナリアは溜息をつきたくなった。


 やがて目を開けて、再び、二人を見つめるアイリス。

「本当にほしいものをいただきにきたのよ。そう、確かに魔剣はほしかったのだけど、本当にほしいものは別にあるのよ。」

 そういうと、自分の指先のマニキュアを見つめる。それは血のように赤く彩られていた。


「わたしの本当の欲しいのは、魔剣ではなく…」

 といって、赤いマニキュアの指でライムの胸をゆっくりと指さすと

「この人」

 まるで、陳列されたおもちゃから、ほしいものを指定する幼子のような感じで、さらりと言った。


 心のどこかで予想はしていた。しかし、実際にその言葉を聞くと、その衝撃がルナリアの身体を貫き視線さえも動かせない。その表情を楽しむよう一瞥いちべつしたアイリスは、ゆっくりとルナリアの顔に近づける。そして、その耳元に罪を宣告をする神官のように言葉を告げた。

「先刻のお芝居で、一緒に暮らすとか言ってたけど、ルナ…。残念ね! 本当に、残念だわ。あれはただのお芝居なんですもの…」


 そして、”しかたないわね”と氷のような瞳を見せると言い放つ。


「な、何を言い…」

 あまりのことに呪縛されたように動けない身体から必死に声を絞り出すルナリア。なんとか反論しようとする試みるルナリアの唇に、アイリスの人差し指が触れ、一切の異議を却下する。


「さぁ、お芝居はこの辺にして…。”脅威”が去った今、終戦協定は終わりなのよ…王女様。いや、王女様《《だった》》かしら…」


 ”は、はぁ”

 驚きと怒りで睨みつけるルナリアを、軽くあしらうように続ける。

「まさか、あなたががあんな偽装暗殺と王宮爆破を謀るなんてね…意外ね。わたしを出し抜くなんて、見直したわ」

 罪人の宣告理由を説明するつもりなのか、アイリスはまず咎人とがびとを評価する。 

「元王女様は品攻方正だから、過激な手を打たない。と思っていたからね…。私も騙されたわ。だから…」

 勇者を見つめると

「この人の死体だけでもいいからと、王宮に忍び込んだのよ。」

 ”死体でも愛してあげるわ”と言わんばかりに感情を込めた言葉を続ける。

「そしたら、死体どころか、髪の毛一つないっていうじゃない…。あたし、ピンと感じちゃって…」

 ともだえるもアイリス。


「そこで、この女が怪しいと探したのよ…。なんだが、信じられないような超長距離転移魔法をつかったみたいだけど…すぐに、わかったわ」

 王都の神学校では、創設以来の天才と言われたらしいが、言い方がいちいち癪に障る。確かに魔法の才能は突出してるが、ルナリアは魔法力で彼女に負ける気はない。


「やっと尻尾を掴むと、つまらない三流芝居で、”あたしの大切なもの”を独占しようとしてたじゃない…」

 そう言うアイリスの青い瞳から静かにだが怒りが溢れ始めている。グラントは横に置いてあった愛用の斧を思わず握りしめた。

 ”もう、怖いな、この女”

 チャイは嫉妬に狂うときのアイリスが本当に怖いかった。


 睨むアイリスを、ルナリエも負けじと睨み返す。

「ライムがいつ、”あなたのもの”になったのかしら?」

 それに答えず、ふふん、とアイリスが笑う。


「今からよ!」

 そう叫ぶと、アイリスは自分の周りに神聖力を解き放つ。しかし、それは神聖さよりも、アイリスのマニキュアのように血のような赤い邪神官のようだ。人々は再び恐怖に落とされ、その中にあって、仲間だけが素早く臨戦態勢に入る。


 その三人に向かってルナリアは叫んだ。


「手代無用よ!」

 彼女も全身に魔力をたぎらせている。


「これは二人の闘いよ!」


 アイリスを見据えたルナリアは、敢えて“感情の無い口調”で挑発をかける。

「アイリス。その横にある魔剣がないと戦えないのかしら? 臆病な神官様には、魔法勺といい、魔剣といい、何かにすがらないと怖いのね。お可哀そうなこと…」

 ルナリアがアイリスの口調を真似る。


 その冷静な喋りが癪に障るわね…と呟くと、アイリスはルナリアを見下したような目つきでその挑発に応える。

「ふん、つまらない挑発に乗る気はないけど…、いいわ。後で魔剣のせいで負けただけとつまらない言いがかりをされても不快だしね」



 二人が戦闘状態に入ると、その魔力に呼応して光と風が二人を中心に渦巻く。突然、出現した嵐のような力の奔流に、他の冒険者たちは身動きもできない。その様子を眺めたグラントは、”おいおい、身を隠して静かに暮らるつもりじゃないのか…”と呆れた。



 アイリスは偉大な達人たちを憑依させて、身体能力を極限まで上げる”バーサーカー・モード”を発動する。魔力でなく、力でルナリアを圧倒する気なのだ。


 一方、ルナリアはありったけの魔力を集めると、双眸に力を集中させる。彼女の瞳の中に黄金に輝く六芒星を浮かばせると、エルフ文字で自分の心臓に魔法陣が描くと、ひとつの呪文を唱える。


 ”ブラッド・ミラー”


 この接近戦に、高い攻撃力のある魔法を詠唱する時間はない。肉体能力はアイリスが上で、ルナリアも肉体能力を上げるしか勝ち目がない。


 彼女が編み出した“ブラッド・ミラー”は、その瞳が発動している間、相手の身体能力を鏡のように、自分の力にできる秘術だ。相手の力が強ければ強いほど、自分の力を強くできる。ただし、映せるのは肉体能力だけで、魔力は映せない。


 体術が弱いアイリスが、魔術が使えない空間でも戦うために編み出したこの禁呪は、魔術というよりも言霊ことだまによる呪術に近い。内から外へ魔力を使う流れを、”ブラッド・ミラー”は強制的に内側に向かわせることで、肉体を大幅に強化する。肉体のリミッターは強制解除され、相手の力を魔力で完全に映しながら戦うため、毛細血管は割け、己の血がまといながら戦う。当然、限界を超えると肉体は死んでしまう。


 リナリアは”脅威”との戦いの中で、”魔術が無効なる城”を攻略する際に、この禁呪を使った。ルナリアがその城を抜けたとき、血だらけでほぼ死んでいた。そのとき彼女の命を助けたのが、目の前の女性であるとは…”皮肉なものね”とルナリアは笑った。


 アイリスは、彼女の瞳に浮かぶ魔力を見て口元に笑みを浮かべる。命がけの禁呪であることを知っているのだ。

「すばらしい! それでこそ、わたしが認めた相手だわ。」

と叫ぶ。

「全力で奪ってみなさい」

それはこちらの台詞よ、アイリス! 奪えるものなら、奪ってみるがいい。

命をかけているわ!


 さらに、狂喜に震えるアイリスの力が膨れ上がると、それに呼応するようにルナリアの双眸にある六芒星が輝き”ブラッド・ミラー”も力を増していく。光と風が二人を中心に渦巻き、目を細めてさえ、二人の影が微かに見えるだけだ。

 思わずグラントが二つの影に向かって叫んだ。

「死ぬ気か!」


 ”その通り”


 二人は、そう答えた。

 しかし、その声は光と風が渦巻く嵐に中で、かき消されていた。



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