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<第1話> 勇者

0話を加えたため、1話を改訂しました。

 王は王都からルナリアが去ったことを確認すると、七日間(本当はそれ以上続いていた)の宴が終わらせ、”封印の儀式”が始めさせた。


 勇者と神官たちは、各種族の大使と共に、王都から遠く離れた地下祭壇に赴いた。その目的は、もちろん”脅威”を打ち滅ぼした”二振りの剣”を地下深くにある”銀の湖”に封印する儀式を執り行うためである。


 封印する二振りの剣、ひとつは、”命あるものを司る神剣・ラグナロク”といい、もうひとつは”あらゆる死を司る魔剣・ネクロマンサー”という。この二つの剣ををもって、勇者は”脅威”を打ち滅ぼした。


 当初は、“ラグナロク”が脅威”を打ち滅ぼすはずであったが、銀の湖から与えれた剣は、二振りであった。神官たちは“ネクロマンサー”の存在に動揺した。教会も各種族の長たちも”ネクロマンサー”の力は古代書にも記述が少なく、危険な存在だ、ということしか知らなかった。封印の儀式を急いだの理由の多くは、”ネクロマンサー封印”を急ぎたかったためでもあった。


 勇者・ライムは、”脅威”打倒に”ネクロマンサー”が本当に必要だったか、と問われれたとき、必要だったと答えている。この剣はどちらかというと”脅威”側に近い属性の魔剣で、多くの負の属性を打ち破るより、共鳴させ、無効化していたのだ。


 ただし、魔剣は使用者に契約による代償を求める。それは契約の盟約であり、その力の代償として”ネクロマンサー”が勇者に要求する。勇者は契約時に”ネクロマンサーを封印してから、3年後の深夜0時まで”という命の刻限を告げられていた。古代書の記述でも、ここまで大きな代償を求めた例がない。それだけ”脅威”の力が強かったといえる。


 この代償、”命の期限”を、他人に知られることも、語ることも許されない。もしそうなれば、その瞬間に”命の代償”が彼の命を奪っていく。これは勇者だけが背負う十字架となったのである。




 儀式が終わると、ライムにとっての王宮での生活が始まった。

 封印の儀式の後、仲間たちが王都を去ったことを聞かされたが、神託通りの宴が意味もなく再開され、婚約はなかなかは進まなかった。議会や王宮で、政治的な駆け引きが続いていたのである。


 平民であった彼にとって、王宮はあまりも異質な場所であった。姫は美しいとはいえ、世間知らずで、贅沢な生活に慣れた”お人形”でしかなかった(かつてもルナリアも、こうだったのかもしれないと、勇者は思ったらしい)。

 王宮はあまりに浮世離れしていた。世界が平和になると、かつての”脅威”を忘れた王族や貴族たちは、贅沢な生活と権力闘争に埋没していった。



 ”まあ、こんなもんだろう”

 勇者はすぐに悟った。もともと、彼も王宮の生活には嫌気を感じていた。それが数週間も続くと、逃げ出したくなる気持ちは日に日に強くなっていった。しかし…、とライムは迷っていた。このまま逃げてもいいが、残された姫が気の毒にも思える。

 ”純真なだけの、世間知らずのお姫様だからな…”

 そう思うと、すぐには踏み切れない。どこかルナリアに似ている面もある。それに、いくら彼女に未練はないといっても、夫に逃げられたとなると、世間体も悪くなるだろう。それに自分のその後も面倒だ。追われる身となると、平穏く暮らすのにも簡単ではないだろう。

 

 ”どうしたものか…”

 王宮の奥に与えられた一室で、勇者は今後の身の振り方を考えることが多くなった。そこにはバルコニーに続くガラスの扉が備えられ、柔らかな青白い月の光が差し込んでくる。夜は姫とは未だ別室になるので、こうやって月を眺め、一人考える時間を、この部屋で作ることができた。それは勇者にとって、心落ち着ける大切な時間になっていた。


 いつものように物思いにふけ、軽い眠気を感じた深夜も更けた頃、ふと扉の先にあるバルコニーに降り立つ人の気配を感じ、勇者は閉じかけた目を開いた。その気配はゆっくりではあるが確実に近づいてくる。それが誰なのか、彼にはすぐにわかった。


 ベットから起き上がり、ゆっくりと寝室を横切ると、バルコニーへの扉の前に立ち、静かにガラスの扉を開いた。広いバルコニーは月の光に照らされて昼間のように明るかった。その中をゆっくりと近づく三つの影に向かって声をかけた。

「久しぶりだな。グラント、チャイ、そしてルナ!」


「王子様の服装は、やはり似合わんな、ライム」

 ドワーフのグラントは皮肉をたっぷりな言葉を、低い声を響かせる。型破りの力を持つこのドワーフは、将軍クラスの魔物でさえ一撃で倒せるほどの技量を持つ驚くべき武器の遣い手だ。今日はいつもの巨大な斧を背に抱えていない。


「まったくだな」

 そう同意するのは、ホビットのチャイ。小さな身体で、いつもにやけているその姿は、どこの町にもいそうな商人に見える。しかし、気配を消し、小型の剣で相手の急所を外さない実力は、王国が抱えるアサシンにも引けを取らない。さらに、罠や迷路を攻略するための手先の器用さと空間把握能力に長けている。


 そして魔術師が一人。

「姫に恋して、魂を抜かれたの? あなた、今、鍋の底に寝ているようなものよ」

 白い指を立てて語るのはルナリア。博識で、高貴なエルフの元女王。お得意の魔術で、今はこのバルコニーの気配を消す結界を張っているようだ。召喚と精霊の魔術を極め、高い索敵能力、そして、戦いの機略をもつ賢者でもある。


 メンバーはあと一人。

 大神官のアイリスだ。しかし、ここにはいないようだ。彼女は大神官のくせに、信仰があるのかないのかわからない言動が多い。誰よりも気まぐれで、行動が読めないところがある。しかし、その実力は確かで、神聖系奥義の”死者蘇生”を扱う。



 かつてパーティの五人のうち、ここに四人が集まったことになる。目的は”勇者の奪還”というところか…。いいタイミングだと感心しているライムの気楽な態度に、ルナリアは呆れた。彼女は彼の立場がもっと危険な状況にある、と考えていたからだ。

 ”彼が王宮にいられる場所はなく、王や貴族たちは勇者の力は疎んじ、遅かれ早かれ彼を駆逐する”とみていた。王たちが歓迎するのは最初だけ。脅威がなくなった今は、その力は制御しにくい。ならば”王宮という鍋の中で勇者をゆっくりと煮込むつもり”なのだと…。それに、本音は彼の婚約、そして結婚はさせたくない!


 ”俺は煮込まれるような状況じゃないよ”と反論するライムに、ルナリアは

「あなたはそう思っても、彼らはそのつもりよ。でも、あなたなら、いつでも逃げられたはずでしょ…。それが、その…もしかして、お姫様のせい?」

 その理由がどこにあるか、ルナリアにはなんとなくわかっていた。

「ああ、そうだ。残された彼女の立場を考えると、簡単ではないんだよ」

 ルナリアが少し苦しそうな表情を見せると

「あなた、優しすぎるのよ…」

 と呟いた。


 その呟きを聞いていたグラントは、ルナリアに声をかける。

「ルナ。こいつはそういう奴だ。わかっていただろう? だから、お前さんも惚れたのだろうしな…」

 ”はぁ?”と驚いた顔をしたかと思うと、ルナリアの全身が紅くなっていく。

 ”これだから、ドワーフは嫌いなのよ!”

 と睨みつけるが、グラントは意に介さない。ルナリアをなおざりにすると、ライムに向かってまっすぐ誘いかける。

「わかっていると思うが、今日は、勇者の奪還が目的だ。頼むから、一緒に、ここを脱出してくれないか。そうでないと、こちらが困るのだ。」

 そして、横でふくれているエルフの背中を押してライムの前に近づけると、その切実な理由を告げる。

「こいつに毎日、落ち込まれた姿を見せられ、泣きじゃくられては、周りにいる連中が敵わんのだ!」


 さらに真っ赤になったルナリアは恥ずかしさのあまり目をつぶると、グラントに怒りを爆発させた。

「誰が泣きじゃくるかぁ!!!!」

 王宮中に響くような声と共に、ルナリエの心が揺れて作られた結界が崩れそうになる。

「騒ぐな! 気づかれるぞ!!」

 チャイが慌てて、周りをきょろきょろと見回す。


 そんな様子を見て、ライムはニヤリと笑った。

「おまえら、俺を笑わせに来たのか?」


 その夜、ライムは仲間たちと王宮を後にした。

 彼の住む王宮のバルコニーは、ルナリアが跡形もなく破壊し、勇者は敵の残党によって暗殺されたということにしたのだった。

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