第6話
(1年ぶりの掲載です)
アリアには世界が眩しく美しく映った。深緑が瑞々しく、風は心地よく、何よりも明るい陽射しと青い空が嬉しかった。小川のせせらぎ、小鳥の声、人々の雑踏の声でさえ、アリアには美しい歌声に聴こえた。これであの方がいれば…と有頂天である。
彼女の後からは、セフィとルーラレイがついて行く。
、
「ちょっと…あのお姫様、浮かれ過ぎじゃない?」
「まあ、仕方がないだろう。これまで王宮と学校しか知らなかったのだからな」
彼女たちは知らない…アリアはもうただのお姫様ではないのだ。
彼女が一夜にして、この世にあるあらゆるダンジョンの中で最も深淵なるダンジョン“地下世界”を攻略した稀有な冒険者になっていたのだと。
アリアが地下世界で手に入れた力は莫大である。それは“メルセゲルの力”といわれ、アリアはそれを魔神メルルを召喚することによって、現存する魔導書にさえ記されていない禁呪も使用できた。しかも、彼女の魔力量はアルマゲドンにある黒水晶とリンクしていれば無限であった。問題は“ゲート”である彼女の肉体と精神が、彼女とメルルの魔術を制限していた。事実、それはアリアが王都を脱出するときに自らの住居であった後宮を消滅させるとき、メルルに命じたさときに起きた。
メルルは容赦なく禁呪“暗黒の核魔法”を唱えたが、アリアの身体を経由するアルマゲドンからの魔力の大きさに、アリアの身体が耐えられずに意識を失ってしまった。そのため、メルルの核魔法は1秒間も発動せずに消えてしまった。
それでも核魔法の威力は絶大で、一瞬で後宮の半分が消滅した。メルルは加減を知らなかったのだ。彼女の魔法が最後まで完成したら、王都の半分は消えていただろう。結果、アリアが意識を失っていたことで、後宮だけを消すことができたのだ。
そして、セフィは意識のないアリアを背負い、の案内で燃え上げる後宮を後にした。
それは皮肉にも、かつて衰弱したルナリアがグラントの背負われて王都を後にしたときと同じ様であった。
王都を抜けたアリアたちは、王都から北東にある小さな町に身を潜めた。
アリアは長い髪を束ねている程度の変装しかしない。写真技術が進んでいない大陸で、人々が王族の顔など知るはずもなかった。アリアはギルドで冒険者登録をすると、しばらくは冒険者として経験値と日銭を稼いでいた。
王都脱出から既に、一か月。追手は来る気配もなかった。今頃、王都ではアリアたち追悼式が始まっているという。地方にもその噂で持ちきりだった。
「姫様のかわいそうにね」
「婚約者の後を追ったらしいわよ」
一方で、ルナリアたちの行方は、杳として知れなかった。ただ、行くとすれば北東エリアだと、あたりを付けていたが、大森林を越えた僻地にある町々をしらみつぶしに当たるしかなかった。
「メルル、あいつの居場所は探せないの!」
「わたしはね。探索は苦手なのよ、そういう細かいことは部下にやらせてたから。それより、ルーラレイ、あなたの得意分野でしょう?」
「あたいの専門は暗殺よ。それにね、王の目のような情報力は膨大な人による組織力よ。あたいにそんな人脈あると思う? 暗部の中でも嫌われていたからね。ボッチなのよ、基本! 頼めむ相手が間違っているわ」
「まったく、このチームは攻撃に特化しただけだな。しかし、ルナリアはわたしも一度見たが、目が覚めるような美人だった。あれほどの美人が市井に身を潜められるかな?」
アリアがセフィを睨みつける。なんでもルナリアを褒めると言葉に反応するのだ。
「いや、アリアも美人だよ。わたしが言いたいのは、冒険者たちの間で噂があってもおかしくない…。そこで提案なのだが…」
セフィが言うには、このメンバーに情報が集まらない原因があるのだという。まず女性だけであること。そして、まあ、自慢ではないが全員かなり美人揃いで、男性冒険者はつまらない気を使っている。それに、女は他の女を褒める話は嫌いだからな…といって、アリアに視線を向ける。
「まあ、確かにね…、嫉妬深いところはあるわよ」
「男たちはそれを知っているから、他の女性の噂話は、特にルナリアのような女性の噂は、わたしたちに届きにくい…というわけ」
とセフィは邪推した。
「わたしたちは…影で、アマゾネスなんて揶揄されているからな。そこで、敢えて男性のいる他のギルドに参加してみてはどうだろうか。アリア、、わたし、それぞれが別のパーティに参加するんだ。メルルはアリアから離れられないが…、メルルがいればわたしも安心だし…な」
一同を見回して、反対意見が出ないことを見ると、セフィは立ち上がった。
「では…」
そう言うと突然、のほほを引っぱたいた。急なことにルーラレイを受け身を取れず、隣の席まで吹っ飛ばれた。セフィは軽いつもりでも、鍛え上げられた腕力では、小柄なルーラレイにはたまらない。ギルドの酒場中に大きな音が響き渡った。
「何しやがる! このすっとこどっこい」
セフィに向けて拳を突き出し、立ち上がる。
「大丈夫かい?」
周りの冒険者たちが心配して声をかけるが、それを無視してルーラレイがセフィを睨みつける
「うるさい! あんたなんか、絶交よ!」
セフィが片目をつもりながら、腕をまくる。
ああ…なるほど…喧嘩別れする芝居、という訳か…。
ルーラレイはセフィの意図を汲んだが…
しかし…
ルーラレイとしては納得いかない
瞬きをする間に、傍にいた冒険者の持つジョッキを奪うや否やセフィの隣に移動すると、微笑みながら頭からビールを注いだ。
「あ、ごめん。手が滑ったわ」
セフィの頭に黄金の液体が泡と共に滴り落ちる。
「あ…の…なぁ」
セフィの肩が震えている。次の瞬間に剣を抜くとルーラレイを一閃太刀を浴びさせた。
ルーラレイの服が斬れて、胸がはだけている。
「きぁ!」
小さな悲鳴を上げて胸を隠すルーラレイに
「おお!」
と思わず声を上げて男性冒険者たちが一斉に腰を上げた。しかし、彼らの服もセフィの一閃でズボンが切れて、全員下半身が下着姿になっている。
「きぁあ!」
さらに女性冒険者の悲鳴が続く。
ギルド酒場が騒然とする中、ルーラレイとセフィの睨み合いが続く…。一瞬の出来事に唖然とするアリアと、その横でメルルは冷えた炭酸水を飲みながら静観する。
「アホか…。手加減というものをしらんのか…」
王都を半壊させようとした手加減を一番知らないメルルに呆れらるが、彼女が大人しかったのもそこまでである。
パラり…1本の青い髪が宙に舞った。
セフィの一閃がメルルの髪を、ほんの少し切っていたのだ。
「わ…わたしの髪を…」
魔術を使う者にとって、髪の毛は大切なもの
アリアは自分の魔力が増幅されるのを感じた。
「ま…待ってメルル、ここで魔術を使わないで!」
その声は少女には届かなかった。
「暗黒魔術…ダーク・〇▲×」
怒り狂って、あとの言葉が曖昧になっていたため魔術は不完全であったが、メルルの魔術はどれも禁呪レベルだ…、酒場が崩壊したのは言うまでもないだろう…。
* * *
「本当に崩壊したわ…」
「ええ、崩壊したわね」
「わたしは チームを仮に解散させようとしたけど」
「酒場まで崩壊したのね」
「手加減というものを、知らないからな」
「まったくどの口がそれを言うのかしか?」
「あたいは、悪くない」
「人の頭にビールをかけてどうする」
「なんで、あたしまで皿洗いするよの、冤罪だわ」
酒場の管理人が声を荒げた
「お前ら、口を動かさずに、手を動かせよ!」
「はぁーい」
泡だらけの手で、ひたすら皿を洗い続ける三人。
「で、どうする?」
「あたいは、吹っ飛ばされた席にいた冒険者に誘われたよ」
「ふーん」
「なんだ、予定通りだろう?」
「いや、嬉しそうだと思ってさ」
「な、う 嬉しそうにしているか?」
「ええ、とっても」
ガチャガチャと皿を洗う音が響く。
「わたし思うけど、ルーラレイって暗部でなかったら、いい奴なんじゃないかって思うんだよね」
「・・・」
「あの組織、異常だからな…」
「他の世界を見ないとわからないのだよ。その異常ってやつが」
「あら、そう言うメルルだって、どうかしら?」
「何がだ?」
「アリアの
「ほうほう」
「信じないのか?」
「いえいえ、でも言うほど邪気がないのよ、メルルは」
「アリアとずっとリンクしているでしょ?」
「だからなんだ?」
「あの娘は純粋なのよ」
「だからなんだ?」
「メルルは、アリアに影響を多少だけと受けているのかなってね」
「・・・」
「メルルは世界を隅々まで知っているのかもしれない。知識も魔力も膨大でしょうね。でも、人の心の中を覗こうとはしなかった…」
「ずいぶんと偉そうな講釈だな」
「アリアは任せるわ、ずっと月姫として影日向と見てきたけどいい機会だわ」




