<第0話> ルナリア
新たに0話を追加しました。
大幅に書き直しました(202211)
勇者たち一行は世界を滅ぼす敵をを打ち滅ぼし、世界に平和をもたらした。
戦いが終わり、“最初の地”に戻ると、王国の姫が勇者を待っていた。
勇者と姫は結ばれて、いつまでも末永く幸せに暮らしたとさ…。
めでたしめでたし…。
ここまでは、よくあるおとぎ話のお話の結末である…。
しかし、この物語は、ここから始まる。
* * *
わたしの名前はルナリア。本当の名前は、もう忘れた。
私の国、古代エルフ王国は西方大陸で強大な版図をもほこっていた。しかし、突如現れた”脅威”という名の敵に簡単に滅ぼされてしまった。わたしのその国の最後の王女であった。いや、本当に王女であったのか…それの記憶さえ、今はよくわからない…。
“脅威”とはいったい何なのか?
正直なところ、今もわたしにはわからない。
それはあらゆる生命を破壊し、混沌の砂漠へと世界を換えていく未知の力だった。それは文明を根本から破壊し、赤い砂だけを残した。“脅威”の前では、世界を構成する力の根源のひとつ“マナ”が失われ、エルフ文明の礎たる魔法技術、すなわち“魔術”は、力のないただの戯言に変わってしまっていた。
わたしは古代エルフ王国の王女として、最後まで抵抗を試みたがすべての魔術を完全に無効化され為す術がなかった。わたしはボロボロとなり、死にかけていた。大陸の人々は砂の中に消えていった。
破壊しつくされた王都に酸の雨が降り続き、美しいかった街並みは、もう見る影もなかった。やがて、すべてが砂と塵になってしまうのだろう…。
わたしはただ、誰もいなくなった最後の塔で上で、朽ちかけていくエルフの都を、呆然と眺めているしかなかった。それが王都での最後の記憶である。わたしもやがて溶けていくのかもしれない…、そう考えながら…。
* * *
瓦礫の下に埋もれ、死んだように倒れていたわたしを見つけたのは、一人の人間だった。
その人の名はライ・アム…。勇者、ライアム。
それが、わたしを救った人の名だ。
仲間たちは彼のことを“ライム”と呼ぶ。
意識を取り戻したわたしの傍には小さな焚火があり、辺りを仄かに明るく照らしていた。深い夜の時刻なのだろう、満天の星が降り注ぐように輝いていた。
久しぶりに見る美しい夜空、しばらく言葉を失っていたわたしは、揺らめく炎の向こうに、一人の騎士がいることのに気がついた。
その人は、エルフの国では見ない漆黒のような黒い髪だった。東方出身の人族らしい。陽に焼けた肌にはいくつもの傷跡がある。いかにも歴戦の戦士らしい、充実した“気”を纏っている。そして…彼の横には、無造作に二振りの大剣が置かれていた。その剣を見つめると、身体中のマナが震えるように感じられた。
(魔剣かしら?)
それは王宮にあった数少ない魔法剣よりも遥かに強く、魔剣というものがあるなら、あのような剣なのかもしれなかった。このとき、わたしは自分が周囲のマナを感じられることに気がついた。
(“脅威”は去ってしまったの? それともあの魔剣が“脅威の力”を無効にできる?)
そうだとすれば…
この人はもしかしたら、伝説の勇者なのかもしれない…
そう思った。
そして、本当に彼は“その人”だったのだ。
* * *
わたしは、改めて助けてもらったお礼を伝えようとして…自分の中の異変に気付いた。名を伝えることができない…。
大切な名がどこにもなかった。
わたしには過去から受け継いだ王女の真の名があった。それは言霊と誓約によってわたしと深く結びついていた。わたしは身体のマナを巡り、その繋がりを探したが、どうしても見つけることができなかった。
身体中の血が引き、わたしは動転したのだろう、彼の前で泣きだしてしまった。
泣き続けるわたしを見て勇者は困っただろう。
彼は幼い王女(事実、王女として幼かった)をどう扱っていいのか迷い、あたふたとして、触れてはいけないガラス細工を扱うように、優しくわたしの頭を手置いた。何も言わず、ただ手を…。それが不思議とわたしの心に落ち着きを与えた。まるで暗闇の中で彷徨う私に、小さな光が灯ったように…。
長い間、わたしは出口のない暗い闇の中を進んできた。王女といっても、実際は母親が”脅威”によって消え、急遽、王女となっただけの未熟な少女でしかない。王冠も、王国も、すべてが消え去り、終わりのない永遠の迷宮に落され彷徨っていた王女でしかない。
わたしに触れた彼の手は温かった。そこに光があった…、小さな灯であったが、暗闇を割き、夜の帳を切り開く太陽のように眩しかった。
彼はわたしに、一つの名を与えてくれた。
“ルナ・リア”
月明りを意味する“ルナ”はわたしの光る髪色から、緋色を意味する“リア”はわたしの赤い瞳からだと言って…。その名を聞いて不思議とわたしの中にあった悲しみは消え去り、気がつくとわたしは泣き止んでいた。
ルナ・リア…ルナリア。
こうしてわたしは“ルナリア”として生きることになったのである。
* * *
「あなたを含めて、四人?」
エルフ王国の誇る精鋭の四個師団でも敵わない“脅威”を、たったの四人で倒せるだろうか…。
ライ・アム…ライムの横で落ち着きを取り戻したわたしは、彼が一人でないことを知った。ただ、“脅威”を倒しに来たというには、あまりに少人数ではないだろうか?
勇者のもつ魔剣ならあるいは…そうも思えた。それほどまでに、ライムの持つ魔剣は異質だったのだ。そして、彼と共にこの大陸に渡ってきた三人の戦士も、勇者に劣らずの一騎当千の戦士ではあることがわかったた。
副隊長、後衛左翼のアイリス。
人族の女性。神聖教会最高位十二席の一人。チームの防御と回復を主に担当する。青い髪、青い瞳、白亜の大理石の様な白い肌をもち、あらゆる神聖系魔術を使うが、僧侶らしからぬ魔族的な妖しさをまとう。基本、後衛ではあるが、前衛でも闘える強靭な身体能力をもつ。彼女の特殊スキル、“パーサーカー・モード”は過去の達人の技を再現でき、中級の魔族でさえ、一撃で倒したこともあるらしい。怒らせると怖ーい“お姉さま”である。
前衛右翼のグラント。
古代ドワーフ族の男性。焼けた鉄のような赤い肌を持ち、豊かな白い髭をたくわえている。勇者ライアムの二倍はあるかという体躯の武闘派僧侶。基本は巨大な斧と盾で前衛で戦う。千年前に沈んだといわれる古代ドワーフ王国の末裔だという。パーティの最年長であるが、その力は今も衰えることはなく、屈強なミノタウロスを素手でねじり伏せたらしい。かなりの博識でもあり、読書家で冷静な戦術家でもある。
後方右翼のチャイ。
ダーク・ホビット族の男性。探索・鑑定・情報収集を担当。戦闘では後方支援を担う。青い肌をもつ彼の種族はかつて魔族側に与し、他の種族と敵対していたこともあった。今は、その汚名を回復するために戦っているという。弓使いでもあるが、チャイが持つ弓は“魔王の弓”といい、必ず急所に当たり、またその矢は決して尽きることがないという。彼は気配を断つ能力が神技に達しており、魔王の寝室まで忍び込んで、その弓を盗んだという。後で魔王がそれを知り、称賛しそのまま弓を授かったという。アサシンのマスターでもあり、暗部の知識が豊富で、仲間を刺客から守る役目もあるという。
しばらくすると、焚火の周りには、王都を探索してた三人が戻ってきた。三人はわたしを見ると、驚いたような顔をした。彼らは王都をくまなく探してみたが、生きているものを見つけることはできなかったのだ。
それどころか、西方大陸に渡ってからこれまで、エルフどころか、動物は何一つ見たことはなかったのだ。パーティの誰もが、わたしを見るまで、この大陸のエルフは全滅したと信じきっていた。
汚く身体中が傷だらけの孤児だと思ったのか、彼らはわたしが王女の成れの果てだとは夢にも信じなかった。事実、真の名を失った私は、もう王女ではないことは確かなのだ。正確には…かつて王女なのだ。
グラントとチャイはみすぼらしいわたしを王女のわけがないと笑ったが、アイリスだけは冷たい眼でしばらくわたしを見つめた。
その瞳は天空の空のように碧く、純度の高いサファイアのように澄んでいて、すべてを見通す預言者のようであった。白い肌は瞳と同じように青白く感じられるほどで、わたしには天使のような人だと、最初は思った。
彼女は無表情のまま小さな声で、“本当かもしれないわね…”と言うと、ライムの隣に、ツンとした表情で座った。
わたしを王女かもしれないと認めたのもアイリスが一番だったが、そのくせ、わたしを“自称王女”とからかうのはアイリスだった。そして、当然のようにライムの近くに座った。副隊長だから、近くに座るのは…まあそうでしょうね…。
でもアイリスがいつもライムの近くにいるのが気になって仕方なかった(パーティが解散した今でも、アイリスは気にくわないけどね)。
ライムの言う通り、集まった戦士はいずれも、勇者に相応しい屈強なスキルの持ち主だった。どうみてもわたしはお荷物だった。マナを取り戻し、魔術を使えるようになったとはいえ、再び“脅威”に近づけば、使えなくなるだろう…。
彼らは、わたしに中央大陸への脱出を薦めた。東に船があり、そこまで送ろうという。わたしは勇者のパーティには認めなてもらえなかった。
そうよね…、
わかっていたわ。
“脅威”はあらゆる魔術を無効にしていた。魔術が基本のアイリスが格闘術をもっているのに対して、わたしはただの魔術しか使えない弱いエルフでしかない。
それでも…。
連れていってくれないのなら…認めてもらえるまでついていくしかない!
わたしはただ、彼の後を命がけでついていった。
そして、その日から、わたしの戦いが始まった。
わたしが西方大陸に残る理由は、わたしの灯たる人について行くこと。それ以外にわたしの生きる道がもう見つけられなかったのだから…。
* * *
勇者たちは困ったのだろう。振り払ってもついてくる、自称王女が。
離されても懸命についていけるのは、”脅威”が去った大地は、何も敵がいない空白地となっていたからだ。”脅威”には支配するという意思がないようのだった(これは後に間違っていたが)。
“脅威”の後を勇者が、その後にエルフが付いて行く、そんな形になった。しかし、しばらくすると、わたしの後からやってくるものが現れた。それは不浄なるものたちだった。無数の“不浄なる魔物”たち、ゴブリンやオークといった繁殖と暴食を好む忌むべきやつらだった。
わたしから見れば、それらは空き巣と同じであった。
“脅威”に向かう勇者たちに、遥か後ろにいる空き巣は無視した。それは当然なのだろう…、空き巣はいつでも排除できるのだから。
理屈では、そうなのでしょう…。
そして、ここは彼らはここが故郷ではないのだから…。
でもわたしは違う…。
許せなかった。
わたしの故郷の、たとえ砂粒の一つでさえ、
空き巣たちに与えるつもりはなかった!
“脅威”には無手のわたしの魔術も、不浄なる魔物には使える。砂漠化していた大陸にもうどんな魔術も遠慮がなかった。禁呪も核魔法でさえも。
本当に?
いいえ、それは嘘…。
すべてが消えてしまったとはいえ、そこにはかつてあったのだ。美しい山々と草木が、流れる清らかなせせらぎが、慎ましく暮らしていたエルフたちの村々が…。
多くのエルフが笑いながら歩いた小路を、緑に揺れる麦の穂を、沈む行く夕陽に色づく黄昏色の湖面を、朝日と共に白く輝く東の地平線があったことを、わたしは知っている…。たとえ、すべてが砂漠になっても、ここはわたしが愛した故郷なのだ。
すべてが砂になっていたとしても、その大地に破壊魔術を向けるなんて…心が裂けそうに痛かった。
ごめん…ごめんなさい。
わたしは心の中で 泣きながら、持て得る魔術のすべてを唱え始めた。
* * *
指には血だらけで、身体のどこかしらに包帯が巻かれていた。今思えば、かなり迷惑をかけていたことがわかる。しかし、わたしは一度死んだハイエルフ…。勇者に救われ、新しい名前をもらい生まれ変わった以上、この命を勇者を助け、そして西方大陸の王国の人々に報いるための闘いが始まった。
そんなある日、数か月も必死に後をついてきたわたしに振り返ると、溜息をつくと、わたしの前まで歩いてくる。
「負けたよ。こんなに頑固な王女は見たことがない」
彼は苦笑すると、同行を認めてくれた。
「このエルフが後方を支えてくれたから、我らは前面の“脅威”に集中できたのだしな…」
グラントが笑う。
「王女さまの魔力は恐るべきだな。おれは前より後ろの魔法の炎が怖かったからな。秘宝も人も同じだ。外見が美しいものは恐ろしい…ということだな。アイリスも怖いからな」
チャイがアイリスに
「足手まといにならなきゃいいけど…」
素っ気ないアイリスが、冷たく言い放つと背を向けた。
「ああ、言うが、お前のために食糧を一番割いたのはあいつだがな」
チャイが小声で囁いた。
わたしは遂に認められた。冒険者の仲間となった夜、どんなに嬉しかったかことか…。
勇者の出した条件はただ一つだけだった。
「決して、己の命を粗末にしないこと」
わたしは自分の命を簡単に、捨ててしまいそうだと…。勇者には見透かされていたのだ。他者のために、特に勇者のためにあっさりと命を捨てられる…、そう思っていたことを…。だから、”自分の命を大切にしてほしい”。それがついていく約束となった。
その後の話はとても長いのでここでは語れない…。これは”その後”を語る”続きの物語”なのだから…。
結果として、わたしたちは、”脅威”を打ち滅ぼすことができた。わたしは今は亡きエルフ王国の敵を討つことができたのだ。そして、わたしは勇者との約束も守った。
”生きていること”それが、わたしが勇者に対する、拙い表現だったのだと思う。それは憧れからか、それとも恋からか、そのどちらでもわたしにとって同じだった。わたしには勇者がすべてだったのだ。
こうして、わたしたちは人間の王都へ凱旋した。
* * *
プロローグはここまで
そして、物語は始まる。
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”脅威”は打ち滅ぼされた。人間の王都では緊急の議会が開かれ、人間の王をはじめ、様々な種族の代表たちが集まる議会で報告された。
王はメンバーの中に、かつてのエルフ王国の王女がいることに衝撃を受けた。しばらく、元王女を見つめると、ねぎらいの言葉をかけて、最大限の援助をすると約束した。
次に執り行われるのが”封印の儀式”であった。
勇者に授けていた伝説剣は、彼の所有ではなく、神から一時的に付与された“力”であり、無効化する必要があった。それもできるだけ早く…。”脅威”が無くなった今、勇者が帯剣している二振りの伝説剣が、世界の秩序を乱す力の元凶になりかねなかい…、世界のバランスを崩すには十分な圧倒的な存在だったからである。
そのため、封印を取り仕切る神聖教会はもちろん、各種族の代表も、封印を急がせた。一つの種族にこのような破格の力を与え続けることに、強い警戒感を抱いている。実際に、二振りの神剣・魔剣を一人の人間に付与することに反対する派閥も数多くいたのだ。議会としては、今すぐにも封印を始め、力の均衡を図りたかった。
ところがである。
人間の王は、大神官たちに封印の儀式の執行を中断させると、勇者と姫と婚約の発表を宣言し、神託通りに、二人が結ばれることによって、”脅威”の攻略の完成とする、として、婚約の儀式を優先させた。
会議は当然、紛糾した。封印を後回しにして宴を優先させる人間の放漫さに、他種族は異議を唱えた。しかし、最後は人間の王の提案が強行される形となり、一週間後には必ず封印するとして議会をまとめると、姫と勇者の婚姻を急がせた。
この時、二振りの剣が、まだ人間の手の中にあったことが、無言の圧力となっていた。勇者は権力闘争の一つの駒になっていたのだ。
そして、もう一つ、婚礼の優先を強行した理由があった。人間の王が、封印の二振りの剣を少しでも長く維持したかったか否か、その本心はわからないが、勇者と共に登場した、消えたはずのエルフ王女の存在が、王や貴族たちといった人間の権力者たちの様々な思惑に影を落としていたからだ。
王はエルフ王国復興というシナリオが、王女が生還しているを見て、内心、苦々しく考えていた。しかも、勇者と万が一でも結ばれるとなると厄介この上ない。
目の前に潜む微かな危険性を、今は少し手も排除したい。
現在、最大勢力であったエルフ王国は消滅し、広大な西方大陸のすべてが空白地になっている。その土地を収奪すれば、莫大な利益を上げられるだけでなく、他種族に対する発言権は大きくなる。全種族の覇権・当主となることも夢ではない。
権力者の持つ深い欲が、再び世界を混沌へとを誘っていることに、当の権力者たちも気づくはずもなかった。平和を手にした各種族たちは、愚かにも、自らの手で、その平和を危険にさらす愚を始めていた。
ルナリアは”婚姻の儀式”が神託によって予定されている理であることを知っていた。そのため、婚約までの流れそのものを反対しなかった。一方で、その本心は反対であった。彼女にとって、勇者が誰かを娶ることなど、考えていなかったのだ。そして、自分の心の中にライアムがいかに大きな存在になっていることを悟った。
ルナリアは彼が結婚するなど、死にたくなるほど嫌だった。
しかし、彼女にそれを反対することはできない。
基本、彼女も王族であり、感情を優先させて神託を無視れば、どういうことになるかはわかっていた。下手すれば国家間の争いにもなりかねない愚を犯すことはできなかった。王族であったルナリアもわきまえていた。
結局、ルナリアは与えられた自室で、毛布をかぶって泣き続けるしかなかった。
泣きに泣いた。数日間、彼女は泣き続けた。泣いても、泣いても涙があふれ、エルフがこんなに泣けるものかと思い知った。
泣きつかれると次に、”死への誘惑”がルナリアの心を捕らえた。しかし、死の淵に立っても、彼女には一歩、踏み出すことができない。それは勇者との約束に反することになるからだ。
泣くことも、死ぬことも、できず、彼女は議会の隅で、紛糾する様子を静かに座っているしかなった。
悲しむ彼女その様は、亡国の王女という稀代な箔を伴って更なる妖艶さを帯びていった。彼女が溜息をつけば、それがまた可憐だ…という噂が上流層に広まっていく。
これほど佳人、気品さ、亡国の王女として最高位の血筋、そして勇者と共に戦いに抜いた戦士でさえあった。どんな希代な宝石さえもルナリアの前ではただのガラスとなり果て、一方で彼女の価値は上がり続けた。
“元王女を口説き落とせば、そして願わくば妻にできれば…”
それはどの国家にとっても最大の利益を生み出し、あわよくば西方大陸の継承権が得られ、その夫となる家系の地位は、間違いなく繁栄が約束されている。ルナリア本人のあずかり知らないところで、凄まじい王女の攻防戦が始まった。
他方、ルナリアの争奪戦において、勇者の存在は疎んじられていた。彼がルナリアに一番近い存在であり、彼女の視線の先には常に、勇者がいることを、誰もが知っていたからである。王が婚約を急がせた理由もそこにあった。
様々な思惑でかつての王女を口説こうとする政略が続いた。王族、権力者、そして各種族長からのアプローチが日を追うごとに激しくなっていった。
しかし、それらをルナリアはどんな誘いも条件も躊躇なく跳ねのけ、あまつさえ自分に触れようものなら半殺にさえにした(グラントやチャイにはそう見えた)。
ルナリアはただの王女ではない。お人形のように、王宮で守られていたかつてエルフ王女とは違う。そこがルナリアの幸運でもあった。力で圧倒される弱い存在であった時代は、すでに遠い過去になっている。誰も彼女を力づくで奪うことなどできない孤高の存在になっていた。
だが、いくら孤高であっても、それは寂しく辛いだけだった。
会議と宴だけが無意味に続き、日に日に増えていく誘いの数々、また一方で一部の勢力からは亡き者にしようとする動きさえあった。しかも、目の前では彼の婚約が進んでいく…。そんな王都の日々にルナリアは耐えきれなくなってしまった。
“このままだと、わたし、最低の女になってしまう。”
塞ぎこむエルフを見て「もう王都を出ようか」と提案したのは、最後まで一緒にいてくれたグラントとチャイだった。口論相手だったアイリスも、王都に戻ると教会に呼び出されて帰ってこない…。
「そうね。そうしましょ…。ここに居たって仕方ないもの…」
数日間、泣いて、飲んで、暴れることが多くなった元王女は精神的に耐えきれなくなった。
目の前の婚礼式は、彼女にとっては、もう”脅威”にしか感じらなくなっていた。彼女には王が姫と勇者の婚礼を、自分への当てつけにさせて、自分を王都から追い出そうとしているとしか思えなくなった。
「ルナ…、行こう。ここに居ちゃ、お前が壊れちまう」
失意のルナリアは、終わりなく続く婚約の宴の中を、最後まで戦った仲間のドワーフとホビットに付き添われて、王都を離れることにした。
最後に王宮の白い塔を振り返りながら「必ず、ライム(ライアムを皆はライムと略称する)を奪い返すわ…」そう呟いた。それは彼女の本心からの言葉だったのだろう…。それを聞いたドワーフは、ホビットと目を合わし、互いに頷いた。
王はエルフの王女が王都を去ったことを、もちろん知っていた。
そうさせたのだからだ。
”王女を殺せ!”と王が命令したのかどうかはわからない。
しかし、ルナリアの後を追った数名の王宮直属の暗殺部隊が、誰ひとり、還ってくることはなかったという…。彼らは闇のような存在であったが、その終わり方も、やはり闇のように人知れず朽ち果てたのであろう。その記録はどこにも残されていない。