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果ての世界の魔双録 ~語り手の少女が紡ぐは、最終末世界へと至る物語~  作者: 西秀
第一部 一章 始まりの物語~噴壊包輝世界編~
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夜香の城1

学院に入学して一月ほどが経過し、俺を含めた周りの新入生たちが、それぞれの新たな生活に慣れてきた頃。


俺はいったって普通の、ありふれた学生生活を謳歌していたのだが――――あえて一つ訂正するとすれば、それは他とは違う特別な、魔法使いの友人がいるということだろう。


普段リセは朝から学院には来ておらず、授業を受けることもない。

昼休憩や放課後のちょっとした合間に、教室の俺の元を訪ねて来る。その前兆として毎回、周囲を流れる時間が時計の針を止めたように唐突に動かなくなり、俺とリセの二人だけの時間が出来上がるのだ。


 しかしそうまでして、する事といえば――――友人として、ただお互いに普通の世間話をするだけである。


 大概はリセの方から俺に対して話を振り、それにこちらが受け答えをするといった形だ。

 学院での生活。将来目指している進路。気になっている異性はいるのか........などなど。そうしてある程度時間が経つと、リセは教室から出て行き、それと同時に周囲の喧騒が堰を切ったように、音の波となって押し寄せてくる。


 いつもリセが、何処で何をしているのかは全くの謎であり、こちらから連絡を取ることもできない。そもそも携帯電話のような遠距離での通信手段、及び連絡手段といったものを、持っているかどうかも謎だ。


 これで友人としての関係を築けているのかと聞かれれば、あまり自信は無いが――――リセが問題なければそれで良いのだろう。




******




 そんな日々が暫く続き、あっという間に月日が流れて――――茹だるような暑さが和らぎ、心地よい涼しさと共に街の全体が、赤茶色に染まった木葉の絨毯に覆われる、季節の変わり目。


 その日、俺は学院での授業が終わると同時に職員室へと赴き、担当の教師にある物を提出した。学生のアルバイト許可証である。


 この学院では、学生がアルバイトをすることに関して、特にこれといった禁止事項は無い。その本人の素行に問題さえ無ければ、誰でも自由にアルバイトをすることが出来るのだ。


 学院での――――俺の学業の成績は中の上。目立った問題も無い為、あっさりと許可を貰った俺は、そのままの足で学院から徒歩二十分程の距離――――駅前の商店街通りから外れた場所に建っている、古本屋へと向かった。


 実は前から目を付けていた場所であり、自宅からも近場にある為、通勤の面ではバイト先として非常に都合がいい。


 給料の方は個人経営である為、そこまで高くないのだが、一日に店を訪れる客の数は高々知れている。そしてこの店でバイトしている時間は、商品である古本を読むなどして自由に過ごしてもらっても構わないということだった。


 その古本屋自体がオーナーの趣味だけで経営しているものらしく、儲けなど二の次。店番として誰かしら人がいれば、それで問題ないのだそうだ。かなりの好条件である。

 以上、得た情報から迷わずその古本屋をバイト先へと選んだ俺は、本日中に正式な契約をする為、足早に店へと向かっていたのだが――――


 「おやおや?そこを歩いているのは・・・・・・もしかして悠人さんじゃありませんか?」


 目的地である古本屋まであと少しという場所で、背後から声を掛けられた俺がその方向へと振り向くと――――リセが初めて会った時と同じ、全身黒ずくめの魔女のような恰好をして、その場に一人立っていた。


 周辺には俺たち二人の他に人影は無く、どこか遠くの駅の方から、聞き慣れた電車の走る振動音が響いてくる。

 どうやら今回は、いつも学院で会う時のように“世界の時間そのものが停止している”という事は無さそうだ。


 リセが神出鬼没であるのは、以前から知っていたのだが――――よりにもよって今日この場所で、こうして遭遇したとなると、十中八九は確実に俺を待っていたのだろう。どのような答えが返って来るか、分かりきってはいた。しかし俺はあえて、目の前にいるリセにそれを聞いてみることにした。


 「・・・・・・待ち伏せでもしてたのか?」

 「まさか!そんなことしていませんよ。私はただ自分の用事のついでに、何となく散歩がしたくなり、たまたま(・・・・)偶然(・・)、ここを通りかかっただけです」


 ああそうですか・・・・・・。

 あっけからんとそう惚けるリセに対し、半ば呆れた俺は、無言で話の続きを促す。


 するとリセは一枚の紙を、どこからか取り出して、それを俺に手渡した。見てみると端の方に少し皺が入っており、その紙の色が若干ではあるが焦げ茶色に変色してしまっているようだ。


 ――――バイト募集中 一緒に“骨董屋【夜香の城】“で働きませんか? 給料は応相談 通勤手段の補助あり――――


 渡された紙に書かれている内容を読んだ俺は、リセの顔を訝しげに見つめる。


 “どうですか?”とでもいうように、自信たっぷりな様子で答えを待っているリセの姿を見た俺は、その場で短く溜息を吐いた。

 どう考えても断れる気がしない。待ち伏せまでしていたのだ。そして――――この紙をこうしてわざわざ俺に、直接手渡してきたところを見ると、これは強制なのだろう。


 何にせよ話をしないことには先に進めない。そう判断した俺は取り敢えず、その紙に書かれていた気になる項目に関して、リセに聞いてみる。


 「ここに書いてある、“通勤手段の補助”って・・・・・・?」


 大抵の場合ならば、“通勤費の補助”と書かれていそうなものだが――――これではバイト先への通勤そのものを補助するという意味にしか捉えられない。


 “単純に、書き方を間違えただけ”――――その可能性も考えられたのだが、俺からの質問に対して、リセは待ってましたとばかりに、


 「それはですね・・・・・・いちいち細かく説明するより、実際に見てもらった方が早いでしょう」


 そう言うや否や、テクテクとその場から歩き出し、俺の本来の目的地だった古本屋である建物の前に立つ。



 リセはマントの下から、鈍い光を放つ黄金色の少し変わったデザインの腕輪を取り出して、それを自身の腕へと通した。

 そのまま流れるような動作で、リセが正面に見える扉の取っ手にへと手を掛ける。そして背後に立っていた俺に向かって、一度だけ意味ありげな視線を送ると、ゆっくりとそれを開いた。


 最初に見えたのは、霧のように濃い煙のようなもの。モヤモヤとしたそれが徐々に薄らいでいき視界が晴れると、見覚えのある――――“骨董屋【夜香の城】”の店内が現れた。


 一年前の雪の日の夜と同じで部屋の中は薄暗く、見渡す限りの空間に小さな埃が舞っていた。それが天井から吊らされたランタンの灯りを吸収し、ゆっくりと床へ向かって降り注いでいる光景は、まるで綿のついた植物の種が、風に乗って漂っているかのようである。


 「この腕輪は【指定の腕輪】といいまして、使用者の望む場所――――この地球上に限り一瞬で、どこにでも移動することのできる魔道具です。悠人さんに差し上げますので、これからはこれを使用して通勤の際に役立てて下さい」

 「魔道具・・・・・・これが?」


 リセから手渡された黄金色の腕輪を、俺は訝しげに見つめる。腕輪にはパチンコ玉ほどの大きさの、濃い紫色の石が一つだけ嵌め込まれていた。今の簡単な説明だけでも、この腕輪がとんでもなく高価な物であると推測できるが――――それをこうもあっさりと渡すところ、どうやらリセにとってはそこまで貴重な物ではないらしい。


 俺は手招きをするリセに導かれるようにして、部屋の中にへと足を踏み入れる。前に来た時と変わらず、所狭しと並べられた高い棚には、沢山の用途の分からない品々が陳列されていた。


 その全てが埃まみれであり、掃除は一切していないようである。

 部屋の中に一つだけある窓の向こう側を見てみると、先程まで外は昼間だったのに対して、今は真っ暗で何も見えない、夜よりも深い闇がどこまでも、延々と広がるばかりだ。


 「暗くて何も見えないな」

 「建物の外は特殊な結界で覆われていますから。真っ暗に見えても、実際はちゃんと昼間ですよ。それでは今から、このお店でやるべき仕事について説明をしますので、まずはそこにある椅子に座ってください」


 リセが指を小さく鳴らすと――――最初からそこにあったかのように、何もない空間から足の短い椅子が二組現れる。

 俺がその椅子に座ったのを確認したリセは、この店での仕事について説明を開始した。


 その内容はというと。


 仕事をする上で守らなければならない事は、大きく分けて三つ。

 一つ目は、棚に置いてある商品に決して手を触れないこと。

 二つ目は、店に訪れた客と会話をしないこと。

 そして三つめは――――店の二階へ上がらないことであった。


 さてお分かりだろうか。つまり・・・・・・何もしなくていいのである。

 じゃあ俺がいる意味があるのか?とリセに質問したところ、どうやらちゃんとした仕事が別にあるらしい。

 「今からそれを説明します」と告げた彼女は店の奥にある、階段の方へと向かって、


 「クロエ!」


 と、一言呼びかける。


 それから暫くして――――トテトテと、一定の間隔で小さな足音が聞こえてきて、俺たち二人の前に一匹の猫が姿を現わした。


 黒白の毛並をした、雑種の小柄な猫だった。足先とお腹、そして顔の半分が灰白の毛に覆われており、その他の黒い毛の部分は癖毛のようにはねている。体重は三キロほどだろう。大きな黄色い目と、膨れた丸顔が印象的だ。

 一見どこにでもいそうな、普通の家猫のようではあるが・・・・・・リセにクロエと呼ばれたその猫は、俺に向かってその大きく見開いた両目を向けると、


 「思ったより間抜けな顔をした小僧だな。おいリセ、お前こんな男が趣味なのか?」


 そう女性の――――舌足らずな子供の声で話をし始めた。


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