私(あなた)はロボット(人間)ですか?
「はい。ノルデン中尉。整備は終わりましたよ。具合はどうですか?」
狭いテントの中、作業ツナギを着た若い女性が目の前の若い男性に優しい口調で言った。ノルデン中尉と呼ばれた青年は、緑色を基調とした迷彩服に身を包んでいる。太ももには拳銃入りのホルスターが括り付けられており、一見して軍人である事をうかがわせる。
ツナギを着た女性は知的で整った顔立ちであり、彼女に話しかけられた男は普通なら嬉しそうにするものだろう。しかし、ノルデン中尉は不満気な表情を隠せない。
「マリア大尉。具合なら自分にではなく、キクに言うべきでは?」
「ふふ。そうね。キク。具合はどうかしら?」
「はい。マリア大尉。調子は良好デス。整備に感謝しマス」
マリア大尉は目の前の作業台に向き直ると、そこに横たわる人型の物体に向かって先ほどの問いを再度投げかけた。それに対してキクと呼ばれた人型の物体は、流暢だが何処かに金属的な響きが残る音声で返答し、作業台から立ち上がると深々と丁寧なお辞儀をした。
「あら? 何処かバランス調整がおかしいのかしら?」
「いいえ。これはお辞儀と言って、昔ニホンと呼ばれていた地域で礼を示す仕草です」
「あらそうなの」
マリア大尉は興味深げに言った。現在の世情からこの様な無駄な機能を付けているロボットは珍しい。
現在、ノルデン中尉やマリア大尉の所属するピクト連合国は、隣国のバリアース共和国と戦争中であり、彼らの所属する国軍の保有する軍事用ロボットは、当然戦闘能力に特化したものばかりなのだ。
人類が月に到達してからかなり経過した頃、ついに月面に生活拠点を築くことが可能になった人類は、その中でロボット技術を発達させていった。そして、人類の悲しい性と言うべきか、能力を向上していったロボット達はすぐに戦争の道具として使役されるようになっていった。
≪ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。≫
これはロボット工学三原則の第一条であり、これはあらゆるロボットの人工頭脳に組み込まれた原則であり、この原則が組み込まれていないロボットは動かないように設計されている。また、第一条は他の原則よりも高い優先順位で設定されているため、この原則がある限り人間に危害を加える事をの代表格とも言える戦争に参加させるなど、本来出来る訳も無かった。
だが、人類の悪知恵は三原則を考案した人々の裏をかくような事を思いついた。
ロボットは人間を攻撃出来ないのであれば、人間以外を攻撃させればよいのである。
人類が月に進出したこの時代、戦争の主役は既にUAVやUGV等の人間以外に移っていた。また、長距離ミサイルも旧時代から続いて重要な価値を有していた。これらをロボットが撃破するのは、当然三原則上問題はない。
ロボットの発達によって得られた技術を、UAV等に反映させて性能を向上させる試みは当然のことながら行われた。しかし、旧時代に人間が磨き上げてきた戦闘技術を、同じ姿をしたロボットはより高度に反映できる為か、性能の向上競争は最終的にロボットの勝利に終わった。旧時代においてそれぞれの戦場で最強を謳われていた兵器である戦車や戦闘機を無人化した物も、コストと量の関係でロボットの方が有利と結論付けられた。
興味深い事に、四本足の動物型ロボットも様々な検証過程で作成され、試験されたのだが、結局人型ロボットが最良との判断が下された。
人は、爪も牙も無く、脆弱な筋力しか持たないが、殺し合いに関してはあらゆる生物の頂点なのかもしれない。その様な冗談ともつかぬ話がロボット技術者の中で一時流行ったのだが、それは置いておこう。
とにかく、戦争においてロボットが最強の地位を占めるようになったのであるが、これは同時にある事象を引き起こした。
戦場に人間が戻って来たのだ。
ロボットは。強力無比な無人機やミサイル、そして敵対するロボットを撃破する事が出来るのだが、唯一それが適わない存在がある。人間だ。
ロボット工学三原則によりロボットに攻撃されず、一方的にロボットを攻撃できる存在として人間の兵士が再び重視され始めた。
貧弱な人間では扱える兵器に限界があり、ロボットに対する攻撃は有効ではない。携行できる重量の兵器はロボットの装甲を簡単に抜くことは出来ないし、ロボットに勝てる程の戦車や戦闘機はこの時代発達しすぎて。最早人体は耐えることは出来ないのだ。しかし、それでも一方的に攻撃できるというのは魅力である。
ある戦争で某国が近年の戦史で見ることが出来ない、大量の兵士を動員して成果を上げたのだ。
そして、これに触発された全世界の国々が、人間の兵士を拡充させていく流れが生まれたのである。
人類の愚行もここに極まった感がある。最早過去の遺物として扱われている宗教家達は、ハルマゲドンや末法の世を叫んだ。
ただし、そこまで人類は愚かでは無かったようだ。全世界の軍が人間の兵士の兵士を大量動員することで、ある種の均衡が生まれた。ある一方のロボットがもう一方のロボットを多数撃破し、有利な態勢になったのならその時点で勝敗を決するようになったのである。流石に全兵士が玉砕するまで戦う様な愚行は犯さなかったのだ。
また、人間の兵士は出撃の際は味方のロボットと離れて行動する。なぜなら第一条は敵の人間にも適用されるため、味方のロボットが敵兵を守るのでそれを防がなくてはならないのだが、作戦行動が終わったらロボットに守られた陣地に帰還する。このロボットに守られた陣地を制圧することは人間には困難だし、ロボットは人間を巻き込むような戦闘行動を出来ない。つまり、安全地帯が生まれたのだ。
旧時代には休息感も、敵兵に怯えていたのが嘘のようである。
兵士は疲労などにより、追い詰められ精神が損耗するとロクなことをしない。過去の戦例を見れば、戦争犯罪が行われるのは長期間の精神的疲労が重要な要因である事は明らかである。人間はロボットと共に戦うことで、皮肉にも人間性を保ちやすくなったのだった。
これらの事により、旧時代よりがまだ人間性を保った戦場が発生し、そこで人はロボットと協力して戦っているのだった。
キクの整備が終わってから数日後のことである。ノルデン中尉はいつもの様に出撃して戦闘をこなした後、ロボットの守る安全地帯に戻って来ていた。
帰還してすぐに士官が集められ、中隊のミーティングが行われており、中隊長のエイベル大尉が戦況の説明やこれからの作戦についての注意事項を徹底している。
エイベル大尉の話を総合すると、戦況はピクト連合国軍が優位であると言えよう。
一年前のバリヤース共和国による奇襲で、大規模な被害を受けた事が夢の様だ。
「後、詳細は確認中だが、いくつかのロボットで守られた陣地が壊滅したらしい。警戒を厳にするよう心がけよ」
「ロボットで守られた陣地が壊滅するなんて聞いたことありませんが、どうしたってんですか? ロボットの電源を切ってたんですか?」
ミサイルや空爆は、ロボットさえいればそう簡単に食らうものではない。皆怪訝そうな顔をしている。
「分からん。 とにかく気をつけろ。 他に質問は無いな? 以上、解散!」
ミーティングを終えたノルデン中尉は、部下に結果を伝達するためにその場を去ろうとしたが、エイベル大尉に呼び止められた。
「ノルデン中尉。今日も見事な活躍だったそうだな。敵陣地のロボットを、パートナーのロボットと共に壊滅させた手際は実に見事じゃないか」
「いえ。キクが優秀だっただけです」
「そう謙遜しなくても良いのだがな。まあ、一年前に着隊した時は、青白い学生のお坊ちゃんと、よくわからないロボットをどうしてくれようかと思ったが、よくここまで成長したもんだ」
ノルデン中尉は静かに頷くだけだった。
一年前のバリヤース共和国の奇襲で、ピクト連合国の首都は大規模なミサイル攻撃で被害を受けた。そして、当時大学で機械義肢を研究する学生だったノルデンも巻き込まれ、ロボットを研究していた友人を失ったのだ。キクはその友人の形見である。
奇襲で被害を受けたピクト連合国は、学生にも兵士の募集を広げ、復讐に燃えるノルデンはこれに志願したのである。
更に、ロボットが不足していた事から、軍へのロボットの供出も進められており、ノルデンはキクと共に入隊したのであった。
ノルデンは最初の頃は、体力の無い頭でっかちの落ちこぼれであった。しかし、体力などすぐに付くものである。努力と実戦経験を重ねて次第に屈強な体を手に入れた。そしてロボットに対する深い知識は、この時代において多大な戦果を積みあげる重要な要素だったのであjる。
それに加えてキクは、当初から期待以上の戦果をあげた。
キクは本来軍事用のロボットではない。大学で人工頭脳の研究をするために、ノルデン中尉の友人であるサクラが作り出したものだ。人工頭脳自体は新しい技術が取り入れられているものの、戦闘に必要な出力や耐久力は平均的な軍事用のロボットを下回るものだった。それでも開戦当初の準備不足、奇襲を受けた事による兵器工場のストップ等を受けて、使えそうなロボットは供出されたのであった。
かき集められた非軍事用のロボット達は、当然のことながら次々と無残に破壊されていった。
しかし実際に戦闘に参加したキクは、恐るべき性能を発揮した。
ロボット本体の出力などが多少低かったとしても、取り扱うロボット用兵器は他のロボットの物と同じである。そして、使用する兵器が同じなら、その戦果を分けるのは扱うロボットの人工頭脳である。サクラの作成したキクの人工頭脳は、他の軍事用ロボットのそれを圧倒したのだ。
キクは人間の兵士達の休息中の護衛から、敵のロボットの排除などのあらゆる任務で抜群の戦果を上げた。キクの愛用武器である50mm機関砲は、ロボット、無人戦闘機、無人戦車などのあらゆる敵を撃破した。
軍はキクの戦果に驚愕し、人工頭脳のプログラムを解析して量産しようとしたのだが、その試みは失敗に終わった。研究途中だったキクの人工頭脳にはブラックボックスが多く、無理をすれば取り返しのつかない事になるかもしれない。
そして、キクへの命令を下す事の出来る、最上位の権限を持つのはノルデン中尉だった。
≪ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。 ≫
ロボット工学三原則第二条により、ロボットは人間の命令に服従する事が義務付けられているが、そこにはやはり順位が存在する。
キクの命令に関する優先順位で、第一位は製作者のサクラ、第二位はその友人のノルデンであった。そしてサクラが空爆で死んだ今、最上位者はノルデンなのである。
キクへの命令が容易である事を考慮されたノルデンは、キクと同じ部隊に配属された。そこで優秀なロボットであるキクと行動を供にしたノルデンは、キクの性能に助けられて勝利を重ねていったのだ。勝利の経験は貧弱な学徒を強靭な兵士に作り変えた。元々友人の敵討ちという目的意識も影響したのかも知れない。
ミーティングを終え、エイベル大尉との会話も終えたノルデンは、自分の部下達の所に向かおうとした。その時、けたたましい警報が鳴り響く。
このパターンは空襲警報である。
「総員! 対空配置に付け! 迎撃するんだ!」
ノルデン中尉が指示を叫んだ直後、陣地内どこかで轟音が鳴り響く。空爆を喰らったようだ。
「警報から間を置かない攻撃……これは無人機の空襲か!?」
警報はある程度の時間的余裕を持って鳴る。そうでなければ警報の意味がないからだ。そしてその時間的余裕を利用して、防御の準備を整えるのだ。
そして、敵も相手が準備を整えるのを、ただ黙っているのではない。準備させないためにステルス技術を使ったり、どこに攻撃するのか分からないように陽動したりと色々な手法があるのだが、単純なのが攻撃の速度を上げる事だ。
現在の警報の技術では、航空機の最速の攻撃に対しては準備出来る時間が非常に少ないのだ。ただしこれには一つ制限があり、あまりのスピードに人間は耐えられないため、無人機とするしかないのだ。
そして、ロボットの対応速度なら、この無人機に対しても対処出来るのである。
「おい! そこの! 次に来た爆撃機を撃墜するんだ! いいな!?」
ノルデン中尉はすぐ近くにいたロボットに、即座に命令を下した。キクとは違い直属のロボットではないが、士官であるノルデン中尉の言う事なら聞くはずである。
「ソノメイレイハ、キケマセン」
「何だって? もう一度言う、撃墜するんだ!」
ノルデン中尉は再度命令を下したが、結果は同じであった。
人間の命令を聞かない。これはロボット工学三原則第二条に反しており、特に厳しい軍事上の規格を守る軍用ロボットが命令を聞かないなどあり得ない。
そうこうしている間に、第二撃目が炸裂する。今度はもっと近くに食らった様で、轟音だけでなく爆風がノルデン中尉を襲った。同時に吹き飛ばされた破片も飛来して、ノルデン中尉の四肢を切り裂いた。精度を増していると判断可能であり、次は命が無いかもしれない。
「何故命令を聞かないんだ? このままだと、俺達人間が死んでしまうし、お前達だって破壊されてしまうぞ?」
≪ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。 ≫
ロボット工学三原則第三条でそう定められている。つまりロボット工学三原則の全てが、ノルデン中尉の命令を聞く事を肯定しているのだ。なのに聞かない。
そして、目の前のロボットだけでなくこの陣地にいる多数のロボットが、皆んなが皆んなこの空爆に対して無反応なのだ。
「アノコウクウキニハ、ニンゲンがノッテイマス。ノウハガケンチサレテイマス。コレヲキズツケルコトハデキマセン」
「脳波? 人間が乗っているだって? そんな馬鹿な」
あの高速で飛翔する機体に、人間が乗って無事など信じがたい。だが、ロボットが嘘をつく理由も無いのである。
ノルデン中尉の問い掛けは、ロボットの人工頭脳にとって負荷がかかるものだったのだろう。ついに機能を停止してしまった。
「ノルデン中尉! ここにいましタカ!」
混乱していたノルデン中尉に、キクがホッとした様子で声をかけて来た。この非常事態で心配になり、探しに来たのだろう。
「キク。俺達を攻撃している敵機を撃墜出来るか?」
「可能デス。お待ち下サイ……今ダ!」
キクはさっきのロボットが渋り続けたのが嘘の様に快諾し、空に50mm機関砲の狙いを定めるとタイミングを見計らって発射した。程なくして破壊音が鳴り響く。呆気ない様だが撃墜に成功したのだ。
「良くやった。キク。おかげで助かった」
「恐縮デス」
キクは深々とお辞儀をして称賛に答えた。
生き残った事を喜ぶノルデン中尉の目に、駆けつけて来た他のロボットや兵士達の姿が目に入る。
「今頃やって来たか。おーい!」
その時ロボット達の持つ機関砲が発射され、無慈悲な弾丸がキクを襲った。味方による完全なる不意打ちで、キクは全く反応できずに攻撃を食らい付こう部品を撒き散らして動かなくなった。
「な……何をするんだ!」
空爆によって負傷した体を引きずって、キクを破壊したロボットに食ってかかる。そして、ノルデン中尉の耳に入って来たのは次の言葉だった。
「ニンゲンニキガイをアタエタロボットハ、ショブンシナケレバナラナイ」
「マリア大尉! キクを治してやってくれ!」
マリア大尉のロボット整備用のテントに、ノルデン中尉が血相を変えてやって来た。まだ怪我が治りきっておらず、松葉杖を使っている。
「ノルデン中尉。事情は聞いています。だけどそれは出来ません」
「何故です? 完全に破壊されてしまったからですか? なら人工頭脳のチップを利用すれば……」
「それも出来ません。何故ならキクの人工頭脳は不良品だからです」
「不良品だって?」
ノルデン中尉は愕然とした表情になった。マリア大尉は残念そうな口調で続けた。マリア大尉はノルデン中尉とキクの製作者であるサクラの大学の先輩であり、キクへの思い入れを知っているのだ。
「そうです。人間の乗った飛行機を破壊する。これはロボット工学三原則第一条に反する行為です。その様な行為をするロボットを復活させるなど出来ないのです」
「そう……ですか……」
ノルデン中尉は肩を落としてテントを立ち去って行った。
「キクの人工頭脳を持っているのですか?」
マリア大尉はノルデン中尉の後姿に問い掛けたが、それに答える事は無かった。
キクが破壊されてから数ヶ月後のことである。
「それではこれで、除隊の辞令が下りた事になる。これで救国の英雄様も一般人という訳だ」
「長い間お疲れ様でした」
軍の事務室で、エイベル大尉がノルデン中尉に辞令書を交付している。マリア大尉も同席しており、祝辞と労いの言葉をかけた。
「ハイ。ありがとうございマス」
ノルデン中尉は短節に謝辞の言葉を述べた。彼の四肢は金属の冷たい光に放っている。
「お前が撃墜した爆撃機から、あれが発見されなければまだ戦争は長引いていただろう」
数ヶ月前の負傷により四肢にダメージを受けたノルデン中尉は、自分の大学時代の研究を利用して、四肢を機械化したのである。それにより、ロボットにしか使用できなかった重装備を使用出来る様になったのである。
そして活躍はここからである。
以前と同じくロボットが対処出来なかった爆撃機を、ノルデン中尉が見事に撃墜したのである。しかも不時着出来るくらい機体の損傷を抑えてだ。
そしておぞましい事実が判明する。
機体に乗っていたのは人間の脳だけだったのである。
生身の人間が耐えられない高速の航空機に脳だけを乗せ、ロボット達の人間判定を誤認させていたのだ。
ピクト連合国軍を含め、世界基準の軍用ロボットは脳波で人間かどうかを判断している。バリヤース共和国はその裏を書いたのだ。
キクは最速の人工頭脳を開発する過程で誕生している。脳波のみで判断していなかったために騙される事なく、あの日敵機を容赦無く撃墜出来たのだ。
バリヤース共和国の所行は、国際世論の反発のみならず、反政府勢力の活動を活発にさせた。これらにより戦争継続が困難となったバリヤース共和国は、ついに停戦を申し出て来たのだ。
つまりノルデン中尉の一撃が戦況を変えたと言っても良い。
「しかし、ロボット用の兵器は、脳内の処理が追い付かないから人間には使用不能だと聞いていたが、良く使いこなせたものだ」
エイベル大尉が不思議そうな顔をした。ノルデン中尉は何も答えない。
「脳だけを乗せていた事が発覚してから、脳波のみで人間か判断しない様にロボットを改修しましたが、それが本当に良かったのか……」
マリア大尉の言う通り、人間の定義の枠を絞る事には異論もあった。しかし、戦争という非常な現実がそれらの声をかき消した。
「どうでしょうカネ。結局のところ何が人間なのかなんて、誰にも定義出来ないのかもしれまセン」
マリア大尉の自問ともつかない言葉に答えたノルデン中尉は、軽くお辞儀をすると、回れ右をして部屋から立ち去って行った。
その時マリア大尉は、ノルデン中尉の後ろの首筋に、何かチップを埋め込む様な機械が埋め込まれているのを発見する。だが、それに関して何も言うことはなかった。
人間に関する定義が困難な様に、ロボットに関する定義も明確にする事もまた困難なのかもしれない。マリア大尉はそう感じるのであった。
本文で技術しているロボット工学三原則は下記の小説から引用しています。
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、
自己をまもらなければならない。
(出典:アイザック・アシモフ『われはロボット』小尾芙佐訳、早川書房)