第23話 ヘドロ
「メリダ様!」
侵入者とは思えない大きな声で部屋へ入る。
睡眠効果は部屋の中まで影響がなかったようだ。
「ミライ!」
二人が抱き合う。
「大丈夫でしたか? 何かされませんでしたか?」
「ううん。大丈夫まだ何もされていないわ」
「まだということは!」
「そうね、既に結婚相手を用意しているそうよ」
「やはり」
王子は妹が誘拐されていたのに結婚の準備を進めていたようだ……何も言うまい。
「もう時間がありません! これを使って本当の結婚相手を探して下さい!」
メリダ姫がペンダントにされた神石を渡す。
「結婚式は明日です」
なんと急な結婚式なのだろう。
その間に婿を探すクエストというわけだ。
「もうこれしか方法がないんです! どうかお願いします!」
このクエストに受注の意思は関係ないようだ。
進行中クエストに自動で追加される。
しかし、ノーヒントで探せるものでもないので案内役ぐらいは欲しい。
「ミライも協力してくれるのか?」
するとミライが口を開く。
「西の森に賢者と呼ばれる人物がいるとか。彼ならばもしかして……」
ヒントのようだ。
どうやらここからは案内なしで進む感じだ。
「もちこさん西の森行ってみる?」
「そうですね。現状それしかないかと」
とりあえずヒントどおりに進むことになった。
☆
「なんでダンジョンなんだよ!」
「なぜでしょうか? 凄くゲーム性を感じます」
ヒントをもらい賢者を探したのはいいが、なぜかダンジョンに潜らされていた。
賢者の男はダンディな中年男という感じで渋い男だった。
神石を見せると見事に反応してくれた。
これで解決かと思ったが、賢者はやりたいことがあるらしくメリダ姫との結婚の条件としてダンジョンボスの魔石を要求してきた。
「ボスは強くないと聞いてたけど、トラップが多すぎるんだよ!」
これでは自慢のハルバードも活躍する場がない。
「あ!」
もちこさんの不穏な声と共にトラップが俺に襲い掛かる。
「なっ! あっ!」
飛来する槍を躱して着地した地面が落とし穴になっていた。
「コウさん!」
トラップの役目が終わると地面が元に戻っていく。
穴から吐き出されるように飛び出た俺の姿を見て駆け寄ってきたもちこさんの足が止まる。
「もちこさん……」
「あ、いえ、なんでもないです」
「わかってる! わかってるから無理して近づかなくていいよ!」
もちこさんは蟲をまとっている俺に近づかなくてもいいと言われるとほっとしたような顔で後ずさりした。
自分で言ったとは言え、少なくない心のダメージを負った俺は体の蟲たちを払う。
VRだからというのか、HPに対するダメージというより精神的なダメージを狙っているようにしか見えない極悪トラップをどうにか避けながら進んでいくとダンジョンボスのところへたどり着いた。
「時間はかからなかったけど、凄いダンジョンだったね」
「はい。できれば二度と入りたくないです」
少なくない精神ダメージを負った俺たちは終わりが見えほっとする。
「入ろうか」
さっさと終わらせたい一心でボス部屋に入る。
中に入るとボスの現れる演出と共に周りに明かりが灯っていく。
そしてボスの全容が明らかになると同時にもちこさんから思わず声が漏れた。
「無理……」
そうだろう。
スライムにしては、ドロドロとした見た目に変な蒸気まで出している。
おまけに色が緑で触ったら病気にでもなりそうだ。
「賢者はなんて言ってたっけ?」
「凄く弱いボスだから大丈夫だと」
「それと?」
「生きた状態で取り出せと」
「つまり?」
「コウさん頑張ってください!」
賢者曰く。
ボスはとても弱いので安全だと。
賢者曰く。
生きた状態で魔石を取り出すべしと。
もちこさんの視線がなぜか嬉しくない。
俺は覚悟を決めて液状のボスへ近づく。
ボスの名前に目をやる。
俺はその名前を見て運営の悪意を感じる。
『ヘドロ』
そのままの意味なのだろう、少し殺意が湧いた。
「VRの馬鹿野郎!」
自分の掛け声とともにヘドロの体に手を突っ込む。
ここまで何もしてこなかったヘドロが動き出す。
「え! え!」
もちこさんの驚いた声とともに俺の全身はヘドロに包まれた。
幸い呼吸をしなくても平気なようだ。
俺は緑色に染まった視界の中、淡く光る魔石をつかみ取る。
抵抗を感じるが魔石を引っ張りながら脱出を試みる。
(ん?)
歩いても外に出れる様子はない。
(こいつ! 俺を外に出さないつもりか?)
自分のHPバーを確認すると徐々に減っている。
どうやらヘドロは俺からドレインをしているようだ。
(倒さないで脱出しないといけないんだよな)
歩くとヘドロも動いて外へ出さないように動く。
(うおらぁーーーーー!)
ダメージを与えるスキルや武器は使えない。
万が一でも倒してしまうとまたダンジョンを1から始めることになる。
HPバーの上に毒状態が表示された。
HPの減る速度が上がる。
とにかく早く外へ向かって全力で進む。
走るイメージで進むとなんとか外へ近づいているようだ。
魔石を強く握りしめながらついに1メートルほどで出られる位置まで到達する。
HPを確認すると残り2割程度だ。
毒の状態に加えドレインがHPを削ってくる。
と、そこでようやく外へでた。
「だぁーーーー!」
また飲み込まれてしまわないように全力でヘドロから離れる。
地面に倒れこみながら振り返ると、魔石を抜かれたヘドロが崩れていくのが見える。
「コウさん……」
労いの言葉をかけようとしたのか、鼻を抑えながら近づこうとしたもちこさんの足が止まったのを見て、少なくない精神ダメージが最後に入った。