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1.女神からの招待

「よし! 最終ビルド終了。システム再起動」


 掛け声とともに、(かみ)(かわ)()(ろう)はフィルディ・システムを起動した。


 フィルディ・システムとは、史郎が長年開発しているVR(ヴァーチャル・リアリティ=仮想現実)で作られたゲーム世界を動かすためのコンピューター・システムだ。

 彼が考案した新しいアーキテクチャー(設計思想)に基づいたシステムで、それまでにない程に現実感のある、複雑な世界設定と環境を構築できるようになっている。


 史郎はVRヘッドセットを装着し、音声コマンドを発する。


「ミトカ、システムの状況を報告してくれ」


 ミトカとは、音声で会話できるヘルプ(補助)AI(アーティフィシャル・インテリジェンス=人工知能)の名前だ。これも彼が独自に開発した最新鋭のAIでもあり、会話でやりとりできる。


 装着したVRヘッドセットは昔よりかなり小型軽量で、映像と音声入出力すべてがそろっている。

 もっとも、SF小説であるようないわゆる感覚フルダイブ型ではない。残念ながら現代の科学技術ではまだまだ脳と機械を接続するのは不可能なのだ。


 それでも視覚分野に限れば視野角180度以上、解像度も視野中心部分で4Kディスプレイ並みにある。昔に比べて大幅に上がっていてそれなりの臨場感は楽しめるのだ。


「システムの全エンジン、正常に稼働しています。更新フレームレートは240FPS(Frame Per Second)を維持しています」

 中性的でやや機械的な声でミトカが報告してきた。


「システムのステータス・スクリーンを表示しますか?」

 ミトカが(たず)ねてきた。状況に応じて必要なことを提示できる優れもののAIなのだ。


「うん、たのむ」


 視界の数メートル程先に80インチスクリーンほどの大きさの画面が6枚ほど表示され、システムの稼働状況が表示される。ステータスチェック項目はすべてグリーン表示だ。

 必要な項目を確認した後、史郎はざっと360度、周りの景色を眺めた。


「うん、絶景だな! 遠くに見える山脈に、森や湖。せっせと作りこんだ甲斐があったというもんだ! といってもアルゴリズムによる自動生成だけど。いや、まあ作りこんだアルゴリズムが自慢か」

 史郎は満足そうにほほ笑んだ。


「とりあえず統合テストは大丈夫そうだな……。ふー、しばらく徹夜続きだったからさすがに疲れたな」

 そうつぶやくと、史郎はヘッドセットを取り外し、椅子に深く座って背もたれに体をあずけた。


 史郎は大学2年生で今年19歳になる。工学部サイバー分子生物学専攻。根っからのプログラマーで、自作アプリで小さなベンチャー企業を作っているくらい熱心だ。


 父親が優秀なソフトウエアエンジニアだったこともあり、幼少のころからプログラミングを教え込まれつつ遊んで育った。なので、プログラミングに関しては、母国語を話すかのように書くことができる。

 寝ても覚めても三度の飯よりも好きなプログラミング、という性格もあって、いったん作業に入ると徹夜続きでコーディングをすることはざらにある。今回は最終仕上げとあってかなり作業を詰め込んだため、疲労がたまっているのである。


 史郎が今開発しているシステムは、自宅の一室に設置した五百台を超えるパソコンを接続して分散処理を行う世界シミュレーション・システムの試作版である。


 パソコンと言っても(あなど)るなかれ。今どきのパソコンは一昔前のスーパーコンピューター並みの性能を持っている。五百台も接続すれば、かなりの分散処理能力を持つ。

 それでも大きさもせいぜい1メートル立方程度の大きさなのだ。


 そのハードウェア上で動く世界シミュレーターは、史郎が子供のころから夢見た剣と魔法の世界を実現するための彼だけのVRシステムなのだ。


 史郎は、すべての物を一から作るのが好きなので、シミュレーターの要となる「世界エンジン」はまったく独自のアーキテクチャーをもとにした、設計製作すべてにおいて自作の物だ。

 

 この日、ようやくシステムの再ビルドと再起動、そして安定稼働に成功することができたのだった。


 そこに、ピンポーンとインターホンの呼び出し音がした。


「ん? こんな時間に人が訪ねてくるなんて珍しいな?」


 時刻は夜9時を回っている。史郎はいぶかしく思いながらもインターホン画面で確認すると、女性が映っているのが見えた。

 史郎はとりあえず扉を開けることにした。


 そこには、長い黒髪が腰あたりまである西洋人風の女性が立っていた。

 髪はゆったりと腰のあたりでまとめている。小麦色のよく日に焼けた肌で、目鼻立ちが整っている。灰色の目に吸い込まれそうな、ハッとするほどの美女だ。


 ビジネススーツの上に真っ白い高級そうなコートを着ており、すらっとした体形と背丈。背は史郎よりやや高めにみえる。


「神川史郎さんですね? 初めまして、わたくし、フィルミアと申します」


 透き通るような声に、史郎は一瞬聞き惚れた。


「えっと、はい、こ、こちらこそ初めまして。えーと、どのようなご用件でしょうか?」

 フィルミアのあまりにもの美しさにうろたえて、史郎はどもりながらも何とか尋ねた。


「実は史郎さんが開発されているシステムに関してご相談があります」

 フィルミアは単刀直入に言った。


 史郎は内心驚いた。彼が開発しているシステムは個人で開発しているもので公開もしていない。

 つまり誰も知らないはず。史郎はそう考えると、彼女に質問することにした。


「えーっと、僕のシステムのことをどこでお聞きに? いえ、まー、とりあえずお入りください」


 史郎は戸惑い警戒しつつも、なぜかなんとなく大丈夫そうな気がして、その女性をリビングルームに招き入れることにした。


 ――なんだかどこかで会ったことがあるような気がするが、こんな美女一度会ったら忘れるわけがないし、気のせいだろうか……?

 史郎はふと気になったが、気を取り直し、とりあえずリビングのソファーに対面に座ることにした。


「それでは、あらためて。どのようなご用件でしょうか?」

 

「はい。実は、史郎さんには、私が管理しているシステムの開発にご協力願えないかと思いまして。ぜひ、私の世界にご招待させていただきたいと思ったのです」

 

「システム開発関係の方ですか? ……えっと、世界に招待、ですか? つまり、あなたの会社への招待、という意味でしょうか?」

 

「いえ、私の管理する()()()()()()です。ちなみに、史郎さんに敬意を表して『フィルディアーナ』という名前です」


 史郎はますます混乱した。

「すみません、ちょっと話がよく分からないのですが……」


 フィルディアーナというのは、まさに、史郎がようやく起動に成功したシステムで動く予定の世界の名前だ。同じ名前の世界に招待という表現に、彼の理解が追い付かない。


「実はわたくし、女神をしておりまして、ここ地球からみて異世界となる『フィルディアーナ』世界の管理神をしているのです」

 フィルミアはサラッととんでもないことを言い出した。


「…………」史郎は何と返答すればいいか分からず、言葉に詰まった。


「そして今、その世界で問題が起きているのです」フィルミアは悲しそうな表情をし、つづける。

 

「その問題はシステムの深刻なバグと思われていて、世界の内部から調査・修正する必要があると考えています。しかしながら、神の管理規則として、いったん稼働した世界には神は直接の手出しができないことになっているのです。なので、その役割をぜひ史郎さんにお願いしたいと思いまして」

 フィルミアは説明した。


 史郎の混乱は収まらない。

「えーと、女神というと、女性の姿の神様というような、あれですか?」

「はい、あれです」

 フィルミアは慈愛を込めた悪戯っ子のようなほほ笑みを浮かべ、史郎の目をじっと見て答えた。


 史郎は彼女に少し見とれて思案した。そして、

「で、その世界のシステムの、つまり、トラブルシューティングの依頼ですね?」

「はい、そのとおりです」

「……」

 

 史郎は何と言ったらいいのかわからない表情でフィルミアを見つめる。

 いままでも、システムのトラブルシューティングの仕事はしたことのある史郎だが、さすがにこの話はおかしいと思い、戸惑う。


「ふふふ。すみません、突然女神だと言って、こんなお願いをしても信じられないでしょうね……?」

 フィルミアは困惑した史郎の顔を見て微笑んで言った。


「いや、まあ、ハハハハハハ」

 史郎は乾いた笑い声を出すしかなかった。


「では、こうすれば信じていただけますでしょうか?」

 

 フィルミアは両手を神社でのお祈りのように合わすと、一度パチンと手をたたいた。

 

 すると、一瞬で、自分たちが座っていたソファーとテーブル以外が消えてなくなり、周りが真っ白な何もない空間になった。

 

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