母校への登校をもう一度③
「ふう、日差しがきついな」
村唯一の駅、といっても無人駅ではなくちゃんと駅員がいる駅、谷森正昭は恨めし気に夏のきつい日差しを手で遮りながら見上げる。
「まったく、いくら田舎でも屋根付きの場所位はちゃんと設けるべきだな」
少し辛そうに汗を拭う谷森の横でケロッとしているのは塚本須美だ。
「だらしないなぁ、谷森も運動しなよ運動! だから勉強馬鹿なんて言われるんだよ~」
「運動馬鹿と比べられても困るな、それに俺はお前のように丈夫ではないからな」
「女に対して言う事じゃないな~、だから彼女も出来ないんだよ」
「舐めるなよ、明日で付き合って一か月記念を迎える」
「え!? マジ!? つーか明日記念日なのに何で同窓会に参加したの!?」
「クラスメイトも大事だと誠意を尽くした」
「ああ、そう、っていうか、ちゃんと記念日とか覚えているんだ、意外……」
「何を言っている、そもそも彼女が出来たのはお前のアドバイスのおかげだぞ」
「えー!? アドバイスなんてしたっけ?」
「彼女の好みを分析して、無理のない範囲で相手に尽くすこと、後は合う合わないはどうしても存在するから、相手との距離感を計ること。付き合い始めたら誕生日は基本として一か月記念、三か月記念、半年記念、一年記念を覚えること。彼女の服装チェックをちゃんとすること。そのチェックを基に変わったらちゃんと指摘すること、褒め言葉はかわいいだけでも十分だが、時々寒くてもいいから気障な言葉を使うのもありだということ。そのとおりにしたら上手くいった、感謝するぞ、やはり女心は女に教わるのが確実だ」
「あ、あー、そんなこと言ったね、言ったっけ? って、それって多分雑談の中の話だと思うんだけど、しかも、教えてそれをあっさり出来て、彼女が出来たって、す、すごいよね、あのさ、あんた、黒瀬みたいな才能があるかも」
「あいつと一緒にするな、俺は今の彼女一筋だし、他の女は誘いは断っている」
「ほ、他の女の誘い? こ、ことわる、へ、へー」
「まあ塚本を含めたクラスメイト4人だけは、大事な友人だからと、連絡を取りあったり遊んだりすると、これも誠意を尽くして納得してもらった」
「…………」
色々な意味で絶句している塚本。
「それにしても後悔はないのか?」
「へ?」
「バスケだよ、県大会ベスト4までいったのに、強豪校の誘いを断るなんて、俺はやはりもったいないと思うがな」
塚本須美は運動神経抜群、中学時代唯一合併先の中学バスケ部に所属、そこで市大会優勝、県大会ベスト4という輝かしい成績を残し、強豪校からのスカウトもあったが結局普通の高校に進学した。
という谷森正昭の言葉になんてことはないと言ったばかりに首を振る。
「逆に県大会に出てさ、全国レベルを肌で体感したからで踏ん切りがついたかなって感じだよ、逆立ちしても勝てないなって思ったの」
「ふむ、そういうものなのか」
「そうだよ、それに今の高校のバスケ部はいいよ、一回戦負けの弱小校だけどさ、全員バスケが好きで仲良くて、それで週三回しか練習ないから、その分別のことを頑張れるからね、もし強豪校に進学していたら今回の同窓会にも参加できなかったと思うからさ」
「変わらずのプラス思考、そういう考え方はいいな、しかしそれで漫画同好会とは」
「うん、楽しいよ! 今度の即売会に向けて鋭意作成中!」
彼女はバスケ部に所属しながら、元々興味があった漫画同好会へ掛け持ちしている。
「相変わらずお前は極端に振り切るよな」
「逆にアンタはブレないよね、この前の全国模試でも上位なんでしょ? 志望校はやっぱり?」
「東大文Ⅰだ」
「うわあ、それを断言するって凄いよね」
「夢のためだからな、俺は将来官僚になって日本を支える仕事をする、そのためには他の大学では駄目なのだ」
「そ、そんな断言する程まで駄目なの?」
「駄目だ、日本のいわゆるキャリア官僚のトップ、事務次官や長官を始めとしたポストにどれだけ東大法学部の出身者を占めるかを考えれば自明の理だ。公務員である以上建前は派閥は存在しないなんて言われているが、ならばこんなに偏るわけがないだろう。だからこそ俺は無理をして県外に引っ越し、今の高校を受験したのだ。いや、その甲斐はあったぞ、なんといっても環境が素晴らしい、ウチの高校の上位陣は本物の天才ばかりでな、そいつらに付いていくのは正直きつい、だがそれだけで成績が上がっていくんだ、凄いだろ?」
「はは、ほ、本当に昔からブレないよね、流石スリートップ」
谷森正昭はクラス一の秀才、意識が高く、能力も高い、そして何よりそのために努力を惜しまない姿勢はクラスから一目置かれていた。
中学3年生で、勉強は能力と同じぐらい環境も大事だと言って、県外に引っ越し、全国有数の公立高校に合格した行動力は全員が感心したものだ。
勉強はできるが運動ができない谷森と、運動はできるが勉強はできない塚本は勉強馬鹿と運動馬鹿なんて言われていて一括りにされたものだ。
そんな雑談をしながら2人は村唯一の駅である人物を待っている。
「それにしてもさ、どうして私と一緒に登校しようって思ったの? 正直びっくりしたんだけどさ、いくら大事なクラスメイトだからってさ、アンタの彼女の立場からすれば、あんまりいいことではないと思うのだけど」
「お前は鈍い奴だな、黒瀬が来るから少しでも一緒の時間と考えたのだ、まあ大城も大事なクラスメイトだが、お前には借りがあるからな、俺はお前を応援するぞ」
「へ?」
「ただアイツは知ってのとおり女たらしだから覚悟を決めろよ。まあ俺は黒瀬とは親友だが、もしあいつが二股をかけてお前を泣かせるようなことをすれば、お前の側につこう」
そんなドヤ顔の谷森に対して塚本はポカーンとしていた。
「あ、あのさ、私、黒瀬じゃないよ?」
「……え?」
唖然とする谷森。
「いや、だって、お前、小学校の時に美男子が出てくる漫画見てキャーキャー騒いでいたじゃないか、あの時に出てきた美男子の雰囲気が黒瀬にそっくりだろう? 漫画同好会に入ったと聞いた時には、その理由もあるのではなかったのか?」
焦った口調の谷森に再びポカーンとする塚本であったが腹を抱えて笑い出した。
「あっはっは! なるほどね、そうだったね、一時期ハマってたなぁ、王子様系の美少年に、くっくっく!」
とここで言葉を切ると寂しそうに俯く。
「今は違うよ……まあ、ライバルは、いるかな」
「む、分かった、何かあれば言えよ」
という谷森に「はは、何かあればね」という塚本が返したところで駅にアナウンスが流れるとすぐに電車が到着する。
さて、待ち合わせ時間を考えれば黒瀬が乗っているはずだ。本人も間に合うように乗るよと言っていたが、時間にルーズな奴だったし、グループメッセージにも返事が無いし、この電車を逃すと後は一時間半も待たなければならないと、若干不安になるが。
「チョーイケメンがいた!」
「凄いカッコよかったよね!」
「声かけてこよっかなぁ!」
と制服を着た女子高生らしき3人組が2人の横を通り過ぎる。
「「…………」」
「凄いな、アイツが来たって分かる」
「うん、あのさ、とりあえず仲間に手を出そうとしたら、ボコってやろうかな、凄い遊んでるって話だし」
と手をシュッシュとシャドーを始めた時だった。
「ボコるって、相変わらず怖いな、塚本は」
と言いながら改札口を通り抜けてきたのは黒瀬涼、すらりと伸びた手足に整った顔立ち、それこそ「オーラ」を放っている、クラスのスリートップの1人だ。
黒瀬の言葉にふふんと笑う塚本。
「そうだよ、私に限らず女の恨みは祟るからよく覚えておいてね、久しぶり黒瀬」
「ああ、大人っぽくなったな」
「うげえ」
という塚本に黒瀬は苦笑いをしながら谷森につかつかと近づくと肩をガシっと組む。
「おつかれ、東大法学部」
「うるさいぞ女たらし、最高何股かけたんだ?」
「女をとっかえひっかえしたのは認めよう、だが二股は無いぞ、本命がいる時はちゃんと断る、告白してきた子の方がいいなと思えば本命とちゃんと別れてから交際を受ける」
「外道め、いつか刺されてしまえ」
「今はちゃんと本命一筋、滅茶苦茶美人な彼女なんだぜ」
性格が真逆な2人であり、会えばこうやって憎まれ口をたたき合うがこの2人は何故か気が合い、中学時代からよくつるんでいたのだ。
「塚本は卒業以来だよな、ってメッセージでやり取りしているとあんまり久しぶりって感じがしないな」
「まあね、黒瀬、言っておくけど、私たちに手を出そうとするのは個人の自由だから認めましょう、だけど今言ったみたいに適当に手を出すのならボコるからね」
「大丈夫だよ、そもそも塚本は俺に興味ないだろ?」
「…………」
「そういうのを察して優しくするのさ、でも大丈夫だよ、俺はクラスメイトの仲間だけには手を出さないんだ、大事な友達だからな」
「はいはい、大事な友達なのは私も一緒だよ」
「ありがとう、さて、待ち合わせ時間を考えると早速向かいますか、楽しみにしてたんだよな、塚本みたいに会ってない奴もいるからさ」
と言いながら3人で登校したのであった。
――
:登場人物紹介:
・谷森正昭・(たにもりまさあき)
クラス一の秀才、将来は東大法学部を出て官僚になると言ってはばからず、能力と同じぐらい環境も大事だと言って県外に引っ越し、全国有数の公立高校に合格、進学先で切磋琢磨を続けている。
中学時代は黒瀬と仲がよく今でも関係が続いている。
・塚本須美・(つかもとすみ)
運動神経がよく、中学校時代唯一合併先の中学校のバスケ部に所属していた。裏表無い性格、勉強成績は最悪であったが、谷森のマンツーマンの徹底特訓により、本人の持ち前の根性もあって、下の下から中の上まで成績を上げて進学した。中学時代は谷森と江月と仲が良かった。
・黒瀬涼・(くろせりょう)・
クラス1の二枚目、クラスのスリートップの1人。見た目と話し方で軽薄な印象を受けるが、性格は真面目で実直。女にだらしないのが珠に瑕。クラスメイトの女子4人には絶対に手を出さないと決めており大事にしている。
大城の気持ちには気付いているが、前記の理由で気づかない振りをしている。中学卒業と同時に江月と同様に都内の学校に進学した。
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次回は、31日です。