母校への登校をもう一度②
神代中学校には所謂「担任の先生」というものがいなかった。合併先の中学校から先生が派遣されてきて一時的な担任として勤めていたが、その先生自身も自分の担任のクラスがあるから相当に負担になっているということらしかった。
とはいえ先生によってやり方も違うし、伝え方も違うし、もっと言えば忘れたりすると言ったヒューマンエラーもある。
だからクラスの学級委員長は他の中学校の学級委員長に比べて責任は重かった。
その大役を大城真奈はクラスの学級委員長を無事に勤め上げた。
クラス一のしっかりものの彼女は、中学校の先生方のパイプ役を見事に果たし、林間学校や研修旅行といった学校行事の音頭を取り、クラスメイト達から全幅の信頼を得る。
なにより給食費の管理といった一歩間違えば全ての信用を失いかねない金絡みの仕事も一手に引き受けて無事に完遂して見せたのだ。
「ったくさ、ザワの奴、申し込むだけ申し込んでおいてさ、「金は全部頼む~」ってきたもんよ、本当にもう」
と口をとがらせながら大城真奈は親友である国井綾香に話しかける。
「あはは、でもザワの気持ちも分かるかな、っていうか、そもそもアイツに金を渡したら「やっぱ足らない!」とか「やばいなくした!」とか言いそうじゃない?」
「うん、まあ、ありそうだよね、ザワだもんね」
と苦笑して返答する大城。
国井綾香は、クラスでは相沢修と同じく女子のムードメーカー役。
いい意味でも悪い意味でも空気を読まない相沢は、どうしても女子の不興を買うことがあった。そんな折に女子達をとりなしたのは彼女だ。
っして大雑把な国井は大城のしっかりとしたところを、神経質な大城は国井の大胆さを認めて、いつも一緒につるんでいた。
彼女たちは中学卒業後、別々の高校に進学したが月に数回はこうやって遊び、お互いの進捗状況を報告し合う仲だ。
そんな2人は、同窓会に向かうために、かつてそうであったように2人で登校するため、村唯一のコンビニ(午後8時閉店)の前でたむろしていた。
「綾香はどうなの? 一学期終わったけどさ」
「うん、既に学校辞めたやつが何人も出てるよ」
「あらら、辞めてどうするんだか」
「まあ、底辺校ですよ底辺校」
国井は昼食代わりのパンをつまみながら大城に話しかける。
「まあそれはいいのよ、勉強できないのは自覚しているし、だけどさ、本当にみんな偏見で語るから頭くるよね~、ネットで語られているほど悪くはないんですよ、底辺高校は!」
とプリプリ怒る国井。
彼女曰く、もちろん不良は多いらしい、多いがそこそこの大学に進学する先輩もいるし、就職して真面目に働く先輩もいるし、数は少ないが公務員になった先輩もいる。
問題なのは高校を辞めた奴と、その辞めた奴の学校に通っている仲間が派手に悪いことをして警察に逮捕されたりするからクローズアップされるらしい。
「しかも一番腹立つのが、底辺高校に通う女子達が全員ウリやってるとかさ! うら若き乙女捕まえて「君いくら?」とかね! ふざけんなよって感じだよ!」
「たいへんだねー」
と棒読みで返事をする大城真奈。この手の話は何度も聞いたが、愚痴を聞きつつもジト目で見る理由は他にある。
「でもねー、彼氏持ちが何を言っても惚気にしか聞こえないけどねー」
という反応に照れる国井。
「たははー、まあねー、ふふん、でもちゃーんと私で満足させているけどね! 胃袋を捕まえて後は体で満足させれば男はイチコロよ!」
「はいはい」
惚気る国井の彼氏、名前は菅沼浩二は同じ神代中学校のクラスメイトの1人で国井と同じ高校に進学、今でも恋人関係は続いている。
2人は中学時代、彼女である国井から告白する形で付き合い始めたのだ、最初はその気ではなかった菅沼だったが、国井が押して押して押しまくり向こうに交際を認めさせたのだ。
「んで、どうなの、その愛する菅沼は?」
とその彼の話題を振られた時に国井はちょっと困ったような顔をする。
「まあ、なんとかね、根っこのところは変わってないよ」
「だろうけど、元クラスメイトとすれば心配だよ」
「うん、ありがと、それが分かっているから浩二のやつ、最初は同窓会渋っていたんだけどね、そこはなんとか説得したよ」
「…………」
少しだけ重たくなる雰囲気であったが。
「まあ、私のそれよりも!」
とそれを振り払うような声を出しながら、ムフフという顔をして大城に接近する。
「黒瀬が来るね~」
「なっ!」
顔を真っ赤にして、バタバタと手をばたつかせる大城を見てうんうんと頷く国井。
「転校してきて一目ぼれ、そのまま今でも一途に想い続ける、健気だよね~」
「ちょ、ちょっと!」
「まあ確かにかっこいいよね~、爽やかだし、運動も出来て、頭だって結構いいんだよね、アイツの進学先って結構偏差値高いし、当時は他校の女子達から私たちがやっかみ受けてたもんね~」
「うう~」
とモジモジする大城であったが、今度は国井が心配そうな顔をする。
「でもアイツ、高校で凄い遊んでるって噂だよ、泣かせた女子も1人2人じゃきかないってさ」
「そ、そんなのただの噂じゃない! 振られた奴が腹いせに流しているんだよ!」
「あらあら、恋する乙女は健気だねえ、ま、応援するよ、大丈夫よ、大城と付き合っている時に他の女に手を出したら責任もって殺すからさ」
「こ、殺すって」
「あったりまえでしょー! 二股はそれぐらいの罪! しかもライバルいるからね!」
「ライバルっていうか……」
言葉を切る大城。
同じクラスであるから大城が黒瀬のことが好きというのは暗黙の了解ではあった。
だけどその相手の黒瀬は江月のことが好きという噂が昔からあった。黒瀬も江月も否定しているが、江月もまんざらではないという話だったし、卒業後は2人で会っているなんて目撃証言も出ている。
「黒瀬が都内の学校に進学したのは江月を追っかけて行ったって話だし、いいよね、美人はさ」
「真奈、羨んでもしょうがないよ、江月がいい奴なのは知っているでしょ?」
「……うん、最初は冷たい奴かなって思ったけど、質の悪いナンパから助けてくれたことは、覚えてる」
アレはクラスの女子達だけでカラオケに行った時のことだった。大城が複数のナンパ男たちに囲まれてどうしていいか分からず怯えていた時、その危機をいち早く察知した江月が助けてくれたのだ。
「私も覚えているよ、肝心な時に男子たちがいなかった時の話だからね、あれは私もちょっと惚れそうになったわ」
「うん、あれで一気に仲良くなったんだよね」
ナンパ事件の後、女子達の結束は固くなり、今では大城と国井は頻繁に会うが、何回か当時のクラスの女子達だけで集まっている。
「ま、江月がライバルでも、私は自分のペースでいいと思うよ」
「うんうん、って、あ!」
とここで国井が視線を移すと視線の先に向かって手を振る。
「コウジ!! こっちこっち!」
と大声で名前を呼ばれてバツが悪そうにしながらも菅沼浩二はこっちに歩いてきた。
「久しぶり、菅沼」
「……ああ、元気かよ」
「元気元気、相変わらず綾香に迷惑かけているみたいだね~」
「ふん」
とぶっきら棒に返事をすると踵を返し、学校に向かって歩き出す。あらら怒らせちゃったかなと思うが。
「大丈夫よ、久しぶりに会えて、嬉しいのよあれで」
「……もうアンタたち結婚しちゃえば?」
「もー! やだー!」
バシーンと背中を叩かれた大城は「はは」とから笑いをする。
くそう彼氏持ちは余裕あるなと思いながら3人は母校へ登校したのであった。
――
:登場人物紹介:
・国井綾香・(くにいあやか)。
クラスの中では相沢と一緒の女子のムードメーカー役。気のいい奴だがデリカシーに欠ける相沢はどうしても女子の不興を買うこともあった。そんな時に女子達を取りなしたのは彼女だ。明るい性格に愛嬌がある彼女は自然と女子達の中心人物となった。ただ彼女自身は正直勉学は得意ではなく、というか全然できず地元から離れた俗にいう底辺高校に進学した。
・大城真奈・(おおしろまな)。
クラス内ではさほど目立たない存在であった彼女であるも、クラスで一番のしっかりもの。学校行事があると彼女が先生との折衝役をこなし、修学旅行では幹事まで勤めて「須美なら金を預けられる」という信用を得るまでになり、学級委員長として活躍していた。
中学卒業後は、マンモス公立高校へ進学している。転校してきた黒瀬に一目惚れして以降一途に想い続け、彼女なりにアプローチをかけているが実らない。
次回は28日か29日です。