死闘
――
「ピカトリクス、質問を行使する、お前達しか入れない場所等がこの敷地内にあるはずだ、その場所及びその場所への入り方を教えろ」
『…………』
無表情な笑顔、だが明らかに相手の息を飲むが伝わるのがモニター越しで分かる。
『…………』
「質問に答えるんだろ? 答えないのは「融通」ではなく、このゲームそのものの根幹を覆すから「答えられない」は不可だぜ」
『ありません』
「いや、それはありえない」
『話は最後まで聞いてください、笠見さんのいうとおり、敷地内に私たちに関連する施設があります、その場所について教えます』
「(微妙に言い回しを変えて来たな)やっぱり想定していたな?」
『自分達の中に裏切り者がいると聞かされているのに、自分達に対しての疑念に考えが至らない、それ以上に至らないのが敵側である私達の事なんです』
「ああ、裏切り者を割り出すためにってのがミソだな、敵を暴いてもしょうがないからと思ってしまうのだよ、だが同じぐらいに自分たちを暴いてもしょうがないのさ」
『笠見さん、一つ教えてください』
「なんだ?」
『この質問は一段飛びでです、自分達への疑念を飛び越えてどうして私たちのことを質問しようと思ったんですか?』
「推理ゲームの名探偵は、登場人物の矛盾した言動や、怪しい動きを情報に組み込み推理を組み立てるが、そこまではいいか?」
『はい、そこから犯人を突き止めるわけですからね』
「この場合それが存在しないからだ」
『…………』
「お前ははっきりといったからな「自分と個別に話していることに裏切り者に伝わることはない」と、これは話しているという内容だけじゃない」
「裏切り者がこのゲームのルールそのものもどこまで知っているかどうか怪しいからな」
『……理由は何だと考えます?』
「裏切り者は知りすぎてしまうと、さっき言った矛盾した言動や怪しい動きが無自覚に出てしまうからだ、違うかピカトリクス?」
『お見事、付き合いの長さは決して馬鹿にできませんからね』
「だからこそ分かったことがある、それは裏切り者を特定するために、お前たちが用意したヒントが存在するとな」
『その結論も一段飛びだと思いますが』
「そもそもこうやって俺と会話をして戦略を練る、というのも流れに任せた偶発的なものだ。想定していないとまではいわないが、ちょっと不確定すぎる。そもそも真面目にゲームを取り組むことすらも不安材料だったはずだ、俺が加奈子を溺愛しているのを知っていて誘拐し、ゲームをクリアさせる動機を与えたほどに」
『…………』
「そして俺なら詰みにならないようなヒントをこちら側から提供する用意をしておく、使う使わないは別としてな、その為に大前提として裁量は自分達に無ければならない、その上で提供方法について考えると」
『私の力を得るのが提供方法、そして提供手段は統一すること』
「そのとおり、その提供手段も色々考えたが、どこに隠すかというのが一番現実的だと考えて、その隠し場所については、自力発見が無いようにした。何故ならさっきも言ったとおり「難易度調整の為に」そちらで融通を利かせるようにしたかったから」
『おっしゃるとおりです、通じ合ってますね、私達』
「ああ、俺もそう思うぜ、ピカトリクス」
『おや? 私に乗り換えるのですか? 私はこう見えて尽くすタイプですけど、いくら尽くすとしても当然に二股は却下です』
「お前は俺達が真実に近づいた時、そうやって茶化して返す癖があるってことだ」
『…………笠見さん、なら、私からも』
「なんだ?」
『私は笠見さんの、「悪人」であるところが大好きです、この場合の悪人とは、悪であることを誇らず卑屈にならず、ですね』
「…………」
無表情で笑うピカトリクス。
「教えろ、その場所を」
『はい、場所は』
●
ピカトリクスが指し示した場所は、なんてことはない、俺達の宿泊場所として設けられた個室、その行き止まりにある壁の向こうの隠し部屋だった。
その中の光景は……。
「ずいぶんベタな、モニター室だな」
俺達を監視するための多数に設置された監視カメラを映し出すモニター室だった。
「笠見、ここで裏切り者が使っていたのか」
「いや、さもそう演出しているようだが、裏切り者自体はさっきも言ったとおり、役割というだけで、それ以上は知らせていない。あくまでもクリア条件としての為だけに存在していると考えていい」
俺は、これ見よがしのモニタールームの中央にあるパソコンとテーブル、その画面には。
「プロジェクト、ピカトリクス」
そう題する「ゲーム画面」だった。
内容は簡単な計画書、というよりも説明書に近い物だったけど。
<村立神代中学校3年・クラス名簿>
① 相沢 修 (あいざわ おさむ) 男 第一の夜死亡
② 江月 摩耶 (えつき まや) 女
③ 大城 真奈 (おおしろ まな) 女 第二の夜死亡
④ 笠見 忠直 (かさみ ただなお) 男 主人公:探偵役
⑤ 国井 春香 (くにい はるか) 女
⑥ 黒瀬 涼 (くろせ りょう) 男
⑦ 菅沼 浩二 (すがぬま こうじ) 男
⑧ 谷森 正昭 (たにもり まさあき) 男
⑨ 塚本 須美 (つかもと すみ) 女
:登場人物:
<主人公>
・笠見忠直
身長168センチ 血液型A型 3月12日生 出席番号4番
平凡な容姿と平凡な学力といった彼を表す言葉には平凡という言葉が続くが、気は優しく、優れた洞察力を持ち、クラスメイト達からは一目置かれており、探偵役を務める。
加奈子という妹がおり彼女を溺愛しているため、クラス内ではシスコン認定されている。
中学時代は、相沢修と江月摩耶と仲が良かった。
尚、笠見忠直は主人公であり、主人公は裏切り者ではない。
<主人公のクラスメイト>
・相沢修・(あいざわおさむ)
身長168センチ 血液型B型 1月8日生 出席番号1番
クラスではお調子者のムードメーカー。常に明るく前向きな彼は、時々空気が読めないことをしてしまうが、それを「ザワだから」という理由で許される。彼自身の明るさに救われた者もの多い。
笠見忠直と江月摩耶と仲が良く中学卒業後は、笠見と同じ中学校に進学した。
・江月摩耶・(えつきまや)
身長164センチ 血液型B型 2月20日生 出席番号2番
クラスのスリートップの1人。クラスのマドンナ。クラス一の秀才である谷森には及ばないものの明晰な頭脳を持つ。
両親ともにエリートで全国転勤を繰り返す過程で神代中学校に転校してきており、2年間を過ごす。転校ばかりで友人がいなかった中、自分を受け入れてくれた神代中学校のクラスメイト達のことをとても大事に思っている。
相沢修と笠見忠直と仲良く、中学卒業後は都内の高校に進学し1人暮らしをしている。
・大城真奈・(おおしろまな)。
身長160センチ、血液型A型 1月14日生 出席番号3番
クラス内ではさほど目立たない存在であった彼女であるも、クラスで一番のしっかりもの。学校行事があると彼女が先生との折衝役をこなし、修学旅行では幹事まで勤めて「須美なら金を預けられる」という信用を得るまでになり、学級委員長として活躍していた。
中学卒業後は、マンモス公立高校へ進学している。転校してきた黒瀬に一目惚れして以降一途に想い続け、彼女なりにアプローチをかけているが実らない。
・国井綾香・(くにいあやか)。
身長154センチ、血液型O型 8月11日生 出席番号5番
クラスの中では相沢と一緒の女子のムードメーカー役。気のいい奴だがデリカシーに欠ける相沢はどうしても女子の不興を買うこともあった。そんな時に女子達を取りなしたのは彼女だ。明るい性格に愛嬌がある彼女は自然と女子達の中心人物となった。ただ彼女自身は正直勉学は得意ではなく、というか全然できず地元から離れた俗にいう底辺高校に進学した。
・黒瀬涼・(くろせりょう)
身長181センチ、血液型O型 11月31日 出席番号6番
クラス1の二枚目、クラスのスリートップの1人。見た目と話し方で軽薄な印象を受けるが、性格は真面目で実直。女にだらしないのが珠に瑕。クラスメイトの女子4人には絶対に手を出さないと決めており大事にしている。
大城の気持ちには気付いているが、前記の理由で気づかない振りをしている。中学卒業と同時に江月と同様に都内の学校に進学した。
・菅沼浩二 (すがぬまこうじ)
身長175センチ、血液型B型 7月6日生 出席番号7番
進学先の高校で不良になってしまい、質の悪い連中とつるむことになり、先日は警察に逮捕された。
だが中学時代の仲間たちのことは大事に思っており、国井の献身的な支えにより、停学処分を受けたものの、高校に通っている。
・谷森正昭・(たにもりまさあき)
身長177センチ、血液型AB型 2月20日生 出席番号8番
クラス一の秀才、将来は東大法学部を出て官僚になると言ってはばからず、能力と同じぐらい環境も大事だと言って県外に引っ越し、全国有数の公立高校に合格、進学先で切磋琢磨を続けている。
中学時代は黒瀬と仲がよく今でも関係が続いている。
・塚本須美・(つかもとすみ)
身長161センチ、血液型A型 9月19日生 出席番号9番
運動神経がよく、中学校時代唯一合併先の中学校のバスケ部に所属していた。裏表無い性格、勉強成績は最悪であったが、谷森のマンツーマンの徹底特訓により、本人の持ち前の根性もあって、下の下から中の上まで成績を上げて進学した。中学時代は谷森と江月と仲が良かった。
「…………」
自分たちの登場人物紹介、これはあるだろうと思ったからさして驚くことはないが。
「それぞれの登場人物のページに、次のページ設定があるね」
と言いながら塚本が手を伸ばしかけたので手を止める。
「な、なに?」
「駄目だ、次のページには、多分……」
とその前に、注目すべき点がある、それは。
「主人公は笠見で裏切り者ではないか、なるほど、これで裏付けが取れたってわけか」
独り言のように黒瀬が呟き、俺に注目が集まる。
やっぱりそうだったか、このことについても俺は驚くべきことじゃない。
さて、それよりも問題なのは、これで一番怪しいのはまさに俺になったということだ。
どう説得するべきかと、思って全員を見るが。
「なんだよ、笠見、俺たちが「これは出来すぎだ」とか動揺して、お前が裏切り者だ、なんていうと思ったのかよ」
黒瀬があっさりとそう言い、谷森が頷く。
「これは信用に値する。つまりお前は裏切り者じゃない、探偵役、主人公、やっと一致したか、お前の言ったとおりピカトリクス側から役割を与えており、それでいて向こう側の人間ではないという意味だ」
「これは大きいよね、つまり笠見は信用していいってことでしょ? 疑う必要がないってののが、これほど大きいことなんてね」
塚本も同調する。
「元々私はお前を信じてると決めていたからな」
摩耶はどこか嬉しそうだ。
「今後は情報はお前に集約する、好きに使え」
「みんな……」
「ほら、いつものはないのか、お得意の推理は」
「わかった、まず、このゲームの攻略方法についてだが、俺は推理ゲームを例えに出したけど、このゲームで推理ゲームのように攻略するのはもっともやってはいけない悪手なのさ、例えばありがちな死亡推定時刻を割り出し、アリバイを調べて、矛盾を突くなんてことは、実際は何の意味もないのさ」
実際の捜査において、死亡推定時刻なんてものは本気で使われることはない、参考資料程度としてだ。何故なら、例えば殺人ならば、殺して警察に発見されるまでいくらでも偽装できるからだ。
「偽装できるものを考えても無意味、つまりそういった部分で向こう側が攻めてくることはない、だが登場人物の中に裏切り者がいて、疑って誰かを暴く必要がある、そしてその攻略方法は、スガがいった警察の疑い方だ」
「不審な点や矛盾点を追及してくるというのは発言もそうだけど、身上情報と言った向こう側の情報を持っているからこそ、それが疑う材料といったところ、だから、その、この登場人物の説明については多分……」
俺はここで黙ってしまう。
「俺達の知られたくない部分があるってことだろ?」
黒瀬の言葉に俺は頷く。
「分かったよ、俺達は部屋を後にする、まあ知られたくないことはあるけど、思う存分考えてくれ」
と言って部屋を後にしてにした。
●
裏設定。
表面上はこうだけと実はこんな面もあった。登場人物紹介の裏の部分、なるほど、そう考えれば、こういったデスゲームではベタな設定といえるか。
俺は、そのままページを読み進める。
そしてその部分で、俺はある真実を掴んだ。
俺は両親を早くに無くして、妹の加奈子と2人だけで、ザワは、児童養護施設。摩耶は、両親と何年も会っていない。
とまでは話した。
まさに身上の名のとおり、生い立ちの部分だ。
スガは、両親はいることはいるが、金銭トラブルで一家離散状態になり、親戚の伝手を辿って現在の住所に転がり込んできたが、そこでも折り合いがつかず家出状態で国井と付き合い始めると同時に同棲を始める。
その国井も両親は物心つく前に離婚、母親に引き取られたがホスト狂いの母親と一緒にいるのが嫌で、近所の母方の祖父と祖母に家に住むも、居場所がなく、スガと付き合い始めると同時に2人で安アパートで同棲。
塚本は、ザワと同じ児童養護施設育ち、中学1年の時に養子に入ったものの、その両親に実の息子が出来てから、邪魔者扱いで折り合いがずっと悪い。
黒瀬は、両親は健在ではあるが、小学生の時に父親が警察に逮捕されて現在服役中、家庭に嫌気がさして、中学3年生の時に家出、安アパートに強引に契約して、年を誤魔化してバイトをして生計を立てており、完全な絶縁状態。
谷森は、父親はエリートだったがリストラにあい自殺、母親も病気がちで入院ばかりで、めったに会えない、生活保護を受けている。
大城は、父親がおらず母親は健在ではあるが、摩耶と同様家庭を顧みる人はなく、世界中を飛びまわっており、ほとんど連絡も取っていないそうだ。
全員何かしら家庭に問題がある、それが原因で地元にいられなくなってしまったということ。
ここまで分かれば明快だ。
(これが俺達が選ばれた理由か)
――キセキの学級。
そうだった、ピカトリクスは俺達をこんな風に表現していた。
そう、この世からいなくなっても、誰も騒がないこと、殺しても問題が小さく済む人間たちが偶然揃った、キセキの学級か。
思えばこれも、理屈に外れた話ではない。
ざわつく心を押さえながら考えを先に進める。
大事なこと、それはこれらのみんなの生い立ちの情報を俺は全然知らなかった点。
ザワのことは知っていたけど、アイツ自身他の奴に話したがらないから、加奈子にだって話していない、摩耶の家庭の事情だって知らないぐらいだ。
俺が裏切り者だった場合。
デスゲームを企画するにあたり、困難といえば、まずは金集め、その調達が可能となれば、一番の問題は何度も言っているとおり登場人物、これについては謎は解けた。
そして一番の問題はピカトリクス「達」はどうやって俺達に目をつけたのかという点。
登場人物のデータは、俺が主人公とか探偵というのは表上のことで、全てがヒントなんだ。
だがヒントだけ裏切り者が誰か、などということは分からない。
殺すには順番がある。
俺達に与えられた権利は質問という漠然としたもの。
チャンスはたった6回、これも多い方に設定している筈。
俺は裏切り者ではない、どうしてわざわざこんなことを書いたのか。
多分、それは、俺は最後まで死なない、探偵役は、命の危険があっても、必ず生き残る。
このゲームのバッドエンドは全滅、つまりデッドエンド、この展開も十分にある。
もう少し、もう少しなんだ。
(ピカトリクスは、なんて言っていたっけ)
くそう、一言一句もう覚えていない。
もう既に出揃っているんだ。
考えろ、考えろ。
色々なピースがグルグルと駆け巡る。
「くそう! 揃っているのに!!」
ガンと床を蹴ってしまう。
もう、分かりかかっているんだ、
何か、何かヒントが無いのか。
そう、多分思考の鍵はゲームの企画者の立場で……。
「!!!!」
弾けるようにある事を思い付き、急いで資料を見直す。
まさか、そうだ、殺される順番ってひょっとして……。
そうだ、そうだよ、これが全てヒントだって自分で考えていたじゃないか。
これ見よがしなヒントがミスリードだって思えば、向こう側のやり方も複合すれば。
「たかが殺される順番がバレた如きで! どうしてあそこまで動揺してしまうのか!?」
別にこれは見立て殺人じゃない、ランダムに殺せばいいのに、それをヒントにしたい、それが緩める部分で、妥協せざるを得ない、微妙に言い回しを変えたということは、そこを突けばいい。
それはつまり俺の想像が正しければ……次に死ぬのは多分……。
そして、こうすれば、そうだ、だが、言えない、これは言えるわけがない。
まだ確定ではないのだから。
そうなら、もしそうであるのなら、
考えればできるようになっていたってことか。
同時にこれは、絶望的な事実に気づいてしまう。
それは明日にならないとクリアできないということ。
そして死ぬのが誰か分かっていて、俺は見殺しにするしかないということ。
――『私は笠見さんの、「悪人」であるところが大好きです、この場合の悪人とは、悪であることを誇らず卑屈にならず、ですね』
「ああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
――多目的室
『…………』
ピカトリクスは、ずっと無表情で微笑んでいた。
――