後手
ザワと俺は小学生の時にザワが転校してきた時からの付き合い、俺達仲間の一番最初の2人。
初対面の時からテンション高く絡んでくる奴なので最初は正直、うざい奴だなぁなんて思っていた。
だけど、その見方はすぐに改めることになった。
ザワが常に明るいのは辛い時があっても、明るく振舞っている強さだと分かったからだ。
「…………」
何度見ても眠っているようにしか見えない、だけど顔色が土気色で、呼吸する時の胸の上下も無くて。
だから、もう二度と動かなくて。
なんで、どうして、ザワが何かしたのか、殺されるだけの何かをしたのか。
全然頭が回らなくて……。
『第一の犠牲者は相沢さんでしたね、さて皆さん、死体を確認したら退出をお願いいたします。処理をしなければならないので、それと、全員生還エンドがなくなったところで、質問について補足説明を行います』
『まず、質問についての時間についてですが、これは本日の午後11時までとさせていただきます。ここで大事なのは回答権の回数の持ち越しはできないことです』
『次に大事なのは、私に出来る質問は一つだけですが、質問をする権利者については全員にあるということです。例えばこの中にいる1人が内緒で私に質問した場合でもこれは権利を行使したとみなします、故にその部分の統率もきちんととってください。当然のことながら、権利行使による紛議はこちらで関与しませんのであしからず』
『以上になります、質問事項がありましたら、個人部屋か多目的部屋でいつでも伺いま』
ドン!!!
という音がして、ピカトリクスの顔面に俺の拳がめり込む。
「殺してやる!! 殺してやる!! ピカトリクス!!!」
ピカトリクスは画面がにじみ歪に笑う。
『いいですよぉ、是非殺しに来てください笠見さん』
とスカートの裾をつまんで一礼して、そのままベッドに腰かけ本を読み始めた。
●
気が付いたら、俺達は全員元の教室に戻ってきていた。
ほんの少し前の事なのに、記憶が全くない。
そして俺を含めた全員が涙一つ流していない。
さっきの激情も嘘のように無くなっていて、この呆然とした感情をどう表現していいか分からない。現実感がなく、メンバーの中にザワはいないのに、それが分かっているのに。
中学時代からの親友が、し、しし、死んだってのに。
「ひょ、ひょっとしてさ、あれって、作り物じゃないか、はは」
黒瀬の言葉に、全員がなんとも言えない顔をする。
実際に死体なんて触ったことがないし、実際に触ったことがあったって、あれが本物かどうかなんてわからないじゃないか。
「そ、そうだな、黒瀬の言うとおりだ、ほ、ほんとうに、こんなことをしたら殺人罪だよね」
大城も同調する。
「そ、そうだよ、そもそもピカトリクスの言う事なんて」
と塚本もそれに習うが。
(いや、違う! そうじゃない!!)
頭がグルグル回る。
(ザワは、もう、戻ってこないんだ!! 思考を止めるな!!)
「みんな聞いてくれ、俺達がまずやらなければいけないことは、俺達の中に裏切り者がいるという事! それを認めることだ! 最初にそれをしなければならなかったんだ! それをすれば違っていた!!」
「だけど! それを後悔してもしょうがない! 質問だ、それを考えよう!!」
前に進む、そうしないと、俺は……。
(どうにかなってしまいそうだ!!)
「ここでの質問ってのは、つまり、「裏切り者を割り出すための質問」ってことだ、ピカトリクスの説明会を、もっと考えるべきで!」
「なんで、そんなに受け入れられるの?」
「…………え?」
信じられないような目つきで大城が俺を見てくる。
「そ、そうだぞ、少し、その整理を……」
谷森も戸惑っている。
「なんか、あらかじめ起きることを知っていたよう……」
塚本の言葉に俺は慌てて首を振る。
「そ、それは!」
ここで口が渇いてしまい、続きが言えなくなる。
「な、なに、そ、それは?」
「…………」
ここで谷森がハッとする。
「お、おまえ、まさか」
「ち、違う!! お、俺は裏切り者じゃない!!」
「だけどよ、お前が疑えと」
谷森も戸惑っている。
「そ、それはそうだけど! い、いや、でもっ……」
いや、待てよ、ここはこれでいいかもしれないと思う。
そもそもどうして疑うってことができないのか。
それはイメージがよくない、はっきり言ってしまえば、人としての品位というか、そういうものが問われる行為だからみんな躊躇するんだ。
しかも俺達は仲間、だから余計にそっちに思考が行かない、だからここは俺の立場が悪くなってもそういった流れを作って……。
「いや、ナオは裏切り者ではないだろう」
突然響いたよく通る声にハッと我に返った。
その意外なフォローを入れたのは、摩耶だった。
「すまない、裏切り者ではないとは言いすぎだな、訂正する。ナオは正確には他の人よりも冷静であるという意味だ。それと私自身も質問の内容を考えるべきだと思うが、どうだろうか?」
「…………」
冷静な摩耶の様子に驚いて誰も口を挟めず、全員が呆けていた。
元から口数は余り多い方ではなかったが、そう言えばこの状況に巻き込まれた時からほとんど発言していなかったっけと思ったが摩耶はさらに続ける。
「とはいえ私はまだ現実感がまるでない、それこそ夢をまだ見ているかのようだ。だがその中でナオは必死で現実を見つめようとしているのだと思う、だからナオ、引き続き意見を聞かせて欲しい」
「い、意見って、お、俺だってまだ、冷静じゃないし、正しい意見じゃないかもしれないし」
「なんでもいい、ナオは私よりも冷静だ、そして今の私に意見を出せと言われても頭が真っ白で何も思い浮かばない、だから今は前に進むためにナオの意見を聞くことが一番だと思う」
「あ、ああ」
なんか俺よりもよっぽど摩耶の方が冷静に見えるけど、意見か。
俺はふうと一息つくと話し始める。
「まず大前提として、この権利行使についてだけど、何も考えず話はするべきではない、何故ならすればするほどこじれていくからだよ。結局決まらず、下手をすれば遺恨が残る。だから、話し合いで決める前に「条件」を守る必要がある、その条件は「短所を飲み込む」って内容だ」
「? すまない、言っている意味がよく分からないが」
「例えば日本で国策を決める時、多数決で決まるよな? だけど多数決ってのは多くの人の意見を吸収できるけど、少数派の意見は封殺されるってことになる。そして当然多数派が正しいとも限らない上に封殺された少数派は不満が残る。だけどそういった短所は全て分かった上で進めなければならない、それが制度というものなんだ」
「これが今から話し合いをするにあたっての心構えだ、不満や遺恨を「気にしない」ってのは、何気に大変だからな」
俺の意見に国井が問いかける。
「それは分かった、けど、どうするの? 自分の考えを言葉にするって、私は苦手かも、言い争いとか得意じゃない」
「…………」
そこが問題だ。全員が納得できるというのは理想論だ。だがルールを作るにしても、どう作っていいのかまだ出てこない。
ここで発言したのは谷森だ。
「笠見、俺はお前の意見が正しいと思う。だから短所を飲み込むというのはその通りだと思うが、平等は実現できるんじゃないか?」
「平等? 例えば?」
「それぞれが一つ、無記名で質問を紙に書く、その質問を全員に開示して、また無記名投票の多数決、っというのはどうだ? この方法だと、不満は残ると思うが、少なくとも平等であると思う」
全員が黙って考えているが、今度は黒瀬が口を開いた。
「俺も谷森の案が出来るだけ長所を取り入れた妙案であると思う。そして俺はこれより短所の無い代案は提示できない、だから賛成する」
黒瀬の意見に、全員が賛同する雰囲気になるから。
「確かに、そのあたりが、妥当だよな」
俺自身、これ以上の案が思い浮かばない。今一番してはならないことは仲間割れだからだ。
ただ、なんだろう。
自分で促されておいて、自分の意見で言っておいてなんだけど。
致命的な間違いを犯したような、そんなざらついた違和感が残っていた。
●
結局、谷森の提案した方式が採用されて、これに決まった。
――ここが何処なのか?
これだ。
「色々あるだろうが、異論はなしだ、ピカトリクス、ここは何処なんだ?」
『…………』
と多目的室に集まった俺たちは、ピカトリクスに問いかける。
その問いにピカトリクスは無表情に微笑む、表現としては矛盾しているが、これがピカトリクスのデフォルトの表情なのだろう、少しの間を置いてこう答えた。
『S県にある無人島ですね、名前はありません』
「名前はないって、無人島に名前とかあるとかないとかあるの?」
塚本の問いかけにピカトリクスが答える。
『もちろん名前がある無人島もありますよ、有名なところでは世界遺産にもなった長崎県にある端島、通称軍艦島ですね。それも全部込みで日本にある無人島の数ってえーっと、約6400ありますからね』
「ろ、ろくせん、ひ、広さとかは?」
『約0.9㎢です、潮の香りはしていますから海が近いのは分かったと思います』
(ん?)
『さて島について何か質問がありますか?』
「ピカトリクス」
『はいはい』
「質問の有効期限はと午後11時と言っていたが、それは答えてくれる返答期限と一緒なのか、一度決めた質問について、もう答えてくれないのか、それと今みたいに付随する質問にも答えてくれないのか?」
『…………』
少し考えた後、ピカトリクスは意味ありげに笑う。
『いいですよ、付随する質問も許可しましょう』
「いやにあっさり許可してくれるんだな」
『まあ質問なんていう漠然としたものを特典とする以上、これを認めないとそもそも話にならないですからね』
(こいつ……)
『それと笠見さんのいうとおり、質問の権利は、次の日には持ち越せませんが、答えるのは別段次の日でも構いませんよ「明日も笠見さんが生きていれば」の話ですけどね』
「っ!」
そうだ、自分で言ったじゃないか、質問は裏切り者を割り出すために使う権利、命と引き換えの権利なのに、それを使わなかったのだ。
(くっ!)
ピカトリクスはニヤリと微笑む。そうか、それを気づかせるために今の言葉を。
もちろんここが何処かという場所については、大事じゃないとは言わない。
だがザワの命と引き換えのチャンスのはずなのに。これ以上犠牲を出さないために使うはずなのに、結局、何も進展しなかった。
くそう、何から何まで後手後手だ、俺は忌々しげにピカトリクスをにらみ、彼女は相変わらず無表情に微笑んでいた。