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第一の犠牲者



 一方で笠見がいなくなった教室。


――「ゲームはもう始まっているんだ! だから、その! どんどん疑わなきゃダメなんだ」


という笠見の言葉が響いていた。


「どんどん疑わなきゃって駄目、か……」


 大城の独り言を聞いて黒瀬が応答する。


「なあ、そもそも、疑うって、なんだ? ナオは、なんか思いついていたみたいだけど、えーっと、どうするんだ?」


 疑う、色々理屈はつけられるが、嫌な響きであることに変わりはない。そんな中、最初に反応したのはザワだった。


「お、俺は、ナオの言うとおりだと思う、俺はよくわかんないけど、ナオのこの場合での鋭さというか、見方って、なんか違うだろ? えっと、その」


 ここで立ち上がって全員を見渡す。


「だからみんな! 俺を疑ってみてくれ! えっと、俺は裏切り者じゃないぞ! さあ、疑ってくれ! 恨みっこ無しだ、俺も、疑うから!」


「いや、だから、疑うってどうやるんだっけって話だっただろ」


「え?」


「だから、お前は裏切り者だって疑ったとはいえ、「嘘つけ」ってぐらいしか言えないんだよ」


「えっと、その、あの…………」


 黒瀬の言葉にザワが黙るが、言い出しっぺとばかりに必死に考えて言葉を紡ぐ。


「えっと、えっと、例えば物が無くなった、アイツが怪しい動きをしていた、だからアイツが怪しいってことだ、今回は物じゃないから、怪しい動きをしていた……」


 ここでザワは言葉が紡げなくなる、そう、このパターンだと。


「笠見、だよね、怪しいのって」


 大城の言葉に全員が黙るが。


「ちげーよ! アイツはそんなことをする奴じゃない!」


「わかってるよ! でもそういうことでしょ! アンタが言い出したことでしょ!」


「そ、そう、そうだった、ごめん……」


 再び全員が黙る、疑うのはこんなにも辛いものなのか。


 全員が何も言えず、そのまま無為に時間が過ぎることになりそうだったが。


「ちょっと行ってくる」


 とザワが立ち上がった。





「くそ! どうすればいいんだよ!」


 俺は、図書室内で、腕を組んで考える。


 脳内に駆け巡るのは「失敗」の一言だ。


 まずさっきのピカトリクスとの会話で、説明会の参加が任意という言葉の意味がやっと分かった。


 アレは説明会の名を借りたヒントだったんだ。いかにもあの時間の中で何かがあると思わせて、説明会の参加人数を絞る。


 本当ならピカトリクスの一言一句を聞き逃してはならなかったのだ。初めての生活ルールの説明の時から、言葉を選んでいるなとは思っていたのに、どうしてそこに気が付かなかったのか、しかも人の記憶は曖昧、俺だってもう正確には覚えていない。


 くそう「いまいち掴んでいない」か、そのとおりだ。


 だがあのピカトリクスの様子だと、俺の考え方の方向は間違っていないと感じた。俺がそれこそ真逆のことを言っていたり、見当はずれなことを言っていたら、何かしら意図を含ませて誘導してくるだろう。


「…………」


 だが方向性は間違っていなくても肝心かなめな誰が裏切り者であるかについては、正直見当もつかない状態。


 疑うのではなく信じる、結果、そのための手段として疑う、なんか、何処かで聞いたような言葉。


 疑うか、漠然とした言葉なだけに、如何様にも捉えられるから迷走してしまう。一般的に疑うと言えば、例えば怪しい動きをしていたからとかになるから、その場合だと。


「俺か……」


 だよなぁ、そう、漠然と疑うという行為は結局、それに終息し、膠着状態を生み出すから得策ではない。


 だからこそ信じることは大事であり積極的に自分のことを公表する。


「だけど……」


 ピカトリクスは、道徳の授業とか茶化していたが、だが今冷静になった頭で考えれみれば、俺の言った事は絵空事と言えば否定できない。


 信じるというのは間違っていない、だけど、やっぱりいまいち掴んでいないんだ、このゲームにどう取り組むべきかを。


 しかも勢い込んで、教室から出て行ってしまったから、今更戻りづらい、くそう、やっぱり俺も全然成長していない。


 と悶々としていた時だった。


「やーっぱり、ここにいたな、ナオ」


 ガラッと図書室のドアを開けてザワが入ってきた。


「やーっぱりって」


 戸惑う俺をよそに、ザワは図書室の中に入ってくる。


「図書室だよ、小学生の時から、1人になりたいときってお前は必ずここに来てたよな」


「そうだったっけ、まあ学校で1人になりたいって思った時って、意外となれる場所が無かっただろ。空き教室は山ほどあったけど、全部鍵がかかっていて立ち入り禁止だったし、トイレは大便器のところに入っていると茶化されるし、って、俺のところに来て大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ、今は各々好きに過ごしてる。正直、どうしようもない、つーか、何もかもわかんねえ、そんな状態だよ」


 そのまま俺の横に座ってグデーっと、机に突っ伏すザワ。


「…………ありがとな」


「んー、何が?」


「思い出したんだよ、俺がこうやって行き詰まったり、悩んだりしていると、今みたいに必ず来てくれたよな」


「まあ、腐れ縁だからな、親友」


 こいつなりに心配しているのが分かるから、嬉しい。


 その後に、ザワは忌々しげにため息をつく。


「結局、疑いあうってのがまさに無理ゲーなんだよ、ていうか、本当に俺達の中に裏切り者がいるのかすら、まだ実感がないってのに」


 ここで言葉を切ると、ここで深刻な表情を浮かべる。


 今までに見たことが無い表情、どうしたのかと聞く前にザワが話しかけてくる。


「ナオはさ、その、俺達の中に、裏切り者がいるって、どう思ってる?」


「…………」


 俺達の中に裏切り者が本当にいるのかどうかか。


 俺はザワを見据えてハッキリと告げる。


「いる、確実にな」


「か、かくじつ? ど、どうして、そこまで……まさか! 誰か見当がついているとか!?」


「それは分からない、ピカトリクスにも話してみたけど、肝心なことは答えなかった」


「あ、アイツと話したかよ、すげぇな」


「だけど、裏切り者はいる、俺達が同窓会目的で参加していたことを知っていたり、皆でこっそりと彫った彫刻とか再現されていたり、これは内部にいるぞって意味だったんだろうな」


「…………」


「…………」


 ここで一旦途切れて、お互いに何となく黙ってしまうが……。


「なあ、いつからだっけ、俺達仲良くなったのって」


 ザワが切り出してくる。


「いつ、仲良くなったか、よく覚えていないけど、やっぱり、下着泥棒事件の時じゃないか、あの時の一致団結感は半端なかったぜ?」


「ああ、そうだったなぁ、ナオの読みもすげえって思ったし、警察呼ぶかどうか不安になってた時の谷森の知識も、いざ確保するってなった時の、菅沼と黒瀬の勇敢さもさ、俺は何の役にも立ってなかったけど」


「何言ってんだよ、お前は凄いよ、俺だけじゃない、お前の明るさに救われた奴も多いと思うぜ」


「そっか?」


「そうだよ」


 実際俺もそうだったからな、とは恥ずかしくて言えないから、誤魔化すように話を続ける。


「ウチの女子達も仲いいよな、他の中学の奴らに話聞いたら、結構えぐいみたいだけど」


「えっと確か江月が質の悪いナンパから助けてくれたんだってさ、それで一気に仲良くなったんだって」


「あー、あの時かー、いやぁ、俺達さ、その場にいなかったからしょうがないんだけどさ、なんか針のムシロだったよな」


「そうだった、そうだった、「いないんだから助けられないだろう」とか言い訳していたよ、って言い訳じゃなくて事実なのにさ」


 別に俺達に落ち度はない筈なのに、俺達がヘタレみたいな感じだったよなぁと雑談している時、教室の入り口から声が聞こえてきた。


「そうだよ~、男子たちよりもずっとカッコよかったんだからね」


 と塚本を始めとした女性陣と残りの男性陣がいた。


「江月が女で良かったねぇ? 男だったら私たちぜーんぶ江月に持っていかれたんだからね」


「そーそー、キュンキュンきたもの」


 と口々に摩耶をちやほやするが。


「褒めてくれるのは嬉しいが、男扱いされている気分だよ」


 微妙な顔の江月に全員がどっと笑う。


 そうだった、こんな感じに微妙な空気になった時、こんな感じで、いつも空気が元に戻って、楽しくやっていたんだった。


 こうして話が盛り上がって、あっという間に時間が過ぎて……。




 結局、この日は、何をしようとしても、こうやって思い出を語るだけで何もすることができなかった。




 それは、いよいよピカトリクスの言った時間が迫っていても同じだった、どこか現実感が無い感じで、いつものとおり食事も女性陣で作り、その他雑用は全て男性陣がやって。


 全員がなんと無しに教室に集まっても別に何をするわけでもなかった、おそらく俺も含めた全員が何処か現実感が無いからであったからだと思う。


 それでも無情に時が流れて、午後11時の柱時計から音が鳴り響いた時。




 俺の記憶はそこでぶつッと途切れた。




――多目的室



 全員が眠り、波と風と揺れる木々の音だけが支配する空間。


 その音を聞きながら、多目的室でピカトリクスは読んでいる本を閉じる。


『「少数の天才や才人だけが創作の権利を壟断した文芸の貴族政治は過去のことだ」』


『こんな感じで、文学の名言でもそらんじれば、それだけで知的に見えるもの、私みたいな外見からすれば尚更ですか、いや、これ見よがしすぎて逆に頭が悪く見えてしまうのでしょうかね』


『…………』


『って、誰も聞いていない状況でこんなことを言ってもしょうがありませんか、さて、今日の犠牲者は……』



――――



 明晰夢。


 これは自分の見ている夢が「これは夢である」という事を自覚する夢を指す。


 だから今自分の目の前で行われている中学の入学式が夢であることは分かった。


 何故なら入学式に今のメンバーが全員いたからだ。


 複式学級と言えど、中学に進学すれば学ランを着て登校する決まりだ。ほんの少し前までランドセルを背負っていたのに、これからはそれを背負うことはなく、学ランに身を包んだ自分の姿は何故か凄く大人びて見えた記憶があった。


 だから当時、入学式に参列した面々に変わり映えはしなかったけど、ひょっとして特別なことが起きるかもしれないと、胸を躍らせていたっけ。


 結局は「特別なこと」という事は何も起きなかったけど……。


 みんなに会えたことは特別な事だったって。


 そんな、いつかお互いがくたびれたサラリーマンかなんかになって、同窓会とかで再会した時、赤面して黒歴史扱いされるような恥ずかしい言葉を、その時は本気で思っていた。





「…………ん」


 ぼんやりと目が開く。


 ぼーっと天井を見ているが、少し経った後、やっと自分が見ているものが天上であることを理解して、すぐに寝ていたことを思い出したかのようにムクリと起き上がる。


 ここでやっとこれは夢じゃない目が覚めたんだと自覚した時、俺の起きた音でみんなも次々と目を覚まして…………。



「~~っっっ!!!!!!」



 起きた全員が弾けるようにお互いを確認して。


 当然のように1人が欠けていることに気付く。


 次に思い出したのは、ピカトリクスが言っていた、死体の発見場所。


 示し合わせたように一斉に走り出す。


 まさか、まさかと思いながら、だけど。


「くそっ! 地下ってどこだよ!」


 地下室を設けたと言っていたが、全員がそこすらも確認することもなかったことに自分勝手にイラつきながらも、校舎には無く、結局見つかったのは体育館だった。


 どうしてわざわざ体育館にと思いながらも、体育館の部隊袖からなかったはずの下り階段を見つけて、全員で下る。


 そこにはピカトリクスの言ったとおり、廊下が一本あり、両側にそれぞれにでかでかと番号が振ってあった。


 出席番号を思い出しながら、そのまま扉を開ける。


 部屋の中はシンプル、ベッドと机と。


 ピカトリクスが映っているモニターと。



 そこには、当然のように「い」た。



 布団をかけてあおむけの状態で寝ていた、いや、最初は本当に寝ているとしか思えなくて、だけどピクリと動かなくて、でもそれは寝ているかだと思って。


「おい」


 とかすれた声で手を触れた時だった。


「っ!」


 生命の息吹を感じさせない体の冷たさに、手が離れなくなる。


 そうだ、そうだった、お前の言うとおりだ、お前は俺に言っていたじゃないか。



――「ナオはさ、俺達の中に、裏切り者がいるって、どう思ってる?」



「…………」


 そうだ、俺が、いや、俺達が一番最初にやらなければいけないことは、俺達の中に本当に裏切り者がいる事実を受け入れることだったんだ。




「ザワ…………」




――相沢 修 死亡



「うわああああああああ!!!!!」



次回は5日か6日です。

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