暗礁
説明会の終了後、外で探索をしていたメンバーを集めて、ゲームルールの説明をした。
つっかえつっかえの説明にかなり時間がかかってしまい、やっと終わった時は、全員が呆然自失としていた。
「う、嘘でしょ、だって、私達の中に、裏切り者がいるって、そんなの」
かろうじて出したのは国井だったが、声が掠れている。
大城はずっと泣いていて、それを女子3人が慰めているが、俺達だって呆然としているだけで何ができるという訳ではない。
まずは落ち着くのが大事だと、大城が泣き止むのを待って、塚本が話し始める。
「と、とにかく何かしゃべろう、えっと、あの、ピカトリクスはさ、人狼ゲームって言っていたけど、私、そもそも人狼ゲームって全然知らないけど、誰か知っている人っている?」
「知識だけなら、知っている」
ここで手を上げたのは他の谷森だった。
人狼ゲームは、市民チームと人狼チームに分かれ、会話をしながら相手の正体を見抜いていく。プレイヤーは、配られたカードで自分の役割を確認するが、他の人がどんなカードを持っているかは知ることができない。だが、「人狼」のカードを引いた人たちだけは、自分の仲間を知ることができる。
人狼チームは、自分たちが狼であることを悟られないように、市民チームに潜り込む。市民チームになった人は、お互いに協力して誰が人狼なのかを推理し、多数決によって容疑者を処刑する。
ゲームの勝利条件は、市民側がすべて人狼を討伐すること、人狼側が市民と同数の人狼が生き残ることである。
ゲームの流れは、「夜」と「昼」のターンが、交互にやってきて進められる。それぞれのターンでやることは以下のとおりだ。
【夜のターン】
人狼が市民を攻撃し、殺害するターン。人狼は、今夜殺す市民を一人選択できる。もし仲間の狼がいる場合は、相手が誰を狙っているか見ることができるので、必ず確認する。それぞれ異なった相手を攻撃した場合は、一人がランダムに殺害されることになる。
【昼のターン】
昨晩、人狼により殺害された人と、にわかに人狼と疑われている人の名前が発表される。残されたプレイヤーは自由に会話を行い、誰が人狼なのか予想する。会話終了後、この日処刑する人物を一人決定する。
「基本ルールはこんなところだ」
ここまで説明を終えると塚本が頷く。
「な、なんか、そんな論理パズル聞いたことがある。船を使って橋を渡って、羊と狼を同数にするとか、しないとか、だけど、これだと狼が有利すぎない?」
「そのとおり、その対抗策として「役割」というのも存在するんだ。任意に誰か狼かを占える占い師とか色々な。とまあローカルルールも色々あるぞ」
「い、色々って……、えっと、なに? ってことは私たちに人狼ゲームをやれってこと、だよね?」
全員が黙る、確かに裏切り者が狼だと仮定すると、その狼の正体を暴かれない限り1人1人殺していく訳だから確かに……。
(いや待て、本当にそうなのか?)
なんだろう。この違和感は、確かに言っていることは間違いない。ピカトリクスの言ったゲームルールは確かに人狼ゲームをモデルにしているのは間違いないだろう。
(だが引っかかっていることがある、しかも一つじゃない、複数だ、それが何なのかぼんやりとしかわからない、くそっ、何かないか、何かヒントになるようなものが)
俺の葛藤をよそに塚本がそのまま続ける。
「あのさ、そのルールだと、狼側から役割を与えられている人物がいるってことになるよね? 確かにピカトリクスは、裏切り者がいるとは言ったけど、それだと1人だなんて一言も言っていないし、ひょっとしたら、裏切り者は1人じゃなくて複数の可能性も」
「つ、塚本! それだ!!」
「え?」
「引っかかっていたことがいくつかあったんだ! それが一つ分かった! 裏切り者は1人だ! 間違いない!」
「え? なんでそんなことが言えるの、役割だってまだ」
「役割はまだ確定できない、だけど裏切り者は1人だ! 思い出してみろ、ピカトリクスはこう言っていたんだよ!」
――『呑み込めていますか? ここは非常に大事な部分です。皆さんは合計9人、裏切り者を除いて8人、1日1人ずつです。つまり7日でゲームが終わります』
――『はい、何故なら8日目になると裏切り者とそれ以外の2人になるからです。故に裏切り者以外はこう言えばゲームが終わるんです「貴方が裏切り者だ、何故なら私は裏切り者ではないからだ」とね。ちなみにこの場合は敗北です、故につまり3人の状態であるが故に7日なんですね、ちなみに3人の場合でも裏切り者を割り出せない場合は、特例として2人死に、裏切り者だけが生き残り、このゲームは終わります』
「これは裏切り者が1人じゃないと成り立たないだろ!? だから裏切り者は1人だ!」
「え、え、そ、そんなの、向こうが勝手に言ってることでしょ!? 信用できないよ!!」
「大丈夫だ、ピカトリクスは嘘をつかないと言っているからな」
「は、はあ!? あんな奴の何処に信用がおけるというのよ!?」
「このゲームについてのみ信用できる」
「な、なんで!?」
「それは、菅沼の言っていることがヒントになった」
「え? おれ?」
「ああ、スガはこういったんだよ、これがヒントになった」
――「ふざけるな! 圧倒的にこちらが不利すぎるだろ! これじゃ自滅を待つようなものじゃねーか!」
「これだ」
「? これが、なんだってんだよ?」
「だってさピカトリクスが嘘をついた場合、俺達全員は死ぬしかない、これだとそもそも「ゲーム」が成り立たないだろ?」
俺の言葉にスガが反応する。
「待てよ! あんな奴だぜ、俺達全員が助からないのに助ける道を必死で探している姿を見てあざ笑うってのもありそうだろう!」
「……絶対にないとは言えない、けど可能性は低いから、まあ俺はそうかもってレベルでしか考えていない」
「り、理由は?」
「ピカトリクスは、あんな適当な感じで話しているからつい惑わされてしまうが、裏切り者の数一つにとっても、相当に言葉を選んで発言している。そして何より「ゲームとして成り立たせたい」って意志を感じるのさ」
「……それが報酬の3億って奴なのか?」
「んー、そこが少し引っかかる、金なんて現実的に釣らず、希望を与えて釣る必要があると思うから、別の意図が」
「……ナオ」
この時、菅沼が小声で話しかけてきた。
「金は現実じゃない、十分に希望になるぜ」
見たことないようなスガの表情と聞いたこともない言葉。
「俺の家さ、金で凄い苦労したんだ、それこそ3億あれば余裕で何とかなった。俺自身宝クジが当たればこんなところ抜け出してやるって、半分本気で考えるぐらいにな」
「だから、俺はお前が何とかしてゲームを成り立たせたい意志がある、って言った時、3億は十分にありだと思った。金のために何とかするってのを非難する奴は金で苦労としたことがない奴だ、だから俺は正直、3億、欲しいぜ」
「スガ……」
菅沼の家庭は複雑だ、本人も突っ込んで聞いて欲しくない顔をするから聞かないが、こう、あまり感心できるような親ではなかったそうだ。
だから不良になったと聞いた時、正直驚かなかった、それは多分皆もそうだと思う。
それと暗に言わなかったが、この中で金のために何でもする奴がいても、不思議ではないってことだ。スガはそれ以上語る事もなく黙っている。
だが今のスガの話は非常に参考になった、金は希望か。
「谷森、人狼ゲームってのに、攻略法ってあるのか?」
「絶対に勝てる攻略法というのはないが、それでもセオリーが色々あるが、原則疑心暗鬼に疑いあうのが肝になる」
と色々と谷森が攻略法について説明すると、黒瀬が言葉を続ける。
「つまりこれはピカトリクスが俺達疑うことによる疑心暗鬼に陥らせることが狙いであるってことか? だけど、そうやって俺達を分断させれば、それこそ奴らの思うつぼだと思うぜ」
そうやって結ぶ黒瀬に国井も同調する。
「私も黒瀬に賛成、やっとちょっと落ち着いてきた、私はみんな好きだし、裏切り者がいるだなんて思いたくないし」
「ああ、そうだよな、俺もそう思うぜ」
今度はザワを皮切りに全員がそっちに同調しかけた時。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は思わず止めてしまった。
「この流れは駄目だ! ピカトリクスは言っていただろ!? 裏切り者を割り出さないと今晩1人、だ、誰かが死ぬって! 早くしないと、それこそ大事な誰かが! な、なあ、何か変だと思うんだよ、ピカトリクスはさっき言ったとおり言葉を相当に選んでいる! 今のこの……」
ここで言葉紡げなくなる、全員が俺を見ている、けど、その目が……。
「み、みんな! ゲームはもう始まっているんだ! だから、その! どんどん疑わなきゃダメなんだ、人狼ゲームは話し合いの末……」
あれ、ちょっと待った、自分で言って気が付いた。
そうか、ピカトリクスのあの話し方は。
「わ、わかったぞ! みんな、人狼ゲームの考えは捨ててくれ! 思えば違和感がずっと付きまといっていた……」
とここで言葉が切れてしまい、やっぱり言葉が紡げない。
何故なら、全員が、その、俺だけが何か場違いなことを言っているような、空気というか、それと……。
「なんで、なんでだよ、何でそんな目で見るんだよ……」
だって、このままじゃ、アイツは嘘はついていないんだから、だから誰かが死ぬことも、嘘じゃない、そしてこのままの停滞は。
死を意味するのだから。
「…………」
って言いたいけど、喉がカラカラに渇いて、言葉が出てこない。
「あ、あのさ、笠見、ちょっと、落ち着きなよ、ピカトリクスに、乗せられちゃうと、駄目かなぁ、なんて」
言葉を選んだ国井の言葉に、俺は。
「くっ!!!」
いてもたってもいられなくなり、その場を立ち去った。
(だったらアイツに直接言ってやる!!!)
●
さっきの多目的室に戻るとピカトリクスがさっきと同じようにベッドに座って本を読んでいて、俺の来訪を感じるとパタンと閉じるてにっこりと笑って出迎えてくれる。
『おや、こちらに来ましたか』
「2人で話がしたい」
『おっと、ナンパはお断りですよ、言ったでしょ? こう見えて身持ちは堅いんです……って分かりました、分かりました、そんな怖い顔で睨まないでください、それで、なんです?』
「お前、ルール説明の時、人狼ゲームって言葉を意図的に滑り込ませていたな?」
『……ほほう、聞くだけ聞きましょうか』
「まずこのゲームを攻略するにあたり、人狼ゲームの基本戦略である疑心暗鬼、これは最も採用してはならない悪手だってことだよ」
『ふむ、となるとどういう手法が最善手なんです?』
「疑いあうのではなく逆、お互いに信じなければならないってことだ」
『信じあうことが大事、ふむ、道徳の授業ですか?』
「茶化すなよ、何故ならお前が提唱したゲームは、人狼ゲームと違って疑われることにデメリットが存在しない。何故ならそれを理由に処刑されることが無いからだ」
『もう少し具体的にお願いできますか?』
「例えば、狼側からいの一番に狙われる占い師とかの役割があるのなら、むしろそれを積極的に公表し、その裏切り者を突き止めることに使うべきだ。それが俺の言う疑うのではなく信じるという意味だ」
『…………』
「それとその役割についてだが、それこそさっき言った誰か狼を占える「占い師」なんてのは、お前が説明したルールだとチート技だから存在しない、それに」
『笠見さん』
「な、なんだ?」
『笠見さんは鋭いと思います、ですが、まだ、いまいち掴んでいませんね』
「なに?」
『これ以上は言いません。どうぞ「特典」をご利用くださいませ』
「っ!」
にやにやと笑う、くそう。
「なら、質問を変える、俺がここで会話をしていたことを他人に言ったりするのか?」
『いいえ、それだとゲームの進行に著しい支障を生じると判断しました』
「それは俺が言ってもいいと言った場合でもか?」
『そうです、んー、でも』
「なんだよ?」
『こうやって、私に話しかける自体は下策ではないと思いますよ。まあ表情には出ませんが、情にほだされることはあるか、こうやって会話をしていて口を滑らせることも十分にありえます』
「…………」
俺は、言葉には答えず、無言で踵を返し、ピカトリクスの部屋を後にした。
次は、2日か3日です。