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プロローグ

 そう、俺はたかし。無職だ。


 働かない歴=年齢のエリートニート。簡単に言えばごく潰し。ただいまフリーターで職探し中の自由人。人生のモラトリアムを謳歌していると言えば聞こえはいいが、実際は2-1で迎えるアディショナルタイムみたいなもので、そろそろゴールを決めないとそのまま負け越しで人生という名の試合も終わってしまいそうだというのが近況だ。


 そして本日もゴールを決めて延長戦へともつれこませるための一手として、とあるゲーム制作会社の採用面接を受けている。なんとこの面接は記念すべき100件目。そしてそしてなんと現在所持している内定は0件。逆得点王とかいう不名誉な称号が得られそうな勢いである。


 100件目ともなれば悟りの一つでも開ければいいのだが、開いていくのは家族との距離だけだ。100という数字を刻んだところで、残念なことにも経験値を手に入れてレベルアップするわけでもないし、面接が終わったあとに面接官が小銭を落としてくれるようになるわけでもない。

 そりゃ俺だって好きでこんな数受けているわけじゃないし、できることならさっさと内定もらって就活なんてやめちまいたかった。でも残念なことに世の中はちょっぴり俺に厳しいのだ。


「大学を卒業したのが一昨年前とのことですが、この二年間は一体何をされていたんですか」

 面接官が俺に問う。親密さを表現するかのように笑顔を浮かべながら言っているが、間違いなくその質問には「こいつ仕事もせずに二年間なにやってきたんだ」という侮蔑と嘲笑が込められているに違いない。

 本日も例に漏れず、世の中はちょっぴり俺に厳しいようだ。


「はい、私は二年間でグローバルな見地に立つため世界を放浪していました。世界を知らないままに就職するのでは今の時代ついていけないと、兼ねてから考えていたので」

 さも本気でそう思っているかのように俺は答える。実際は昨日徹夜で考えた、「面接対策1000の問答集」の回答の一つだ。とはいえこれでもこの二年間毎日十数時間に渡る多大な時間を費やして世界の荒波をサーフしていたわけだ、なに一つとして嘘はついていない。


「そうなんですか、では外国語を話せたりするんですか?」

「英語なら多少は」

 毎日nymphやらhomemadeやら英語使ってたしな。


「……TOEICなどは受験されてないんですね、点数の記入欄には特に記述はありませんでしたが……」

「あっ、えっ、あっはい、そうですね!英語は会話力だと思っているので特にそういった試験は受けておりません!」


 唐突なツッコミに多少戸惑いつつもそれっぽいことを言ってみる。実際TOEICの点数なんてよくても良い作品と出会えるわけではないからな。俺にとっては無意味だ。

 俺の機転のきいたナイスな返答を聞くと、面接官は「そうですか」と言いつつ一息置いた。そして俯きがちに手元のプリントを眺め、それを読み上げるように次の質問を投げかけてくる。


「それでは弊社を受けたきっかけについてお聞かせいただけますか」

 きた、きました。お約束の質問。もはや耳にタコができてそのまま穴がふさがってしまうくらいに幾度となく聞いた一文だ。そしてもちろん、それに対しての答えを俺は準備している。当然だよな、これでも99戦を切り抜けた猛者だからな。残念ながら99回戦死しているわけだが。

 俺は得意気に、1000の問答集のうち一つを頭からひねり出し、音声読み上げソフトのごとく円滑に返答を始める。


「はい、世界に向けたエンターテインメントを発信していきたいと思い、御社を志望致しました。今の時代は日本だけに目を向けていたのでは向上できないと私は考えています。よりグローバルな視点を持つ御社ならば、私の求める仕事ができると考え、志望した次第です」

 よし、いいぞ。準備していた通り一字一句逃さずに言えた。我ながらインテリ意識高い系っぽい返答だ。

 そんな感じで心の中でドヤ顔を放っている俺を他所に、しかし面接官は感心も失望の表情も見せずに手元に何かメモを書き込んでいた。そしてそのまま次の質問へと移る。


「グローバルな視点を持つ、とおっしゃってましたが、それでは具体的に弊社がどのような事業展開をしているかご存知ですか」

 面接官はメモを取る手を止めず、俯きながらそう質問した。その言葉を受けて俺はハッと胸を衝かれた。

 やべぇ、そこまで考えてねぇ。


 完璧すぎる優等生ぶった答えをしたつもりだったがそれでもまだこの面接官は満足できないらしい。というか御社で働いてるわけじゃないんだからそこまで知るわきゃないだろうと思う。その質問、御社の社員にしたらちゃんと全員答えられるんだろうな?


「……そう、ですねぇ……」

 俺は即座に答えられず、硬直してしまった。この態度ですでに答えを用意していないと言っているようなものだろう。しかしこれは面接だ。大切なのはアドリブ力。頭を回せ、頭を回せ!

 面接官はやがて手元でメモを取るのをやめると、再び問いかけるように俺の目をじっと見つめた。 俺は全身に冷や汗をかきながら、脳みそをトリプルアクセルさせて、無理くり答えをひねりだす。


「それはもちろん、世界に向けたゲームソフトの開発を……」

「たしかに世界に向けてゲーム開発を行ってはいますが、それはいまどきどこのゲーム制作会社でも行っていることです。そうではなくて、あなたの言う、弊社のグローバルな視点とはどういったところにあるのかをお聞きしたいです」

 俺の返答を予想していたかのように、面接官はくい気味に言葉を返してきた。そしてその返答を聞いて俺は完全に詰みを確信した。残念ながらこれ以上誤魔化しようがない。

「そう……ですよね……」

 気まずい沈黙が流れる。完全にお手上げだった。浮気の証拠を妻に突き付けられた夫のような気分だ。妻はおろか彼女すらいないがな。


「……分かりました。ではまぁそろそろ時間ですし、面接はここまでとさせていただきます。最後に、何か質問などはありますか」

「特に……ないです……」

 こんな状況では質問なんてする気にもならん。


「はい、では本日の面接を終了させていただきます。どうもありがとうございました」

「ありがとうございました……」

 そそくさと立ち上がり、俺は面接官に向かって感じてもいない感謝の気持ちを込めて会釈をすると、この会社が二度とヒット作に恵まれない呪いをかけてからでき得る限り早い動作で部屋から出た。もう絶対お前んとこのゲーム買わねぇからな。

 こうして、記念すべき100件目の面接は、同時に祈念すべき100件目のお祈り案件とあいなったのだった。



「はぁーどっこい」

 面接からの帰宅道、謎の掛け声とともに大きくため息を吐く。ネクタイを緩め、スーツも着崩して真っ赤な顔を晒しながら歩く男の片手にはビール缶。完全に末期である。もし宇宙人侵略系SF映画に出てきたら真っ先に死ぬタイプの様相だ。つまりかわいそうなやつ。


 街中はイルミネーションの光で染め上げられ、まさにクリスマスムード全開だった。色とりどりに光散らす豆電球だかLEDだかの近くには、まるで街灯に集まる蛾のように、うじゃうじゃとカップルやらキラキラ女子大生が群がっては自撮り棒たるものをかざして承認欲求を満たしている。まだ11月も始まったばかりだというのに、ごくろうなこって。


 そう、11月なのである。ハロウィンが終わった途端にクリスマスシーズンとなる気が早い世間とは裏腹に、俺の就活事情は明らかに出遅れていた。というか正直な話この時期になっても内定がないとか、もうほぼ試合終了である。容赦なくコールド負け。頃合いとしては8回の裏くらいだけどな。

 それゆえに世間の雰囲気と自分の置かれている状況の差に、天が決めた世の中の幸せ配分について多少の疑念を抱きながらも、あまりにもみじめになってしまってついつい缶ビールなんて買って道すがら飲み歩きなんぞしてしまっているのである。この心境を話したら誰もが同情してくれるに違いない。同情するなら内定をくれ。


「……うぇ」

 口に広がるアルコールの臭いに思わずえずきながら、俺は不安定な足取りで幅広な歩道橋の階段を登った。すれ違うカップルたちの視線が痛い。そりゃそうだ、俺だってこんなのとすれ違ったら距離を置くもんな。

 誤解のないように言っておくが、普段はこんなみじめなことはしない。そもそも別に酒が得意なわけでもないしな。しかしそれでも酒!飲まずにはいられないッ!となっているのはまさしく石仮面の彼と同じく自分の歩く人生に対して大いなる焦燥感を抱いているからである。できることなら俺も人間をやめたいね。


 あぁ、内定が欲しい。仕事が欲しい。このまま家に帰れば、玄関を開けた途端母親から「面接はどうだった」と聞かれるに違いないのだ。俺だって「ダメだった」なんて返したくはない。少しは強がって「まぁまぁだったかな。今回はいけるかも」なんて言ってしまう。毎度のように聞かれてはそのように返答せざるを得ないこっちの身にもなって欲しい。自分の惨めさが増すだけなんだから。


「なんだって俺ばっかりこうなんだ!」

 と思わず地面を踏みぬきながらぼやく。エクスクラメーション・マーク(英語が得意だからあえてびっくりマークとは言わないんだよ)なんてつけているが、実際はそんなに大きな声ではない。独り言程度の音量だ。酔っぱらっていても大声で叫ぶこともできないんだから肝っ玉の小ささが伺えるというものだ。足踏みは声が出ない分の悪あがき。


 そんなことをしていると、少々酔いが回りすぎたのか、足踏みの勢いで大きく身体がぐらついてしまった。そのままバランスを崩してしまい、思わずその場にしゃがみ込む。

「チッ……こんな酒に弱かったっけか……」

 悪態をつくように言ってから、そのまま立ちあがろうと足に力を込める。途端、今度は視界が揺らぐ。俺は目の奥に妙な不快感を覚え、咄嗟に目を閉じ、こめかみを抑えた。

 おかしいな、ビール一缶しか飲んでいないのだが。


 未だ続く足元のふらつきにも違和感を感じながら、目を開けると、歩道橋から見える高層ビルがグワングワンと横揺れしているのが見えた。なんだこれ!


 目の前に移る異次元的な光景に驚きながら、俺は咄嗟に周りを見渡す。すると、先ほどまで直立不動で1000年先でも倒れることはありませんといった感じで立っていたビルやら街路樹やらがまるで社交ダンスを踊るかのようにしなって揺れていた。歩道橋の上ですれ違ったカップルも立っていられないのか、その場で抱き合いながら二人してしゃがみこんでいた。爆発しろ。

 冗談なんて言っている場合ではない、これは酔ってるんじゃなくて地震だ!


 しゃがみながらでも分かるほどの揺れが、足を伝わって頭を揺らす。やめろ、ただでさえ酔っぱらっていて気持ち悪いのに余計悪化するじゃねぇか。

 あまりにも揺れが大きすぎて、立ち上がろうにもかなわない。周りの様子を見ながら、揺れが収まるまで身体を小さくしてしゃがんでいることくらいしかできそうになかった。


 突如起こった非常事態に俺の脳内は半ばパニックになりかけつつも、ここ数秒特に何もないことを考えると実は意外とこの状況助かるのではないかとも思った。以前日本の歩道橋は関東大震災級の地震でも崩れることはないとニュースで聞いたことがある。このまま揺れが収まるまでしゃがんでいればある意味机の下に隠れるのよりも安全に過ごせるのではないだろうか。


 と思ったのが早かったか、壊れるのが早かったか。やはり死亡フラグというのは立てるものではないね。橋は地震の揺れにシンクロするように揺れていたが、ゴゴゴゴという音が唐突にバキ!だのバゴッ!だの鳴り始め、一瞬にして辺り一面に亀裂が走った。そして……

 ズゴン、という音とともに足場が崩れた。本来足元には見えるはずのない路面標示が、およそ目先5Mほどの距離にある。もちろん、自分の真下の位置に。


 えっ、マジか。俺、死ぬのか。


 そう思った瞬間、世界が唐突にスローになった。身体を動かすこともできず、周りがどうなっているのかも分からない。ただ、視界に写る瓦礫の動き、身体の落下などのモーションがはっきりと分かるほど遅くなった。はっきりと分かるということは、思考は正常に働いている。

 つまりこれは走馬灯というやつだろうか。さっきまで酔っぱらいながら仕事欲しいなどと言っていたのに、もうエンディングですか。こんな序盤チャプターでエンディングに入るときっとキャストとかあんまり流れなくて尺が余るに違いない。


 ……いや待てよ、もしかしたらエンディングなどではなく、むしろこれはオープニングの流れなのでは。あれか、最近流行りの異世界転生というやつ。現世ではもはや生きる価値もないほどの弱者が唐突に異世界に飛ばされて大活躍してしまうあれ。


 いやぁ、とうとう俺も現世からおさらばして金髪碧眼ロリっ子とか青髪の角が生えたメイドさんに囲まれながら幸せに暮らせる日がやってくるのか。転生する世界によっては勇者様なんて呼ばれたりなんかして、しかも異世界転生時に強化された肉体でバッタバッタとモンスターを倒せたりなんかしてな。そしたら別の名前を名乗りたいなぁ。たかしっていつまでもニートみたいだしな。


 なんて、まぁ。人生最期にくだらん冗談を交えつつも、迫りくるアスファルトの硬い地面は俺をしっかり受け止めようと今か今かと待ちわびているようなので。


 ニートたかしの物語はここでおしまいというわけだ。


 ぐしゃり。

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